3-4 美少女の涙は高く売れそう
ケインは既に汗だく状態だった。
地面からハスエルを狙い伸びる根と、彼を捉えようと上から襲う蔓を、休みなく剣を振り切断し続けている。
「ハスエルっ、心配っ、するなっ、ガットがっ、今にっ、敵をっ、倒してっ、くれる」
ハスエルを勇気付けようと発する声も荒い呼吸で途切れ途切れだ。
「ンンンッンン。ンン、ンンー」
ガットの言いつけどおりに口を閉じているハスエル。何を言っているかわからない。
「そうかっ、俺をっ、応援してっ、くれてるん、だなっ、ありがとう、ハスエルっ」
食人木は捕らえた獲物を生かさず殺さず、できるだけ延命させ体液を吸い続ける習性がある。
ハスエルを捕らえている蔓も動きは封じているが、命にかかわる絞めつけや骨を折るなどの攻撃はしてこない。
それがかえってハスエルを困らせていた。
皮膚の弱い部分を探っているのか、首筋やわきの下、ひざの裏やへそなどを蔓が丹念に擦っていたのだ。
「ンンンッ。ンッ、ンッ、ンンーッ」
ケインは激しい運動で息が上がっていたが、ハスエルは違った意味で息が上がっていた。
鉄の鎧を着た状態で休憩もせず剣を二十分以上も振り回すのは並大抵ではなかった。
もう剣を構えている余裕は彼になかった。剣を掴むので精一杯、あとは遠心力で振り回すだけだ。
疲労で朦朧とするケイン、意識も途切れがち、彼女の姿だけが彼を現実に引き止めていた。
「すまないハスエル」、それは声になっていない、吐息だった。
遠心力で振っていた剣も、握力のなくなった手から離れ、体はそのままの勢いで地面へ倒れた。
ドサリという音で異変に気づいたハスエルが目を開ける。
そこには力尽き倒れる彼の姿があった。
「ケイン! ケイン!」
呼んでも返事がない、起き上がらない、反応がない。
目を閉じていた彼女は彼の勇姿を見ていなかった。
突然倒れた彼に何が起きたのか理解できずにいる。
「ケイン! ケイン!」、嫌な予感が止まらない。涙を流し叫び続けるハスエル。
地上から根が伸びてくる。
彼女の足に絡みつき、体を上ってくる。
太ももまで根が伸びたその時、ふっと力が抜けた根が地面に落ちた。
体を締め付けていた蔓も力がこもっていない、彼女は体をねじらせて蔓の呪縛から逃れようとする。
幾重にも重なった蔓を力任せに引き、少しずつ緩ませていく。
体中を傷だらけにしながら、なんとか地面に落下した。
「ケイン! ケイン!」、名前を呼びながら脈を取る、まだ大丈夫、息もしている。
急いで治癒魔法を使う。
彼の顔から苦痛の表情が抜け、穏やかになる。
「はぁー、良かった」
「大丈夫か?」、傷だらけのガットが戻ってきた。
地面に大の字になり、満足そうな顔で寝ているケインを見た彼は、
「大丈夫だな」と言った。
「ガット、怪我」
「いやいい、先に自分の傷を治してくれ。ケインがおきるとまたうるさい」
「うん」
彼女は自分の治療を終えるとガットの治療を開始した。
治療中にケインが目覚める。
「助かった……のか」
「ありがとねケイン」
「いや、俺は根を切っていただけだ」、ケインは下を向く。
「俺は木を切ってきただけだ」、ガットが笑いながら答える。
二人はお互いの姿を見ながら高らかに笑いだしたのだった。
そんな二人を見ながら微笑むハスエル。
急に森がざわめき始める。
ギャーギャーと警戒音を発しながら飛びたつ鳥たち。
遠くで木がへし折れる音がする。
徐々に近寄る足音。
「なぜこんな所に象人がいる?」、驚きを隠せないガット。
頭が象の姿をした二足歩行の魔獣、大きな牙を生やし、腕は人と同じように五指の手を持つ、尻尾は蛇、体は分厚い皮で覆われていた。
体長は成人男性の二倍はある。
敵と彼らとの距離はまだ百メートルは離れている。
三人はやり過ごすため木の陰に隠れていた。
