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拝んでいたら推しが壁から出てきたので共に暮らします  作者: 花倉きいろ
第2章 神様の変化
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初めての笑顔

 何とか帰す方法が見つからないか……と休憩時間も資料を探していたら、祐介からLINEが来た。

 

『悪い。少し前まではあったらしいんだけど、育児きっかけに辞めてるヤツらばっかりだったわ。声掛けてみようか?』

 

『ありがとう。助かる』


 と返事をすれば、すぐさま既読とともにOKのスタンプが来る。


『で、なんで社会人野球? その辺も詳しく聞きたいし、今夜飯でも行こうぜ』

 

 (そうだ、祐介には高瀬くんのこと言っていないんだった)


 今更紹介するのも遅い気がするし、祐介には悪いが今は時間が一秒でも惜しい。


『ごめん、しばらく忙しい』


 そう返事をして、夢乃はトークルームを閉じた。

 


 次の日は仕事が定時で終わったので、高瀬くんをバッティングセンターに連れていった。前行ったところとは違う、少し遠いが設備の整ったところを探した。

 今までは化粧直しをしてから彼のいる家に帰っていた。けれど、一分一秒でも彼に練習をさせてあげたくて、崩れたままのメイクで向かう。

 

 (別に、好きな人に見せるわけでもないし!)

 内心でそう言い訳しながら、高瀬くんと駅で合流した。


 バッティングセンターのある駅まで乗り継いで十分。

 

「バッティングセンターってあのとき以来だけど、なんかここは最先端だね」


 そんなことを言うが、もちろん夢乃と高瀬くんは別の設定だ。夢乃は最低球速、高瀬くんはマックスの球速百四十キロで変化球あり。

 

 原作では百五十キロのストレートをホームランにする高瀬くんはもちろん快音を鳴らす。その隣で夢乃はかするどころか、ボールが来る全く別のタイミングでバットを振っていた。


「なんなのっ 悔しい……!」

「松崎さんは見るだけにしとく?」

 以前は見ているだけだった夢乃だが、キャッチボールを経て野球に少し興味が湧いていた。それに高瀬くんに良いところを見せたい。

 

 (二度とへたくそなんて言わせるものか!)

 

「やるに決まってるでしょ!」


 元々ブラック企業で働いていただけあって、夢乃は我慢強い方である。そして、相当な負けず嫌いでもあった。


「もっと腕を閉じて、肘はこの角度、膝は曲げて」


 高瀬くんが手取り足とり教えてくれる。

 顔面国宝のような人、しかも推しと密着してドキドキしないわけじゃないけれど、彼は恋愛対象ではなく護るべき存在だ。

 一緒にいるうちに出なくなった鼻血のことも忘れてボールとバットに集中する。


「ふん!」

 ブン!

「ふうん!」

 ブーン!

「ふーーん!」

「松崎さん、バットごと飛んでくってそれ!」


 高瀬くんが焦って声をかける。そんな前途多難な夢乃のバッティングに、奇跡が起きた。


 (腕は閉じて、肘はこの角度。膝は曲げて、ボールをよく見て……)


 カキン!


「え!?」

 

 一度だけバットにボールが当たって前へと飛んでいく。

 

「高瀬くん、今の見た!?」

「おー、見てた見てた。すげーじゃん」

「当たった! 当たったよー!」


 自分のゲームを終えてフェンスの外にいた高瀬くんにハイタッチしにいく。

 

「松崎さんてそんな風に笑うんだ」

「え、」

「俺のことで笑うことはあっても、自分自身のことで楽しそうに笑うところ初めて見た。できるじゃん、『人を元気にする笑顔』」


 高瀬くんが目を瞬かせる。よほど衝撃だったらしい。

高瀬くん命名、『微妙な人に言い寄られたときの顔』は卒業できたようだ。

 

「そう、そうかな……たしかに自分のことであんま笑わないかも」

「白熱したところは見たとこあるけどな。センバツとか、キャッチボールとか」

 

 球を取りこぼし続ける夢乃の姿を思い出したのか、高瀬くんが口許を覆って笑い出す。

 

「もう!」

 

 ハイタッチの距離のまま肩を押すと、その衝撃で高瀬くんの手が口から離れた。

 

 (あれ、高瀬くん、顔が赤い……?)

 

「……さっきから近いんだって」

「あ、ごめん」


 (え? なんで照れてるの? こっちが照れるじゃん……!)


 まるで中学生のデートのように、二人とも妙にそわそわしながらバッティングを続けたのだった。


 ◇

 

 結局その日は高瀬くんを付き合わせてしまった。


「ごめんね……全然練習にならなくて」

「いや、いい場所教えてくれてサンキューな。松崎さんに教えてたら息抜きにもなったし、あと」

「あと?」

「改めて、俺って最強だなと思った」

「体育二の人間と比べない方がいいよ……」

「それもそっか」

  

 堪えきれずお腹から声を出して笑う高瀬くん。その頃には妙な気恥ずかしさも消えていて、つられて夢乃も笑った。社会人特有の笑みでも、練習した笑顔ではなかった。そして続ける。

 

「野球って楽しいね」

「だろ?! わかってもらえて、すげえ嬉しい」

 

 すっげー楽しくて、好きなんだよ。高瀬くんが満面の笑みで言った。

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