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優と劣  作者: 鈴
3/3

粉砕

昼食の時間になり、

僕は俯きながら美智子の元へと向かった。

「優!こっちこっち!すごいじゃん!あんた三番だったんだって?お腹すいたでしょう。たくさん食べな!!」と、美智子は腕によりをかけて作ったという重箱を僕の前でパカっと開けて見せてくれた。

重箱の中には、

唐揚げ、ポテトサラダ、僕の大好きな甘い卵焼きが何個も綺麗に並べられて入っていた。

ただ、僕はそれらをただ、見つめることしかできなかった。

「どうしたの?どれもこれも、優の大好物でしょう。じゃあ、ママが先に食べちゃおうかなあ。」

美智子は僕の前で卵焼きを橋で取り、あーんと食べるそぶりを見せた。

「何で。。」

「ん?」

「何で、そんな派手な格好できたんだよ!

そんなの、店で着ればいいだろう!!どうして、どうして、よりによってこんな時にそんな服で来たんだよ。。」

僕は考えるよりも先にそんな言葉を口にしていた。

美智子はケラケラと笑いながら、

「これ?可愛いでしょう!優の運動会に着ていこうと思って、新しく降ろしたんだよ。なのにそんなのって。ママ、優のためにね」

「そんな服で来たら、また、また皆の話題ができちゃうじゃないか!僕は別にママに運動会にきてほしいなんて、ましてや、そんな格好できてくれなんてこれっぽっちも頼んでない。」