邪魔な木を押すだけで、その根がごっそり抜けるほどの力をもつ。
長い鼻を揺らしながら近寄ってくる。
ふと揺れていた長い鼻が彼らを向いてぴたりと止まる。
敵は、おもむろに近くの木を引き抜くと、彼らに向けて投げつけた。
「うおっ」、「きゃっ」、驚いたケインとハスエルが声を上げる。
投げられた木が地面をえぐり、土石をそこらじゅうに吹き飛ばす。
「まずい、ハスエルはなるべく離れて木の陰に」
ガットはハスエルに指示を出し、自分は敵の側面にまわり攻撃のチャンスを狙う。
ケインは太い木を盾代わりにし敵の正面へ。
象人は近くの木を引き抜くとガット目掛けて振り回し始める。
木が一度通過するたびに突風が発生する、それが二度三度と続くとそれはもう嵐だった。
体重の軽い彼は立ち上がることもままならず、その風圧で地面に貼り付けにされたままだ。
ケインは足がすくみ、木の陰から出ることはできない。
それで正解だろう、もし不用意に近寄れば敵の振るう木に打ち飛ばされていただろう。
「おい、こっちだ」
しかし、隠れているだけでは埒が明かないと悟ったケインは、盾で木を叩きながら叫び敵の注意を引きつける。
象人は木を振るのを中断すると彼に向かって歩き出す。
敵の注意が自分から逸れたと判断したガットは一気に駆け寄り斬りかからんとする。
しかし、敵の蛇頭尻尾が彼を睨み、威嚇音を発生させていた。
「グフッ」
象人が振り向きと同時に腕を回す、それがガットに命中した。
飛ばされたガットは地面を転がり続け、木の根に当たりようやく停止する。
幸いなことに敵の腕の付け根付近に衝突したので、それほどのダメージに至っていない。
もし振るう木にでも当たれば即死だっただろう。
軽い脳しんとうで目の焦点が合わないガットは敵がよく見えていないようだ。
敵はターゲットをケインから彼に切り替えていた。
近寄ってくるのはわかるが、ぼやけた目では敵と木の見分けが付いていない。
もう少し近寄れば、敵の射程圏内に入るという、その時。
「土翠殴智よ、我の求めに応じ汝の力を示せ」
彼らを追跡していたエルフが精霊魔法を唱えている。
エルフは精霊に語りかけ力を借りる自然魔法を得意とする。
この魔法は土に宿る精霊に語りかけていた。
象人の足下が液状化し、沼と化した地面が敵を飲み込んでいく。
波打つ地面はまるで蠢く生き物のようだった。
敵が膝まで沈むと地面が乾燥し硬化を始める。
岩より硬質化した地面は敵の両足を固定し自由を奪っていた。
身動きが取れない敵は、闇雲に腕を振り回す。
エルフは精霊魔法を発動し続けていた。
ゆらゆらと揺れる髪、服の裾もはためき、薄ぼんやりと彼女の全身が光っている、精霊が集まり力を貸しているためだ。
「エルフを!」、ケインが叫ぶ。
彼の【先読み】が発動した。
意図をくみ取ったガットはエルフに駆け寄ろうとする。
そこへ、象人は掴んでいた木をエルフに向かって投げつけた。
魔法に集中していたエルフは反応できない。
「【加速】っ!」、ガットが祝福を発動させ弾丸のように飛び出す。
彼女を押しのけ飛来する木の直撃から逃すことができた。
しかし、ガットの体は間に合わない。
飛来してきた木の本体は何とか回避できたが、広がっている根が彼を捕らえた。
ガットの肘に直撃し、肉の千切れる音を出しながら、そのまま右腕の前腕を持ち去ってしまった。
「ッ!」、声にならない痛みに耐えるガット。
加速の反動が続いている、心臓の動きが速い。早くしないと失血死する。
ウエストバッグから紐を取り出し、上腕に巻き付ける。
紐の片方を口でくわえ、反対側を左手できつく締め上げる。
「ぁぁ……」、そんな光景を見てなにもできないエルフ。
――え、なに? なにが起きてるの? なぜ彼は腕を失ったの? 私を助けた? なぜ?
