13.レーヴェ③
王宮南館。
レーヴェの住んでいるのはその3階で、もっとも日当たりの良い部屋だった。
神殿部寄宿舎からレーヴェと共にこちらに移り、使っていない隣の部屋に案内されると、私はゴロンと豪華なベッドに横になった。
まるでどこかの姫が使うような天蓋のついたベッドはとても寝心地がよい。
きらびやかな鏡台も、花の装飾がされた抽斗も現代では見たこともないような代物だ。
一頻り辺りを見回し、ひと息付くと私はここまでの出来事を振り返る。
聖フィオーナ学園の大聖堂から、ここエルナダへ、あり得ないような現象を体験してやって来た。
自分が見ていた夢が、本当に前世の記憶であったことには驚いたけど、現世での喪失感や郷愁感を思うとこの世界に呼ばれたことは運命だったのだとも思う。
あの日、手放してしまった可愛い我が子……5年の月日が経っていたけど、レーヴェが生きていることに私は初めて神に感謝した。
「聖女!!殿下がお呼びだ!!」
激しいノックの音と共に、エスコルピオの苛立った声がした。
扉が壊れそうなくらいの音に、ビクッと身を起こすと、私は急いで戸口に向かった。
「はいはい。そんなに怒らなくてもいいでしょうよ」
「怒ってない……無駄口を叩くな、早く行け」
相変わらず鉄仮面の表情は読めない。
だけど、面白くないと思っていることは確かだ。
大好きなレーヴェを私に取られたことがそんなに気に入らないのかな?
そう思いニヤリとすると、射殺すような視線が背中に突き刺さった。
「早く行けと言っている………」
「はーい」
ふん。そんな目をしても怖くないもんね。
私的には、レーヴェに忠誠を誓って守ってくれるエスコルピオは、同士のようなものだからね。
まぁ向こうはイヤでしょうけど。
エスコルピオの視線に押され、私は隣の部屋のレーヴェを訪ねた。
彼は部屋で何かの勉強をしていて、しきりに難しい顔をしている。
「どうしたの?レーヴェ」
「あっ……ジュリ様!あの……これ、わかりますか?」
レーヴェが私に見せてきたのは、算数の教科書のようだった。
「ん?ああ!これ、割り算ね?」
「割り算?……ええと、除法のことですか?」
あ、そうだ。
エルナダでは除法と言ったっけ。
現代での暮らしが長すぎて、少し忘れかけてたわ。
「そ、そう!除法。異世界では割り算と言うのよ?それで、どの問題がわからないの?」
覗き込む私に、レーヴェは「ここです」と指をさした。
その問題は小さい子供が解くには、結構な難問である。
「レーヴェ、すごいのね。こんな問題まで挑戦するの?」
「はい。僕、勉強は好きなので!」
得意気にレーヴェは笑った。
それにしても、5歳のレーヴェがこんな難問を解くなんてすごいわね。
現代では5歳と言えば幼稚園児のはず。
それが、割り算を解くってどうなの!?
ひょっとして、天才じゃないの!?
「ジュリ様?」
私の加速しつつある親バカを、レーヴェが止めた。
「あ、ごめん。ええと、これね?ふんふん、ああ、これはね………こうやって………」
レーヴェを悩ませていた難問を、私は華麗に解いて見せた。
と、カッコ良く言ってみたけど、その辺の高校生なら誰でも解ける……はず。
「わぁ!ジュリ様すごい!それに、解き方が斬新ですね!こんな解き方、僕初めて見ましたっ!」
レーヴェの目が、ヒーローを見るように煌めいた。
うん、イヤな気はしない……けど、あまりにも大袈裟で少し微妙。
「そ、そうかな?レーヴェの役に立ったのなら良かったけど……」
「とても勉強になりました!ジュリ様の解き方なら他の問題も出来る気がします。エスコルピオに聞いても全然わからないって言うし……」
「…………はぁ……すみません……」
レーヴェの言葉に、後ろで見ていたエスコルピオは呟いた。
聖女にレーヴェの尊敬を奪われっぱなしの彼は、鉄仮面の上からでもわかるほどに落ち込んでいる。
「レーヴェ。ダメですよ?人には得意不得意があるんです。計算や勉強が得意な人もいれば、剣や弓が得意な人もいる。だから、これが出来ないからといってそれだけで人を判断しては、ね?」
「おいっ!殿下に意見などっ!無礼な!」
エスコルピオはグイッと私の肩を掴み、後ろに押した。
だけど、そのエスコルピオの手を小さなレーヴェの手が止めた。




