気がつけば、虚無と美少女
足元のアスファルトが文字通り溶けて消えてしまう直前。私の記憶に最後に刻まれるものが、東京の地下鉄の見慣れた喧騒か、せめてブレーキの轟音であってくれと願って、私はぎゅっと目を閉じた。
私は都内の名門大学に通う普通の女子大生だった。
──いや、違った。さっきまでは普通の「男子」大学生だったはずだ。
高等数学の単位と、自動販売機の冷たい缶コーヒーだけで毎日が測れるような、そんな退屈な男の人生。
だけど今、私のスニーカーの下には地面なんてなかった。ただ、果てしない「無」の中に浮いているだけだった。
「はじめまして。私の名前はマリカ・キキ。東京大学の学生です。専攻は機械工学。話せる言語は主に英語、日本語、技術、そしてスペイン語。どうぞよろしくお願いします」
──とはいえ、自分自身に問いかけたいことがある。
ここ、一体どこだよ、クソっ。
──というか、それ以上にさっきから何かおかしい。
足元だけじゃない。胸のあたりが、やけに重くて、妙に締め付けられるような違和感がある。
恐る恐る視線を落とすと、私がいつも着ていた大学の大きめのパーカーが、なぜか豊満な胸の膨らみに引っかかってパツパツに張り詰めていた。
「は? え? なにこれ……柔らかっ……!?」
自分の手で触れてしまった未知の柔らかさに、脳が一瞬でフリーズする。
私は果てしない真っ白な空間の真ん中に立っていた。その輝きはあまりにも眩しく、両手で顔を覆わざるを得なかった。
私の他には、ここには何もなかった。物質どころか、まともな目印さえもない。自分が前を向いているのか後ろなのか、左なのか右なのかさえ分からなかった。
あまりにも基本的な概念が欠落していたため、私はこれが現実なのかどうかさえ疑い始めていた。すべてが存在しないかのような感覚。存在しないことを証明することはできないし、存在する証拠も私には示せなかった。
「ちょっと、いつまで光とかくれんぼを続ける気かしら?」
虚無に響き渡ったのは、わがままで、クリスタルのように澄んだ少女の声だった。
「この初期プリセット、もう飽きたわ。メニュー、テクスチャを更新して!」
その瞬間、私の周囲の白が動き出した。
輝きが激しくなり、背後のどこかで火花のはじける音が聞こえた。空間の明滅は激しさを増し、人間の心臓が限界まで高鳴るよりも何倍も速くなった。手のひらで覆っても、この陽炎から逃れることはできなかった。
白は、まるで牛乳の入ったグラスにインクを注いだかのように、渦を巻き、凝縮し、黒ずんでいった。空間がモノクロの線で紡がれていく。白い光は威厳ある大理石の柱へと収縮し、足元の虚無は美しく磨き上げられた黒いオブシディアン(黒曜石)のタイル床へと変わった。
私は瞬きをした。
一秒前までは「どこでもない場所」に立っていたのに、今は中世の城の巨大な玉座の間にいた。
しかし、この城はその色彩で恐怖を抱かせた。ここには金も、タペストリーも、深紅の旗もない。深い黒、眩しい白、端正な灰色のグラデーションだけ。すべてが洗練されつつも、不気味なノワール調のコミックのように見えた。
白い虚無はどこへ行ったのか? 謁見の間はほぼ完全に「二元」の世界だった。インテリアには白と黒の二色と、そのいくつかの陰影しか存在しない。美学的には素晴らしいが、まだ目がチカチカした。
その時、再び声がした。音のする方へ振り向くと、さらに洗練された光景が目に飛び込んできた。
一枚岩の黒い石から削り出された巨大な玉座に、一人の少女が足を組んで座っていたのだ。
「おお、勇者よ。支配の女神──リリアンナ・デ・シルヴィエッタの回廊へようこそ!」
第一話をお読みいただき、本当にありがとうございました。
見覚えのない白い空間、そしてまさかの美少女化(TS)から始まるマリカの物語です。
(中身は普通の男子大学生だったはずなのですが、色々と大変なことになっていますね……笑)
まだ始まったばかりの小さな物語ですが、マリカの奮闘や、この世界の独特な空気を楽しんでいただけましたら幸いです。
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それでは、また明日の更新でお会いしましょう。