エルフの精霊魔法が効力を失い、象人の足下は通常の地面に戻っていた。
地中から足を引き抜き歩き出した敵は、ケインを襲い始める。
なんとか木の陰を移動しながら敵の追撃を回避しているが時間の問題だ。
ケインを助けるため右腕から血を流しながらも敵に向かうガット。
痛みで気を失いそうになるが、なんとか持ちこたえていた。
クロスボウを固く握りしめるエルフ。
――だめ、このまま彼を行かせたら死んじゃう。
「風錫裂智よ、我の求めに応じ汝の力を示せ」
エルフは風の精霊に助力を願い出た。
ゆらゆらと髪をゆらし、体を光らせる。
その光が体から腕に集まり、やがてクロスボウの矢にすべて集まる。
「行けっ!」
クロスボウから勢いよく放たれる矢。
流星のように光の尾を伸ばしながら飛行する。
ホーミングミサイルのように、カーブを描きつつ木を避けて敵に向う。
壊れたラッパが出す高く割れた声で、象人が泣き喚く。
エルフの放った矢が敵の目に命中していた。
「はあっ!」、チャンスとばかり、飛びかかるガット。
しかし傷を負った敵が暴れている。
敵の腕に衝突し吹き飛ばされるガット。
勢いよく木に背中を打ち付けて吐血した。
「いやぁ」、泣きそうな顔になるエルフ。
――精霊よどうか彼をお救いください。お願いっ!
ジェット機のエンジン音を思わせる高くそして勢いのある音が、遠くから近寄ってくる。
その迫力ある音とは似つかわしくなく、若干地面から浮きながら優しく走る姿は華麗。
森の木々や草などに微々たる傷を負わせること無く、まるで稲妻のようにジグザクに走り木を避ける。
「一角獣!」、エルフは安堵の顔を見せる。
一角獣が棹立ちになり嘶くと、その長い角が放電を開始した。
角と象人の間が一瞬スパークした、遅れて空気をかち割る衝撃音が周囲にある物すべてを振動させた。
象人は炭素の塊となり、仁王立ちしている。
口と腕から血を流しながら、最後の力を振り絞り、ガットが敵めがけて突進する。
その巨体の心臓めがけて爺を突き刺し、トドメを刺す。
象人が煙となりガットの腕に吸い込まれていく。
そのまま彼は地面に落下し動かなくなった。
「ねぇ君! おきて、目をあけて!」、泣きじゃくるエルフ。
彼を仰向けにしのぞき込む、大粒の涙が彼の顔にいくつもの水溜まりを生み出していた。
ハスエルが飛ばされたガットの右腕をかかえやってくる。
「大丈夫、まかせて」、笑顔をエルフに向ける。
欠損した肘組織を再生しつつ、腕をつなげながら、堅く縛ってある紐を爺で切るハスエル。
前腕に血流が戻り血色を取り戻す。
内臓の損傷も治療し口からの流血も止まった。
「はい、もとどおり」、にっこりと笑うハスエル。
「なあ、しょっぱいから、そろそろ放水止めてくれ」
「うあぁぁぁー」、ガットの頭をかかえて泣くエルフ。
「どうなってるんだ?」、疑問符を頭に浮かべながら近寄ってきたケイン。
「さぁー、いつナンパしたのやら、この悪ガキめ!」
繋げたばかりの肘をつねる彼女。
「痛っ! ――血を流しすぎた、なにか食べさせてくれ」
緊張の糸がほどけ、ケインとハスエルは笑い出す。
いつの間にか一角獣は立ち去っていた。




