第五話 それでも私は…
日は沈み、夜の帳が下りる。しかし、街頭に光は灯らない。
留置所の周辺には封鎖令が敷かれ、関係者以外誰も入ることができない。
その静寂の中で、ルチアとその騎士ユリウス、そして案内人ソールが馬車に揺られ移動していた。
「…サーラント国家は古来よりエジュデルと共に繁栄し、この半島を治めていました。」
ソールの口が開く。静寂の中で紡がれる彼の声は、どこか悲壮感を含んでいた。
「確かに、エジュデルほどとは言えなくとも豊かな国であったと自負できます。しかし、ある時からそれが変わってしまった。」
ユリウスは目を閉じ、ルチアはソールの虚ながら必死な瞳を注視する。
「アイリア船の入港。それが、全てを変えてしまったのです。」
アイリアが要求したこと、それは港の提供だった。
石炭と水と食料の補給。
たったそれだけの要求を認めただけで全てが変わってしまったのだとソールは言う。
要求はエスカレートし、関税の撤廃、大使館の設置、仕舞いには港の租借。
このままでは侵略者たちに国を乗っ取られる。その恐怖感からエジュデルに助けを求め、近代化に勤めてきたのだと。
なるほど、ユリウスが目を瞑った理由もわかる。
だって、その侵略者たちの中に、きっとエジュデルも含まれているからだ。
哀れにも侵略者に尻尾を振り、なんとか生き残ろうとする。その生き方をユリウスは騎士として認められないのだろう。
ルチアは皇女だ。エジュデルの顔だ。
けれど、それでもソールの話はただの悲劇ではなく現実であると理解してしまったのだった。
ガタンと言う音と共に馬車が止まり、カタカタとなっていた車輪の音が消える。
「ルチア様、あなたがこれからお会いするのは、ただの罪人であることをお忘れなきようお願いします。」
「…ええ、わかりました。」
ソールの言葉は、まるで祈りのようで、それが真実であってほしいと云う念が詰まっていた。
◇◇◇
「皇女、どうぞこちらへ。」
通された場所は豪華絢爛な客室。アンピール様式の華やかな雰囲気と、椅子に縛り付けられた老人。顔にはガーゼが貼ってあり、困惑の眼差しでルチアを覗く。
「いきなり独房から連れ出されたと思ったら、な、なぜルチア殿がここに…」
「サーラント国王より許可を得て来ました。私はあなたが何を訴えようとしたのか知りたい。ただ、それだけです。」
ガス灯の赤に近い光が静かに揺れて、ボーという音だけが静寂に鳴る。
「我々を助けてくださるということですか?」
「それは………約束は出来ません。けれど、あなたの事情を教えて欲しい。」
◇◇◇
彼の住んでいる村は、都心から離れた辺境の地にあるらしい。農民たちは互いに助け合い、穀物を生産し、それを国に納める。
何不自由なくとは言えないまでも、なんとか暮らせていたのだとか。
そんな彼らの農業を支えたのが『奴隷』。
借金を返せなくなった者の末路。その値段は決して安くなく、一家総出で働いて一年分の収入に相当したのだとか。
それを村の面々で共同で買い保有する。共同農地で働かせ、資金を出した家の生活の足しにする。
そうやってなんとか生活していた。
けれど、そんな生活は突然終わる。
奴隷解放令。
その布告と共に村には兵士がやって来て、奴隷は自由の身となり、どこかへ連れて行かれたという。
それでお終い。
サーラント政府は奴隷の補償をするわけでもなく、税を軽減するわけでもなく、むしろ穀物でなく貨幣による納税は農民たちの生活を狂わせた。
そこに追い討ちをかけるように金貸しが廃業。借金すら出来なくなった農民たちは、エジュデル帝国の皇女が来航することを親切な商人から聞き、わざわざ馬車を乗り継いでやってきたのだと。
「ルチア殿、お願いです。我々を助けてください。」
涙ながら訴える老人が背負っているのは自分の命だけじゃない。彼がここで失敗すれば村のみんなが助からない。
そんな、責任感で押しつぶされそうな老人は、どこか光を見ているようで。
「…申し訳ありませんが、あなた達を助けることはできません。」
「そんな…」
一瞬抱いた希望が絶望に塗り替わる。それは、ルチアが抱いた世界を見たいという身勝手な願望の結果であり犠牲。
「あんた達エジュデルが!アイリアが!儂等の生活を狂わせたんだ!!無責任に正義を押し付けて!現実を見ずに理想に酔いしれてるあんたらが!」
キラッと輝く金属が、喚く老人の首元に迫る。
「皇女に対する無礼。容認しかねる。」
「ユリウス、辞めなさい。」
ルチアの言葉にユリウスは剣を収め、再び席に着く。部屋には、老人の荒い息だけがこだまして、冷えた空気が流れ込んだ。
「私は…」
息が詰まる。世界を知りたかった。綺麗な世界を信じたかった。帝国の理想を信じたいのに、現実との戦いに負けそうになる。
「私は、それでも奴隷は悪だと思う。
あなたの訴えも理解できた。けれど、それでも、誰かを道具のように使うのは間違っていると思う。
エジュデルを恨みたいなら恨んでください。私が憎いなら蔑んでください。」
彼らにとっての世界は村で、それを奪われた彼らの痛みは私には共感できても理解しきれない。
「それでも私は…帝国の正義を信じなきゃいけない。」
◇◇◇
「皇女、今後は今回のようなことは控えてください。」
「わかってますよ。」
ここサーラントの王都では、近代化以降急激に人口が増加したらしい。農村部から連れて来られた大量の人。
彼らはサーラントの新たな工業の動力源として働いているそうだ。
「皇女よ、此度の事態は本当に申し訳ない。」
「気にしないでください。そんな事件はなかったのだから。」
あの老人の突撃は発生しなかったことになった。発生していない事件の責任なんて、どこにもない。
それと、あの老人はある程度の金を持たせ釈放された。村三つが3年は生きるのに困らない額の金塊。
口止め料の意味もあるが、それ以上にルチアなりの謝罪だったのかもしれない。絶望させてしまったその謝罪。最低な解決法だと自覚しているからこそ、ルチアは微笑む。
「サーラントの発展を期待していますよ。」
「我々も、皇女が再びお越しくださることをお待ちしております。」
結局、余所者がその世界を変えることなんて出来ない。変えられるのは現地に住む人間だけ。
理想を持って希望を破壊して、決意を腐敗させた。
なら、私は…
潮風は冷たく吹いていた。
ご愛読ありがとうございました。
感想お待ちしております。




