第三十九章 馬鹿者ども
第三十九章 馬鹿者ども
月曜日も、箱は流れてきた。
直樹は中身を確かめ、決められた向きに並べた。
蓋を閉じ、表示を貼る。
次の箱が来る。
窓の外で、トラックが後退する音がした。
直樹は一瞬顔を上げ、それから手を動かした。
土曜日の靴は、まだ乾いていなかった。
今日は古い方を履いてきた。踵が少し緩かった。
*
杉浦の名前は、その週から、何度もテレビに出た。
最初は、屋敷で起きた騒ぎとしてだった。
花火。
大量の現金。
水浸しの蔵。
次には、流出した書類の話になった。
五人が何週間もかけて見つけた会社名が、画面の下に並んだ。
日がたつと、工場跡の映像が増えた。
やがて、地面を掘り返して調べている様子が流れた。
昼休み、直樹が食堂へ入ると、テレビの音がいつもより大きかった。
杉浦が逮捕されたと、伝えていた。
*
「うちの方、何かあるのか」
食堂の入口で、上役が二人立ち止まっていた。
「さっき電話来てたぞ。社長、戻ったらすぐ会議だって」
「土地の話か?」
「ここでは、ちょっと」
二人は声を落とした。
直樹は横を通り、弁当を置いた。
野田が先に座っていた。
「今日は早いね」
「いつもと同じだけど」
「俺が遅いのか」
直樹が蓋を取ると、武藤が来た。
久世はテレビを見ていた。
実は箸を揃えてから、弁当の包みを膝へ置いた。
*
画面の中のアナウンサーには、見覚えがあった。
町の発展について、杉浦へ笑顔で質問していた人だった。
今は、口元を引き締めている。
「地域の有力者として知られる杉浦容疑者ですが――」
直樹は飯を口へ運んだ。
不正な資金の流れ。
工事の記録との食い違い。
書類の記載が、会社側に残る資料と一致したこと。
アナウンサーは、同じ声で続きを読んだ。
「あの人、前も出てたね」
実が言った。
「うん」
野田が答えた。
隣のテーブルでも、杉浦の話をしていた。
「俺、あの庭に入ったことあるんだよ」
「いつ?」
「前にさ。立派な家だったぞ」
直樹は卵焼きを食べた。
少し甘かった。
*
「そういえば」
直樹は声を落とした。
「あれ、よく中が二重になってるって気づいたね」
野田は口の中のものを飲み込んだ。
「窓から、白い角が見えてたから」
「角?」
「蔵の中なのに、壁の角があるんだよ。窓の奥に、もう一つ建物の角が見えるの」
箸を持っていない方の手で、小さく形を作った。
「外から何が入ってるか分からないように、箱を入れてるんじゃないかなって」
「そこから、空気の穴まで?」
「人が中へ入るんでしょ。締め切った箱じゃ危ないじゃん」
直樹は頷いた。
武藤が少し笑った。
「俺もそこまでは考えた。でも、あんなに穴、開けるかね」
直樹も、写真を思い出した。
内側の部屋には、扉のある壁を除く三面に穴が並んでいた。
直径五センチほどの穴が、壁の真ん中より少し上に四つずつ。
合計で十二個だった。
「狭いとこ嫌いなんじゃね? 庭も家も、えげつなく広いし」
野田はそう言って、弁当の続きを食べた。
武藤が笑った。
久世も、箸を止めて口元を緩めた。
「だったら、もう少し広い部屋にすればよかったのに」
直樹が言った。
「それだと、しまう物も増やしそう」
野田が答えた。
実は味噌汁を飲み終え、空の容器を弁当の横へ置いた。
*
「大山さん」
通りかかった男が、実の肩を叩いた。
「あとで、あっちの片付けも頼んでいい?」
実は顔を上げた。
「何時までですか」
「え?」
「僕の方、終わってからでいいですか」
「ああ。それでいいけど」
「分かりました」
実は頷いた。
男は歩いていった。
直樹は弁当箱の隅の米を集めた。
野田は何も言わず、実の空いた味噌汁の容器へ、自分のごみを入れていいか聞いた。
「いいよ」
実が答えた。
「今日、帰りに寄る?」
直樹が聞いた。
「寄る。テレビ、まだ裏のねじ緩いんだよね」
「触らなくていいから」
「触らないと締められないじゃん」
「そういうことじゃなくて」
武藤が弁当の蓋を閉じた。
「俺、スーパー寄っていきます」
