最終話 さようなら、また会える日まで。それまで待ってるよ……。
タイトルからお察しかと思います。悲しいお話になりますので、お読みになりたくない方は、そっと閉じて下さい。
お読み下さる方、涙腺の弱い方はティッシュなど御用意下さい……。
11月になった頃、三男が体調を崩したり次男が足を捻挫したりで、やれ整形外科だ、今度は内科だ、皮膚科と耳鼻科も連れてってだのと、週末ごとにバタバタしていた。
そんな中、ふと気付くとけむくじゃらの様子がおかしかった。頻尿である。何度もトイレに行くのにほとんど何も出ていない。それでも機嫌はよく、何時ものようにブルーレイレコーダーの上で日向ぼっこをしたり、洗面所の洗濯機の上の奥の窓から通りを眺めたりしていた。
ある日のこと、彼のトイレ砂に血が混じっていた。血尿だ。
慌てて動物病院に連れて行く。車の中で不安そうな声で鳴いていた。
「ごめんね、病院で診て貰おうね」
慰めながら夕暮れの街に車を進める。胸がざわざわして深い吐息が出る。何度も、何度も。
お医者様は丁寧に診察して下さり、これまた丁寧に猫の状態や、猫という生き物について説明して下さった。
端的に言えば尿路結石だった。結晶溶解剤と抗生物質を頂いた。猫は腎臓病になりやすい、ということは以前ネットで見て知ってはいた。つまり、腎臓が弱っていたのである。
「本当は入院した方がいいのだけれど、この猫の性格を考えるとかなりストレスを感じてしまうと思うので、ストレスも腎臓に負担がかかってしまうので、しっかりとお薬を飲ませてあげて下さい」
それから投薬が始まった。するとしばらくして血尿も頻尿も治まった。家族で喜んだものである。
本当は薬を飲みきったとき、もう1度動物病院へ連れて行けば良かったのかもしれない。けれど来年1月から三男の足の手術とリハビリによる入院が決まっていて、術前検査等のため片道1時間かかる病院へと度々出向かなければならず、家を開けることが多かった。(ちなみに次男も年明けから出張が決まって、そちらの準備もあった)
体調が本当はとても悪かったであろう猫を家にひとりぼっちにして、なんと酷いことをしてしまったのか。
12月も終わりに近づいた日曜日、猫が食べ物をもどした。猫は毛玉を吐くことがあるので、久しぶりにもどしたな、と思った。
けれど胃液のようなものも吐いた。一日を通して、何度か吐いた。それでも元気で、子供たちが揃う週末は1階と2階を何度も行き来していた。
吐いてるけど元気。かかりつけの動物病院は月曜が休みだから、火曜まで様子をみることにした。
月曜、格段に元気が無くなった。餌もあまり食べない。ウロウロはするけど、すぐに横になってしまう。
火曜日夕方病院に行くと(午前中は三男の病院でした)、またも尿路結石の診断。今度は家では血尿は出ていなかったが、病院で出始めた。また薬を頂く。
水曜は三男の学校が終業式だったので10時過ぎには家を出て迎えに行き、12時半過ぎに帰った。
猫は私が出かけるときにいた場所から、1歩も動いていないようだった。
おかしい。餌も水も口にしていない。不安な気持ちで頭を撫でながらいろいろと話しかけた。
夕方5時半ごろ、仕事が終わった次男を迎えに行く。車の中で次男に、「今日、全然お水も飲んでないみたいなんだけど、スポイトでも買ってきて飲ませた方がいいのかなー?」等と話していた。
そのとき、帰宅したらしい長男からスマホに電話が入った。私のスマホはブルートゥースで車に音声が飛ぶように設定してあるので、車内に長男の声が響く。
『猫が死んじゃったかもしれない』
!
「えっ!?」
『抱っこしてたら急に首がぐでんとなって動かないよ。俺、動物病院に電話してみるから……』
「分かった、取り合えず帰る」
次男とはその後無言だった。帰宅ラッシュの道を急ごうにも急げず、車の波に乗るのみだった。
家に着いて長男の説明を聞きつつ、古ジャンバーに猫を包み長男に抱かせ、来た道を動物病院目指して戻る。早く、早く! と思い、安全運転の車にイラついてしまう。どうせ急いだところで、もう……。そんな考えもよぎる。
結局、戻って来てはくれなかった。診断は尿路結石からの尿毒症。
「あのとき入院してもらって、手術をすれば良かったのかもしれません。僕の診断が甘かった。申し訳ありません」
と、お医者様はおっしゃって下さったけれど、私の責任だ、と思った。私が猫の様子をちゃんと見て、小まめに病院を受診すれば良かったのだ、と。
お医者様は丁寧に病気のこと、これからのことを教えて下さった。良い先生だなと思いながら、まだやわらかい猫を撫でた。
家に帰り、上の子たちが休みになるまでは猫を家に置いておくため、段ボール箱にお気に入りの毛布で包んで安置した。保冷剤を何個も入れ、「冷たくてごめん」と謝る。
家族会議になった。お医者様が教えて下さったペット霊園が、とても良さそうなことも話した。「焼くのは残酷」という意見と、「そのまま埋めて朽ちるのも、他の生き物に漁られるのも嫌だ」という意見もあった。
猫を飼うことに最後まで反対していたお舅さんは、猫をそのまま埋めることに反対した。まあ、庭はお舅さんのテリトリーだ、その気持ちは分かる。けれどほんの数日後、「やっぱり埋めてもいいよ」と、おっしゃって下さった。
でも、焼いて頂いて、しばらくはお気に入りの場所に置いておこう。そう意見はまとまった。そうして数日が過ぎた。
