7-2 一つ目の鐘が鳴る
オルレーゾを出発し数日の旅を終え、ようやく首都シュルドへ到着した閃光の獅子の一行。
魔王軍が退いたことによりシュルドとオルレーゾ間の交易が再開され貸し馬車も営業を再開していた。そのため、オルレーゾからシュルドまでは傭兵全員が馬車に乗ることが出来たため比較的楽な旅だった。
馬車から降りたルーベルガはシュルド西門の門番に近寄り、
「これがアンタらの団長様から預かった手紙だ」と、ディナルド騎士団長から渡された書類を手渡す。
「拝見しよう……手紙は本物のようだ。こちらも連絡を受けている。ただし全員は入れない謁見する者を選ぶがいい」
「なんだよ、全員入れないんじゃ意味がねえよ、コイツらに旨い物食わしてやりてえんだ、何とかならねえか」
期待を裏切られたルーベルガは明らかに不機嫌になっていた。しかし無関係な門番に食って掛かるような愚かな真似はしなかった。
「残念だが諦めて欲しい」
「そうかよ……、なんだか行く気が失せたなあー」
きっと仲間との大宴会を想像していたのだろう、目が死んでいた。
「まあまあ団長、王様に会える機会なんて滅多にないんですから行ってきて下さいよ。俺らは外で待ってますから、ね!」
団長が落ち込む姿を見て必死にフォローする青ズボンさん。それに応えるように頭を振り思考を切り替えるルーベルガ。
「あークソ、面倒臭え! 入って旨い物買って出てくるわ。衛兵さんよう、それならいいだろ?」
「ああ、街で買った物を持ち出すのは構わない」
「ならいいかぁー、オマエらは外で待っててくれや、ちょっと行ってくる」
「ういーっす」、少し機嫌の戻った彼に団員が安堵する。
「エダフさんよ、そっちの連中入るか? 街の中を見たい奴は多いだろ?」
図体はデカイのに変なところで気を利かせる。
「そうですね、好奇心旺盛な若い者が揃っていますから」
「よし、なら街の見物がてら行くか」、ニヤリと笑う。
「はい!」、待ち構えていたかのように元気よくトニエが手を上げながら答える。
「ガッハッハッハ、おじょうちゃんは食いつくと思ってたぞ」
微笑から笑顔にかわるルーベルガ。
「私は遠慮しとくわ、あまり人が多い所は避けたいわ」
ソフィーは感心が無いようでバイバイと手を振っている。
「じゃあ六人だな、衛兵さんよ頼むわ」
エダフ、ルーベルガ、ケイン、ハスエル、ガット、トニエが門番の前に集まり説明を受ける。
「各人このバッジを渡す。これを門番に見せれば王宮へ入ることができる。町中で警備の者に質問されたときもこのバッジを見せれば良い。無くした者には重い処罰があるから注意するように」
「よし、入るか」
王都と呼ばれる大都市に始めて入る若者達は心を躍らせて歩き始めたのだった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
門の外とは別世界であった。
綺麗に敷き詰められた石の路面、馬車が三台並んで走れるだけの幅がある。整然と並んだ家屋は白く塗り固められている。
すれ違う人は皆、綺麗な服を着ており、裕福であることを物語っていた。
半刻ほど歩いただろうかようやく城の入り口まで辿り着いた。
「お・し・ろ!」、その姿を見たトニエは手を前に組み瞳を輝かせている。
「ハッハッハッハ! えらく気に入ったようだな」
「はい! 夢にまで見た本物のお城ですよ! キレーィ、王子様いるかなあ……」
半ば放心状態のトニエ。
「王子なんて、どれもロクな奴じゃないぞ」
少女の夢を打ち砕く一言を吐くガット。
「なんでそんな事言うのですか?」、むっとふくれた頬をするトニエ。
「さあな……」、トニエとは対象的に、なぜか不機嫌な雰囲気を纏うガット。
「おら、小さいの二人、置いてくぞ」と、ルーベルガが呼ぶ。
門番にバッジとディナルド騎士団長から渡された書類を見せると、少し待たされたあと案内係が彼らを城内に招き入れた。
顔が反射するほど磨き上げられた床と壁、太い柱、並ぶ彫刻、贅沢に刺繍が施されたカーテン。
所々に置かれた花瓶には花が生けてあり良い香りを漂わせていた。