「じゃあ、僕も」
久世が言った。
「大山さんは、終わったら連絡して」
実は頷いた。
テレビでは、まだ杉浦の話をしていた。
*
源次が帰ってきたとき、亮太は玄関にいた。
「どうだった?」
「長かった」
源次は靴を脱いだ。
「何て言われた?」
「二度とするなと」
「それで?」
「もう廃業だと言ってきた」
亮太は額へ手を当てた。
源次は横を通り、居間へ入った。
座布団を引き寄せて座る。
亮太がお茶を出すと、湯呑みを持ち上げた。
「熱いな」
「熱いやつって、いつも言うじゃん」
「言った」
源次は少し吹いてから、ひと口飲んだ。
厳重注意だった。
亮太は向かいへ座った。
「ちゃんと、話聞いた?」
「聞いたとも」
源次は答え、もうひと口飲んだ。
「誰に頼まれたんだとも、聞かれたな」
亮太が顔を上げた。
「何て答えたの?」
「名前は知らん。馬鹿者どもだと言ってやった」
亮太は吹き出した。
「名前、聞いたじゃん」
「忘れた」
源次は平然と、茶をすすった。
亮太は何か言いかけ、やめた。
しばらくして、源次が亮太へ目を向けた。
「花火、よう見えたか」
「うん」
「そうか」
源次は湯呑みを置いた。
亮太は、その指を見ていた。
あの夜、機械へ触れていた指だった。
「爺ちゃん」
「何だ」
「楽しかった?」
源次は亮太を見た。
「お前は、どうだった」
「俺は、楽しかった」
「じゃあ、よかった」
亮太は笑った。
*
作業場の機械は、まだ箱へしまわれていなかった。
源次は翌朝、その前へ座った。
布を畳んで、角を拭く。
蓋を撫でた。
「働かせたなあ」
入口から、亮太が顔を出した。
「また磨いてる」
「しまう前だ」
「昨日も言ってたよ」
「昨日は、こっちを拭いてない」
亮太はそばへ来て、隣の椅子に座った。
源次は布を動かした。
「花火って、終わってからも忙しいんだな」
亮太が言った。
「そうだぞ」
源次は頷いた。
「今頃、分かったか」
*
その晩、直樹の部屋には、いつもの五人がいた。
実が帰ってきたときには、米はもう炊けていた。
「お疲れ」
野田が言った。
実は両手に持っていた袋を置いた。
「ヨーグルト、安かったから」
「何個?」
「五個」
直樹が冷蔵庫を開けた。
野田の工具を入れた小さな袋が、床に置かれていた。
武藤は雑誌を読んでいた。久世は流しの前で、皿を出している。
直樹はヨーグルトを棚へ並べ、戻って本を一冊取った。
「そういえば、この小説にも五人組が出てくるんだけど」
野田が立ち上がった。
武藤は雑誌を閉じた。
久世が箸を持ってきた。
実は炊飯器の前へ行った。
「最後に、この中の一人が」
「三浦さん」
武藤が言った。
直樹は顔を上げた。
「最後まで言わなくていいです」
直樹は口を閉じた。
本の表紙を見た。
「……じゃあ、最初だけ」
「飯、先にしよう」
野田が言った。
実が茶碗を差し出した。
直樹は本を伏せて、ご飯を受け取った。
野田のスマホが鳴った。
茶碗を机へ置き、画面を見る。
しばらくして、笑った。
「何?」
直樹が聞いた。
「亮太から」
野田は画面を少し上へ戻した。
「源次さん、誰に頼まれたって聞かれたんだって」
武藤が顔を上げた。
久世の箸が止まった。
「名前は知らん、馬鹿者どもだって答えたらしいよ」
直樹は野田を見た。
「馬鹿者どもって」
「間違ってないじゃん」
野田が笑った。
「俺、ちゃんと名乗ったのに」
「覚えてもらえなかったんですね」
武藤が言った。
「最初に言ったよ。三浦ですって」
「覚えてるよ」
実が、ご飯をよそいながら言った。
直樹は実を見た。
「機械、直した人のことも覚えてたもん」
野田はスマホへ目を落とした。
亮太のメールには、続きがあった。
『名前聞いたじゃんって言ったら、忘れたってさ』
野田はもう一度笑い、画面を四人へ向けた。
久世が読んで、小さく息を漏らした。
武藤が口元を押さえた。
直樹は茶碗を持ったまま、しばらくその文字を見ていた。
「……馬鹿者どもか」
顔を上げると、四人とも笑っていた。
直樹も笑った。




