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3-3 慌てただけでドジッ娘ではない

雲一つない快晴、程よく吹く風も心地が良い、森の中も枝の間から差し込む日光で照らされていた。


今回は目的地が明確になっていないので二週間分の旅支度をしていた。

例によって重いものはケインのバックパックに詰め込まれている。


先頭を歩くケインが、

「はぁー」と、ため息を洩らす。良い天気なのに彼の顔は曇りだった。


「どうしたの、ケイン?」と、彼の後ろを歩くハスエルが尋ねる。


「またこの森に入るとは思ってなかったから」


「いいじゃない、今回は獣退治じゃないんだし、ね!」


「獣は普通にいるだろー」


「その獣から私を守ってくれるのよね」、屈託の無い笑顔で答えるハスエル。


ケインは鍛冶屋の旦那に言われたことをまだ気にしているようで、特別な反応をしないハスエルに対して、自分をどう思っているか気になっているようだった。



少し離れて後ろを歩くガット。


「王子よ、なぜ杖探しに参加した?」、爺が問いかけてくる。


「彼女が力をつければ俺の得になる。それに修行ついでの森歩きだ、特に労ではないさ」


「なんじゃ、おなごにお願いされて舞い上がっているなら灸を据えてやろうと思ったが、心配いらなんだか」


「操り人形に何を言われても、心は動かないさ」


「……そうかね」


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


エダフから借りたコンパスを頼りに常に北北東へ進む一行。

森に入り四日目の昼休憩である。


朝食の残りで作っておいたサンドイッチと干し肉を二人に渡すハスエルが、

「お風呂に入りたいわ」と、愚痴をこぼした。


しっかりと休憩を取りながらの旅なので疲れはないが、ここまで小さな湧き水と小川しか水源がなかった。

なお、村には共同浴場が設けてあり、決まった時間なら村人は湯船を利用できる。

川の近くに建っており、石造りの湯船に水車で汲み上げた水を流し込み、薪で沸かす方式だ。


「入らなくとも死にはしない」


「女の子は死ぬの!」


干し肉をかじりながらガットが正論を吐くが、女子に通用しない理論だった。

キッと、ガットを睨みつけるハスエル。


「地図のない森だし川の位置も不明だ。この先だって水が手に入るかわからないからね」


「水筒の水で体を拭こうとか考えるなよ」


ハスエルをなだめようとしたのかケインがフォローを入れるが、そんな彼の気遣いなど気にせず彼女に追い打ちをかけるガット。


「そんなことしないわよ!」、今にも噛み付きそうなハスエル。


やれやれという顔をするケインが、

「さあ、進もうか」と、二人の睨み合いを止めた。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


休憩後、一時間ほど進むとガットの腰にさしてある爺が振動し、彼に警戒を促した。

気配を探るガット、背後に誰かいるのに気がつく。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


追跡者は三人を木の上から尾行していた。木の枝を渡りながら、彼らが見えるギリギリの距離を保っていた。

目を離した覚えはないが、気がついたら三人が二人に減っていた。慌てて周囲を観測する追跡者。

その直後、追跡者の首筋に冷たい物があてられた。


「おい、何者だ」、低く鋭い声で威圧するガット。


その手には爺が握られており、追跡者の首にあてられ、引けばすぐに裂ける体勢だった。

突然の出来事で対応できない追跡者。


「暴れるなよ」


ガットは空いた手で追跡者の装備を木の上から地面へ捨てる。

クロスボウ、ナイフ、ポーチ、武器になりそうな物を手当たりしだいに。


「おい、聞こえないのか」


脅威となりそうな物を排除したガットは、警戒はとかず爺を首筋から離して追跡者を自分へ向かせた。

そこには泣きそうな顔で硬直したままのエルフの女性が彼を見ている。


ケインより身長は高いだろう、ガットとは頭一つ分の差がある。

瞳は深碧しんぺき色、髪は銀色に近い輝きを持つ金髪だ。

エルフ族は美形で有名だが、彼女も噂にたがわず整った顔をしていた。

スレンダーな体に、膝より少し上丈の緑色をしたワンピースを着ている。


「聞こえないのか? おい!」


「はいっ」、びくっとして木から落ちそうになる。


「っと」、支えてやるガット、

「なあ、なぜ尾行していた?」


姿勢を戻し彼から離れるエルフ。

――あれ? いまこの人、落ちないように私を支えた?