通路を進む間、トニエはヨダレが出そうなほど興奮しキョロキョロと周囲を観察していた。
しかし謁見の間は城の低階層に作られていたため、上まで登れると思っていたのだろうトニエがガッカリしていた。
「こちらでお待ち下さい」
案内係に言われ一行は大きなドアの前で待機している。
「なんだか緊張してきたー」、慎ましい胸を手で押さえるハスエル。
「俺も、こんな事になるなんて……」、冷や汗を流しながらケインが答える。
部屋の中の準備が整ったのだろう、ドアが開き中へ誘導される。
エダフとルーベルガが前、残り四人が後ろの二列で前へ進む。
作法を知らない人への配慮なのだろう、案内係が横に付き、進め止まれと小声で指図する。
部屋の中央まで進むと案内係が立て膝で座れと言ってきた。
一行が立て膝になると、王の側にいた偉そうな人が、
「おいそこの者、兜を外せ。ここは王の御前、無礼であろう」と、トニエに向けて注意をした。
兜を取れば彼女が宝石人であると知れてしまう。ガットは即座に、
「この者は里の掟により兜を外せません、何卒ご勘弁を」と、丁寧に説明する。
「ええい怪しい奴、刺客ではあるまいな。衛兵、取り押さえ兜を外させよ」
彼の命令で部屋に待機していた衛兵が槍を前に向け近寄ってくる。
ガットはすっと立ち上がるとトニエを庇うように前に立ち、命令した男を睨み付け、
「何だよ、この国は町を救った者を呼びつけておいて、槍を向けるよかよ……」
まさか傭兵風情が反抗するとは思っていなかったのだろう、命令した男は血管を浮き上がらせ、
「貴様、無礼であろう!」と、怒鳴る。
そんな彼などお構いなしに冷静な声で、
「オイ、勘違いするなよ? 俺はこの国の人間じゃないんだ、王やオマエに何の恩も従う理由も無いんだぜ、そんな人間に無礼?」
「ガーーーット! また繰り返すのか?」
ガットの殺気をいち早く察知したルーベルガが大声で釘を刺す。その場に緊張感が走る。
謁見の間に入る前、彼らの武器は全て回収されていた、しかしガットなら素手でも命令した奴の命を軽々と奪えるだろう、走り出したら誰も止められない速度だ。もう少し遅ければどうなっていたか。
ガットは既に飛び出せる体勢になっていた、そんな彼を見たルーベルガが冷や汗を流す。
「…………」
押し黙るガット、目は命令を出した人間を睨み続けている。
「二人は部屋を出てろ、な」
なるべく刺激しないように話すルーベルガ。
「……そうするよ」
ゆっくりと体勢を戻しトニエに手を差し出すガット。その手を取り立ち上がるトニエ。
ドスを効かせた声でルーベルガが、
「そこのお偉いさんよ、これで許してくれねえか、俺らは礼がしたいから足を運んでくれと言われたんだ、それなのにいきなり槍はないだろうよ、違うかい?」
初めて王が口を開く。
「大臣、もう良い。お客人よ、失礼をしたのはこちらである許されよ」
「いやいや、血の気の多い奴で申し訳ない」、頭を下げるルーベルガ。
ガットとトニエは振り返らずに部屋を後にした。
謁見の間から緊張感が薄らいでゆく。
ようやく落ち着いて周囲の状況を観察できた一行だった。
正面には王と王妃が座り、王妃の斜め後ろには若い王女が座っていた。
王は四十歳前後だろう、それほど歳を取っている印象はない、カリスマ性などは感じられず品のいい金持ちという風貌だ。
「貴君らがオルレーゾのため勇敢に戦ったと騎士団長からの書簡に書いてあった。私からも礼を言わせてもらおう。少なくて申し訳ないが約束の報酬に上乗せさせて頂いた、納めてくれると有り難い」
「俺らは傭兵だ、報酬さえ頂ければ文句はありませんぜ、有り難く受け取らせて貰いますよ」
「貴君らは腕が立ち、また頭も切れるとの話しだ。そこで折り入って依頼したい話しがある」
「王直々の依頼ですか……、聞いた後に断ると殺される類いの話ならば聞きませんが」
エダフが真剣な顔で聞き返す。
「いやいや、そのような物騒な話しではない。――ここラガレーム国は四方を他国に囲まれるアルトリッヒ大陸の中央に位置している。他国との小競り合いも絶えぬゆえ戦力を四方に分散させておる始末なのだ」