優は息継ぎもせず、

思ったままの事を美智子にぶちまけた。

肩が何度も上下に揺れた。

顔を上げると、美智子が驚いたかのように

目をパチパチと何度も瞬きさせ、

そしてにっこりと笑いながら

「そうだよね。ちょっと派手だったかな。

優、ごめんね。もう少し地味な格好でくればよかったな。ほら!ご飯食べな。ママちょっとお手洗いに行ってくるから。午後もあるんでしょう。たくさん食べて力つけなさい!」

そう言い残し、顔の前でガッツポーズを作った後、

美智子はそれもまた派手な黄色の厚底のサンダルを履きトイレの方へと向かっていってしまった。

ポツンとただ一人残された僕は美智子の作った卵焼きをそっと箸で取り、

1回、2回、3回と咀嚼した。

美智子の作った卵焼きはいつも出汁と砂糖の味がして絶妙に甘じょっぱくて美味しい。

なのに今の優にはただ、

ただしょっぱい味しかしなかった。

優は泣いていた。

それを、

泣いていることを理解するのにも少し時間を要した。

頬に伝った涙が優の頬を刺激し、

ポリポリと頬を掻いた時

優の指が湿っていることに気がついた。

そして、最悪で、最低な日になってしまった。と優は自分をただただ責めるしかなかった。



「ごめんね。お待たせ。

トイレ混んでてね。あ!お弁当空になってるじゃん。いっぱい食べたんだね。偉い偉い。」

美智子は汗をかいて湿った優の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

美智子の目にはいつも綺麗に跳ね上げられていたはずのアイライナーが少し滲んで掠れていた。

「ご馳走様でした」

優はそう言い残し、

自分の席へと駆け足で戻っていった。

後ろを振り返ろうともせず、ただただご飯を食べに

「母親である人」と居ただけだ。と。

小さい背中はそれを物語っているようにも思えた。

優は席に着くと、頭の中が靄でいっぱいになった。

佐伯たちのグループがチラチラこちらを見ている。

顔を上げなくても、想像をしなくても、

どんな事を話しているか。

そして、どんなことを思っているかがすぐに分かった。

僕はただ、この運動会が白組が優勝するにせよ、

しないにせよ、とにかく早く終わってくれ。

そう願っていた。



時刻は午後を過ぎ、ついに僕たち白組の最終競技である「二人三脚」が行われた。

剛の提案で、みんなで円陣を組むことになった。

これが僕たちのクラスでは最後の競技になる。

だからこそ、みんなの絆を深めるために、円陣を組もう。というものだった。

僕はもう感情を失ったロボットのようにただただ

みんなに従った。

円陣と言えば全員で輪になり肩を組んで、代表の一人が今の思いを全力で声に出してぶつけるというものだ。

それなのに僕の隣には誰もなりたくないようで、

いつまでも僕の間には空間ができていた。

それは円とはいうことができず、何かがきっかけで油から上げる前に千切れてしまったドーナツのように歪な形をなしていた。

僕は、そんな現状をただただ受け入れるしかなく

下を俯くしかなかった。

その時だった。

剛が急に僕の横にドンと割り込んできた。

僕はびっくりしたけれど、ただただ時間が過ぎるのを祈るしかなかった。

剛は僕の肩をトントンと叩き、

僕にしか聞こえないような声でボソっと言った。

「お前。佐伯のことが好きなんだろう。

さっきの借り物競走。あの紙になんてかいてあった。

あれは俺がかいたものだ。」と。

僕は全身の血が一気に引くのを感じた。

僕が答える間もなく、剛は

「今年優勝するのは何色だー!!」と声を張り上げた。それに続きみんなが

「白だ、白だ、白だー!!」と地面を蹴りながら叫んだ。

僕はもう叫ぶ力も、みんなと一緒に闘志を燃やす力も、すでに残っていなかった。



二人三脚は、もう佐伯の顔を見ることもなく、

佐伯はもう僕に対していつものような

優しい言葉をかけることもなかった。

ただ、ただ二人の呼吸を合わせながら

ゴールへと向かう。

途中、躓きそうになることもあった。

だが、僕はただただゴールに向かうことしか

考えていなかった。

美智子はそんな優を見て、

もう大声で声援を送ることはしなかった。

顔の前で手を組み、

どうか。どうか無事に怪我をせずに

ゴールへと向かえますように。

そんなことをただ願うばかりだった。

結果、僕たちのクラスは途中まで

僅差だった赤組を追い抜き優勝へと導くことができた。


小学校最後の運動会だった。

閉会式となり、

朝礼台には校長が登った。校長は今年僕らの代で定年退職をすることが決まっていた。そして、マイクを手に取り「今年の優勝は、白組!!」と

大声で言った。

みんなはハグをしたり、目には涙を浮かべながら

これまで大変だったこと。

そして辛かったことなどをみんなで共有しあった。

校長の目には涙が浮かんでいた。

これは後から知った話だが、校長はどうしても白組が優勝することを望んでいたらしい。それには僕たち白組が授業と授業の間の短い休み時間にも、

放課後の時間にも練習をしていたことを影から見ていたから。ということだった。

僕には正直どうでも良いことだった。

もう僕の中で残したくもない、言い方を変えれば

黒歴史とも言えるような思い出となってしまったから。

白組には優勝カップが送られ、

剛が小学校最後の運動会で団長になることができたこと、そして卒業をした後も今日のように皆んなと力を合わせて築き上げた思い出を忘れることはない。

とそんな定型文のような思いを応援合戦でガラガラになった声と涙声で在校生に向けて送った。

中には剛を慕っていた後輩の何人かも一緒になって肩を震わせながら泣いていた。



運動会が幕を閉じ、全校生徒が片付けに入っていた頃

僕は佐伯に「話があるから、この後きてほしい。」と

言われ、片付けをしていた手を止めて佐伯がいる教室へと向かった。


美智子はすでに帰ったみたいだった。

教室のドアをゆっくりと開けると、机の上をただぼうっと見つめている佐伯がいた。

「話って、何?」

「剛くんに聞いた。借り物競走で紙に本当は隣の席の人じゃないことが書いてあったって。」

僕はただ俯くことしかできなかった。

だって本来こんなことになるはずじゃなかったから。

本当だったら、僕は競技でみんなが驚くほど

グンと隣の子たちを追い抜き、

1位や2位をとってみんなを驚かせるはずだったから。

だから思い描いていたシミュレーションは無いもの同然だった。

「じゃあなんて書いてあったかも聞いたんだよね。剛に。」

佐伯は少し考えたようにうーんと天井を見上げ、

黙ったまま頷いた。

僕はもう佐伯の隣に並ぶ価値もない、ただただ恥ずかしい人間だと自分を心の中で責め立てた。

「ごめん。嫌な思いさせて。忘れてほしい。」

そう言い教室を出ようとすると、

「私、海外に行くの。卒業したら。」

佐伯はそう言った。僕は佐伯に背を向けたまま

「そうなんだ。がんばってね」

そう言うことしか出来なかった。

「私、6歳年下の弟がいるんだけど

優くんが何故か弟と重なって、もし勘違いさせてしまっていたら」

「いや。大丈夫だよ。弟がいること、知らなかった。今までこんな僕を救ってくれてありがとう。あと残り数ヶ月だけど、よろしくお願いします。」

そう言い残して僕は駆け足で階段を降りた。

今すぐに消えたかった。

神様なんていないんだ。と。

弱者は結局運命が予め決まっているのだと。

小学校6年生にして優は悟った。

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