土曜、ペット霊園が併設されてる、ペットのための焼き場へ行った。市内でも奥まった地域で、あまり運転しなれていない方角だった。ちょっと小高いところにあって、日当たりが良く、少し冷たくて爽やかな風が吹いていた。
神主さんは病院の先生のお話通り、誠実そうで優しそうな方だった。
ペットの焼き場の側にペット霊園があった。いろんな墓石があった。……いずれも、飼い主さんたちの愛があふれていた。
1時間弱たって、小さな骨壷の、その外側を綺麗な袋に入れてもらって、猫は私たちの元へ戻って来た。家に帰り、ブルーレイレコーダーの上に安置した。ここは西日が当たって暖かいのだ。彼のお気に入りの場所の1つだった。
朝私が目覚めると、枕元で寝ていた。
コーヒーメーカーをセットしに行くと、目覚め、足下にすり寄って餌をねだる。なので餌と水をあげ、一緒にコーヒーブレイクをした。
洗濯機を動かしに行くと着いてきて、洗濯機の上の奥の窓辺に横たわり、通りを行き交う車を眺めていた。
洗濯物を干しに居間の窓辺へ行くと追いかけてくる。そこから庭を眺めようと、外へ出ようと、私と攻防戦をした。
茶碗を洗っていると、いつの間にかキッチンの椅子の上で寝ていた。
私が夏の暑さに負けて横になっていると側へ来て、撫でろ、とでも言うように尻を向けて寝ていた。
彼は尻尾の付け根から首のうしろまで逆撫でで、撫でられるのが好きだった。軽く爪を立てて撫でると、すぐにゴロゴロ音を奏でる。愛しくて、幸せな音だった。その甘くて優しい音が好きで、何度も何度も撫でてやった。……あまりやり過ぎると噛まれるけど。(そうそう、なかなか甘噛みを覚えなくて、私の手は傷だらけだった)
ご飯のしたくをしてるときも、いつの間にかキッチンの椅子の上に座っていた。
そうやって、私を見守っていてくれた猫はもういない……。
寂しい。
ごめんね、長生きさせてあげられなくて。そんな私があなたの死を悲しむなんて、傲慢なのかもしれない。
もっともっと、気をつけてあげれば良かった。いろんなことに気づいてあげられれば良かった。こんなに早く亡くなってしまうなら、あんなに出たがっていた庭へ出してあげれば良かった。
悔いてももう遅い。遠いところへ行ってしまった。私が行かせてしまった。
本当にごめん……。
それから何日かして、長男が言った。
「綺麗な猫だったよね……」
「うん、イケメンな猫だった」
私は答えた。
「今は考えられないけど、またいつか猫を飼うなら、またサバトラがいいね」
「……そうだね。でももう少し、抱っこが好きな猫がいい。甘噛みも早く覚えてくれる猫がいい」
長男が笑う。
「寒さに強そうなロシアンブルーとかが良いかも」
「……外に出たがってたのにいつもお留守番でさ、そういう意味では猫は可哀想だな。犬なら連れていけるけど。だから犬の方がいいかなぁ」
長男の言葉に、半分冗談で、半分本気の返事をした。
……またいつか。気持ちに折り合いが着いたら、何かを飼えるのだろうか。そしたら一緒に散歩に行ける犬がいい。だから、犬に生まれ変わっておいで。
数年前3年以上飼っていた金魚5匹が、一晩で全て旅立ってしまった。あれもこんな寒い冬の日だった……。冬は人間以外の生き物にとっては、とても辛い時期なのかもしれない。
だから、服を着込んで散歩しよう。いつも眺めていた小さな庭でも、いっぱいいっぱい遊ぼう。
その日まで、待ってる。
いつかまた、出会えることを願っている……。
(いや、あまりすぐに戻ってこられても、こちらが飼える心境じゃないんだけど……)
おしまい
うちの猫を可愛いいと思って下さった皆様、ありがとうございました。
作中のように、けむくじゃらの本名は『つくも』と言います。これは拾い主である長男の友人が付けた名前で、譲り受けたときに名前を変えていいと言われたのですが、そのまま呼んでいました。
まだ家には食べきらなかった餌や使いきらなかったトイレ砂、好きだったオモチャたちに猫用ブラシ等々、猫グッズが転がっています。あの猫がいた痕跡を消してしまう気にならず、そのままです。
どれを見ても胸をしめつけられ、喉がきゅっとしまり、鼻水がだらだら出ます。(汚くてすみません、涙より先にハナが出ちゃうタイプです)
獣医さんのお話によりますと、猫は寒さに弱いそうです。犬のように服をきてくれればいいのですが、嫌がるこが多く、また体がやわらかいので脱いでしまうそう。中には首輪が嫌いで取っちゃう猫もいるみたいです。
今年の朝方の冷え込みは異常だとおっしゃってました。この為、膀胱炎にはなりにくいとされるメス猫も何匹も診察に訪れている、とのことでした。触診すると大きな石があるのが分かるくらいだそうです。
確かに去年までの今ごろは、朝、車のフロントガラスが凍っていたことは無かったのですが(南関東です)、今年はあのこが亡くなった朝まで連日凍りついていました。翌日から凍らなくなったので、次男が悔しがっていました。(まあ、それだけが原因ではないのでしょうけど)
まだまだ寒さはこれから。年が明けたらもっとバタバタするし、悲しがってもいられない。
落ち着いたらまた、別の作品を読んで頂けるのであれば、そちらでお会いいたしましょう。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。