夏が来て、パパとママと遊びに出かける ⑥
「でも……」
お姉さんは言いよどんでいる。
恋人のことが好きだからこそ、こうして躊躇しているんだろうな。大人の人が泣いているのは不思議だったりするけれど、それだけ真剣な気持ちなんだろうなって思った。
「もしかしたら誤解かもって私は思うよ。それにもし他の誰かを好きになったとしても、ちゃんと話し合って納得した上で別れたほうが……」
わたしがそこまで口にしたら、お姉さんがまた涙目になっている。私が別れた方がいいと発言しようとしたから? その単語だけでも落ち込んでしまっているなんて、口にするのはちょっとあれだけど少しだけ可愛いなとは思った。
「お姉さん、わたしは好きな人が居た頃がないからこんな言葉言ってもただの空想事ではあるんだけど、でも聞いてほしいな。わたしは仮にお別れがあったとしても、何も話さないままお別れよりは、ずっと……言葉を交わして、お互いに納得した方がずっといいよ」
――そんなことを言いながら、わたしは自分の身体があの子のものになった時のことを思い起こした。
突然のことで、わたしにとって大切だった人達とはお別れなんて告げることは出来なかった。寧ろ皆、わたしからあの子に変わったことなんて全く気付いていなかった。ただ、ベルラ・クイシュインとして生きていた“わたし”が消えて、ベルラ・クイシュインとして生きる“あの子”が居た。それだけの話。
あれは仕方がなかったことだった。向こうは、わたしが居なくなったことなんて知らない。わたしから、あの子になったことに気づいていない。
わたしはパパの娘として過ごして、わたしはわたしで、あの子はあの子だって思ったからその事情なんて誰かに告げたりなんてはしていない。わざわざ中身が違うことをいって、あの子やその周りの生活を乱したいわけでもないから。
ただもしお別れを口に出来たら……また違う“わたし”と“あの子”の関係があったのかもしれないとは思わなくもない。
「……辛くても?」
「うん。そうだよ。辛いこととか、悲しいことから逃げたい人って沢山居ると思うよ。わたしだって、そう。出来れば避けられるなら避けると思う。だけどね、避けたくない場合だってあるでしょ。えっとね、例えばの話なんだけど、わたしには大好きなパパとママが居るの」
わたしは言葉を選びながら、口にする。
「わたしはね、パパとママが大好きだし、喧嘩するようなことは全然ないよ。わたしは二人の言うことなら、素直に従うと思う。でも例えばね、何かあった時に衝突したとして……もしかしたら関係性が悪化するかもって思ってもちゃんと話したいなって思うから。大切だからこそだね。大切じゃない相手だったら、喧嘩したならもういいかって思ってしまうかもしれない。でもわたしは……大事な人だからこそ、これからも一緒に居たいと思うからちゃんと話したいってなるよ。それと一緒でね、お姉さんは今……その大切な恋人と一緒に居られるか、それとももう二度と会えないかの瀬戸際にいると思うの」
なんだか勝手にぺらぺら喋ってしまっているので、お姉さんからしたら変な女の子という認識になってしまっているかも。
でもわたしは驚いた顔のお姉さんにそのまま続ける。
「家族と違って恋人は、血の繋がりのない存在なんだよ。というか、家族だったとしても何かのきっかけがあれば話せなくなることってあるんだよ」
うん、わたしがそう。わたしの身体は、自分の身体じゃなくなった。そこでベルラ・クイシュインとして生きていた私の繋がりって無くなってしまった。人の繋がりって、続いているようで簡単にきれたりとかもするって知っている。
だからこそ……わたしはもし本当に恋愛的な意味で好きな人が出来たら、その人を手放さないように全力を尽くすだろうなと思う。
わたしはお気に入りのものはちゃんと自分の傍に置いときたいって思うタイプ。それはベルラ・クイシュインだったころからそう。そして今のわたしも変わらない。
「だからお姉さんがこのまま恋人と一生話せなくてもいいっていうなら逃げてもいいと思うの。辛い思いをすることを拒否するのって当たり前のことだから。ただ振られたくないとか、もっと恋人のままがいいとか……そう思っているならちゃんと話した方がいいよ。それでね、話した後にどうしようもなかったら逃げよう?」
わたしはそう言って、お姉さんに笑いかけた。お姉さんは、顔をあげてぽかんとしていた。
いっぱい喋りすぎたかな。
わたしはそう思いながらじっと女性の返答を待つ。もしかしたら知らない子供にこんなことを言われるなんてと怒ったりするかな? と少しドキドキする。
だってお姉さんはいっぱいいっぱいなんだもん。
「うん……そうよね」
「お姉さん?」
「子供に言われるまでうじうじしていたなんてどうかしていたわ。ありがとう、私、学園に戻って話してくるわ」
「え?」
「このまま馬車に乗って帰るわ! ありがとう!!」
お姉さんはすっきりした様子で爽快な足取りで去っていってしまった。残されたわたしは驚きつつ、元気が出たならいいかとその場を後にするのだった。