「なるほど……、オルレーゾに正規兵が少なく傭兵ばかりだったのはそのような理由からですか」
「察しの通りだ。このままではいずれ魔王軍に支配されてしまうだろう、そこで私は他国と同盟を締結したいと願っておるのだ。だが快い返事がもらえていないのが現状、そこで貴君らに使者をお願いしたいのだ」
「私たちが同盟の使者……、いささか腑に落ちません。選ばれた理由をお聞かせ願えますか」
「うむ。貴君らがこの国の出身者ではないというのが理由なのだ。どの国も贔屓せず中立の立場で行動し、意見できる者が同盟を願えば、他国も重い腰を上げ魔王軍と戦ってくれるのではないかと思っておる」
「納得しました。一晩考えさせて頂けますか。他の者の意見も確認しますので」
「ああ良い返事を期待している。今晩はささやかではあるが食事を用意させている。部屋も用意させるゆえ旅の疲れを癒すがよい」
「その使者の話だが、報酬は出るんだろうな? 俺たちは傭兵だ無料働きはしないぜ?」
ルーベルガが念を押す。
「無論だ、旅に必要な物と経費はこちらが払う、同盟が成功したあかつきにはさらに上乗せすると約束しよう」
「それを聞いて安心だ、とりあえず今晩出るっていう旨い食事を三十人分、門の外にいる俺の仲間に届けてくれ、無論、酒も大量にな」
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城を出たガットとトニエは町を散策していた。
彼の手を放さず、少し泣きそうなかすれた声でトニエが、
「ガット……、その、ありがとう」と、呟く。
「何を言っている、俺らに礼なんて不要だ」、目線を前にむけたまま答える。
「私のために、せっかく王様とお話できる機会だったのに……」
「王なんてただの人間だ、特に話なんてしたくないさ」
屈託なく涼しげに話すガット。
「ガットは王様とかお城に興味ないみたいね」、声のトーンが平常時に戻りつつある。
「ああ、理由は言えないが嫌な思い出があってな」
「そうなのね……、わかったわ。私もうその手の話はしないし読まない」
吹っ切れたような声を出しながら必死に笑顔を作り、彼の嫌なことに触れないように気遣うトニエ。
「ハハッ、それはトニエの良い所じゃないか、君の話す夢物語は嫌いじゃない、また話を聞かせてくれ」
振り返り笑顔を彼女に贈る。
「ガット……」
「ようやく見つけた」、店の前で立ち止まるガット。
「ここは武具店ね、何か買うの?」
扉を開け店内に入ると商品を物色しだすガット。
そんな彼を店の外で待つトニエ。
目当ての物を見つけたのか手に取りコンコンと叩き強度を確かめる。
「よし、これでいい」
その品に納得したのかカウンターに運び会計を済ませる。
店を出てきたガットが、
「トニエ、これを君に」と、買った商品を手渡す。
「これは……」
「鉢がね、額を守る防具だ」
布製の鉢巻きに鉄のプレートが固定されている。プレートにはレリーフが施され布にも刺繍が描かれておりアクセサリとしての美しさも兼ねていた。
トニエは兜を外しガットに預け、人に見られぬよう壁を向き鉢がねを頭に巻いた。
「どうですか?」、振り返りガットを見つめる。
「女の子に防具が似合うって言うのも変だな。んー、言葉が思いつかないよ」
苦笑いしながら答えるガット。
「いいえ……、その言葉だけで十分です」
――常に平常心で人に対して無関心な彼、でも身近な人に危険が及ぶと全てを敵に回しても厭わない行動をしてしまう不器用な彼、そんな人が私のためにプレゼントを贈ってくれて、今は苦労して言葉を選んでくれている、こんな幸せなことってあるかしら……。
「その布切れはもう不要だろう捨てようか?」
彼は手を出し受け取ろうとする。それは二人が初めて逢ったときにガットが服を破き頭に巻いた布だった。
「これは私の宝物です」、嫋やかな胸に埋もれるように抱かれる布。
「変な事言うんだな、まあいいか。城へ戻ろう、皆が心配するかもしれない」
「はい!」
謁見の間で起きたことなど既に頭から綺麗に消え失せた二人は寄り添いながら町を歩くのだった。