「わ、わたしは森を荒らす奴がいないか巡回していただけよ」


「この森に住む者か?」


「そ、そうよ。ここはエルフの隠れ里に近い――」


「隠れ里って話していいのか?」


口を押さえて慌てるエルフ。

――あぁー、またやっちゃった私……。


「こんなドジが刺客なわけないか……。もうついて来るなよ」


ガットは爺を腰へ戻し、ブルウィップを使いながら枝から枝へ飛び移り、ケイン達のもとへ戻る。


「なによアイツ、私より背が低いくせに偉そうに」

高鳴る鼓動を静めるエルフの女性だった。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


二人の所へ戻るガット、そんな彼にハスエルが声をかける。


「ガット、どこへ行ってたの?」


「ああ、用を足していた」


「一言声をかけてから行ってよね」


「悪い」


意識を後方へ向けるガット、しかしエルフの少女が後をつけている気配はないようだ。


「ハスエル逃げて!」


突然のケインの叫びに驚くハスエル。

周囲に敵の気配を感じないガットは何に警戒すればよいか迷っていた。

すっと持ち上がるハスエル。


「きゃっ」


何本ものつるがハスエルに絡みつき、その体を中へ浮かせていた。


食人木ヤテベオか」、しまったという顔をするガット。


敵は純粋な植物であり敵意はない、単なる捕食行為だった。

何本ものつるを擬態し周囲の木に絡ませ、そこを通る動物を捕まえて栄養を吸収する。


荷物を地面に置きジャンプしながら剣を振り回すケイン、しかしつるには届かなかった。


「ケイン、地面に注意だ食人木ヤテベオは根を伸ばし捕まえた者を襲う。ハスエル、こいつは穴や皮膚の弱い所から根を入れて体液を吸いだす。目と口を閉じて」


ガットが二人に説明していると、地面から根が出てきた。

ケインは剣で根を切り飛ばす。


「俺は本体を探してくる、がんばってくれ」


そう言い残すとガットは本体を探しにその場を後にした。


―・―・―・―・―・―・―・―・―・―


食人木ヤテベオの根は地中を伸びているので追跡できない、つるは擬態しているので見分けがつきにくい。

しかし、ハスエルを捕まえているつるは彼女が暴れているため振動で木々の枝を揺らしていた。


注意深く観察しつるの出所を探りながら移動するガット。

ある程度進むと振動も弱まり、つるの追跡が困難になっていた。


「くそっ」、眉間にしわを寄せるガット。


「なにか探してるの?」


「さっきのエルフか、今忙しい、後にしてくれるか」


いつの間にかガットの背後に先ほど追跡していたエルフの女性が立っていた。

普段は気配に敏感な彼だがつるの追跡に神経を集中していたため気が付かなかったようだ。


食人木ヤテベオの本体でしょ? 場所わかるわよ」

――フフッ困ってる、いい気味だわ。私を脅かした罰よ簡単には教えないんだからね。


「人の力など借りない、気が散る、どこかへ行け」


彼はつるが木の枝や草、落ち葉をこする音を集中して聞き取っていた。


「こっちか」、また移動を開始する。


――無視するとか何様なのよ! ……どうして私を頼らないの? あの娘を助けないんじゃないの? 森のことは私たちエルフに任せておけばいいのに……

「なによ、もうっ! いいわよ教えてあげるわ、こっちよ」


彼女が彼を先導しようと前へ出る。


「邪魔をするな! それ以上何かすれば斬るぞ」、剣に手を伸ばすガット。


彼の気迫に押され動けなくなる。


「もういいわ……」、悲しい顔をして立ち去るエルフ。

――そんなに信用できない? 私あなたに何も悪さしてないじゃない。なのにどうして。


彼女がいなくなった事すら気づかないほど集中し、ゆっくりだが確実に本体を探索するガット。

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