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拝んでいたら推しが壁から出てきたので共に暮らします  作者: 花倉きいろ
第2章 神様の変化
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推しが神様じゃなくなる旅行


 祐介に社会人野球のツテを探してもらっている間、結局もう一つグラブを買って、キャッチボールから始めることになったのだが。


(それよりもいいものがあるじゃん!)


 テレビから流れてきた音に、夢乃は反射的に振り向く。ここ数日雨続きだったことが幸いした。

 四月ももう五日目だというのに、春の甲子園こと、選抜高等学校野球大会、センバツの決勝戦が明日行われることがニュースで報道されていたのだ。


 『闘魂』にハマってからは夢乃も毎年楽しみにして、テレビで眺めているのだが、今年は高瀬くんのことがあってすっかり忘れていた。


 会社に明日休む連絡を速攻で入れる。少し渋られたけれどそこは力で押し通した。

 そして、朝のランニングを終えて帰宅した彼に

「高瀬くん、センバツ見に行こう!」と声をかけたのだった。



「俺、新幹線乗るの初めて」


 新横浜駅で駅弁を買って、うきうきほくほくの高瀬くんが声を高める。

 これ以上仕事を休めないので日帰りだが、急遽甲子園球場のある兵庫県に向かうことにした。

朝イチの新幹線に眠気を感じる夢乃は、高瀬くんの若さが眩い。


「修学旅行とかで乗らなかったの?」

「大体部活と被ってっから」


 そうだ、青葉高校は甲子園常連校だった。彼が高校一年生の夏、二年生の春と出場しているはず。

青葉高校は二年生の春に修学旅行があったのだろう。


 新幹線で夢乃が一眠りしている間も、高瀬くんは興奮がさめやらぬ様子で、私が買い与えたスマホでお弁当や窓から移る景色の写真を撮っていた。


 センバツ目当ての人で満員の阪神電車を乗り継いで、阪神甲子園駅で降りる。高瀬くんが辺りを見渡した。

 

「すっげー、マジで甲子園だ」


 スマホで写真を撮りまくる高瀬くんを微笑ましく眺める。


 先述の通り、高瀬くんは甲子園に何度か出場している。しかし、ユニクモがユニクロになる世界線で、全く同じものが存在していることに感激しているようだった。

 

 『闘魂』は夢乃の世界の人間が書いているのだから、そもそも甲子園自体が二次元に輸出した形なのだが、高瀬くんにとっては意外だったらしい。

 

「いざ、甲子園ー!」


 そして球場前で、右手を丸めて拳ごと上につきあげる。


「もう、高瀬くん。登山じゃないんだから」


 突っ込みながら夢乃はその写真を自分のスマホに収めた。



 決勝戦に近畿勢が残っていなかったことが幸いしたのか、朝から並べば何とか外野席のチケットをゲットすることができた。


「知ってる学校がねえ……」


 センバツに選ばれた高校一覧表と試合結果を見て、落胆の表情を見せる高瀬くん。


「やっぱ違う世界なんだなあ。ユニクモもマッグも甲子園まであるから、あんま実感してなかったけど」


 少し寂しそうな声で高瀬くんが呟く。夢乃はその背中をそっと撫でようとして、慌ててこらえた。


 ◇

 

 試合が始まる十三時までまだ時間があるので、甲子園記念館を巡る。


 どうやら高瀬くんは、今までは記念館をまわる時間はなかったらしい。

 フォトスポットでは写真を撮り、甲子園の歴史、特に名勝負ギャラリーの写真や解説には食いつくように目を輝かせた。


 近くにいた高校生らしき男の子も同じようなことをしているのを見て、夢乃は実感する。


(まだ十七歳なんだよなあ……)


 高瀬くんの少年らしい一面を推しとして愛おしく思う反面、夢乃の中でいつの間にか彼は、『神様』から『護るべき存在』へと変わっていった。

 

「見て見て松崎さん、これ!」

「んー、どれ?」

 

 まんがと甲子園、というコーナーには、『闘魂』の青葉高校野球部のユニフォームが飾ってある。


「え、すごい!」


 夢乃は思わずスマホのシャッターを連写する。


「高瀬くん、隣に並んで! あ、でも他の人に見られたらまずいか……」

「一枚くらいなら大丈夫だろ」


 ぐい、と私の肩を引き寄せて自撮りモードで写真を撮る高瀬くん。


 (え、高瀬くんとユニフォームのツーショットでよかったんですけど!?)


 夢乃と同じシャンプーの匂いが襟足から香って、夢乃は林檎のように顔を赤くする。


「松崎さんが照れてっから、もう一枚」

 

 カシャッ

 高瀬くんはいたずらっ子がする微笑みをこさえて夢乃を見る。

本人はニヒルなつもりなのだろうが、地の人の良さが滲み出ていて優しい笑顔だった。


「あのねえ……初日に私が言ったこと覚えてる?」

「ヤバい人と気軽にスキンシップしちゃダメ! ってやつ?」

「そう」

「でも松崎さん、変わってっけどヤバい人じゃねーじゃん。俺のこと気遣って、連れてきてくれたんだろ?」


 ありがとな、と高瀬くんが目尻を下げた。

 その笑顔はエースで親友でもある中西くんに見せるものと同じで、夢乃の心が熱くなる。


 その一方で、好きになってはいけない、と自分を律した。



 夢乃は元々、キャラクターに恋をするタイプではない。だが、さすがにこうして一緒に過ごしていると、心が持っていかれそうになる瞬間がある。


例えば、今とか。


 自分をどん底からすくい上げてくれた大切な人。きっと生涯かけても、彼より感謝する人なんて現れない。

 

 (だからこそ、好きにはならない)

 

 彼が元の世界に戻るまで、全力で護らなければならないのだ。

 

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