59話 フィルメルクへの出発
一緒に来ているマリーとセレスティアを見ると、二人とも頷いている。
「あぁ、頼む」
「よし、いくつか候補があるけど、どんなダンジョンがお望みかな?」
「できるだけ開けている場所が多いダンジョンがいいな。具体的にはマリーの剣が満足に振れるくらいに」
「なるほど、となると大規模なタイプになる。他のパーティとの鉢合わせの危険性も高まるが、それは大丈夫なのかい?」
マリーが一歩前に出てクーゲルを見つめる。
「覚悟しているわ。私もセレス姉様も」
「ふむ。ならこちらから言うことは何もないよ。となると候補は二つだ。一つ目は塔のダンジョン。最深部まで既に進んだパーティがいて便宜上は踏破済みとなるが、まだまだ旨味は残っているとされるところ。二つ目も塔のダンジョンだけど、踏破率は半分といったところで、危険度でいえば後者の方が圧倒的に高い。最近乱立したダンジョンのうちの一つだ」
ここでクーゲルが煽るように片目を閉じて、マリーとセレスティアをチラッと見る。
「付近の地域は特需によってかなり繁栄してきている、いわばダンジョンの街だね。個人的には初めての高難易度ダンジョンだから一つ目を勧めたい。だが……ふふふ。その顔は既に決まっているようだ。お転婆な王女様を持つと大変だね。騎士レルゲン」
「それはもう慣れましたよ。未踏破ダンジョンに挑戦します。こうなることがあらかじめわかっていたんだろう? うちのお姫様をよく理解していらっしゃる」
「さて……それはどうかな?」
「場所はここからだとどれくらいだ?」
「隣国のフィルメルクにあるダンジョンだからね。多少はかかる。馬車で十五日といったところだろう」
馬車の速度にもよるが、レルゲンが念動魔術で飛んでいけば五日もかからず到着する距離だ。
飛翔魔術はそこまで使われていない、というより使える術師がそこまで多くない。
フィルメルクのダンジョン街まで飛んで行けば間違いなく目立つが、セレスティアの隠蔽魔術もある。
できるだけ飛んで行った方が、早く攻略を始められるだろう。
女王から与えられた猶予は最大で五十日。
全て馬車で移動すれば、半分以上を移動に費やすことになり勿体ない。
「わかった、そこで問題ない。馬車だと遅いから、今ギルドから書簡を出しても俺たちの方が到着は早い。現地のギルドに遣いを出すなら直接俺が持っていくぞ」
「そうかい? ならこれから紹介文を書くから少し待ってくれ。出発はいつだい?」
「明日から行きましょう!」
王女二人はもう待ちきれないといった表情で、目を輝かせている。
「勇ましいね。いい報告が聞けることを祈っているよ」
「頑張って下さい! レルゲン様たちならきっとできます!」
――出発当日。
王宮の屋上庭園で、三人が準備を進める。
魔石調査のときと同じ、黒いローブを身に纏い、いざ出発のタイミングで女王が見送りに来てくれた。
「セレスティア、マリー。そして騎士レルゲン。今回はダンジョンの攻略になりますが、未踏破のダンジョンと聞いています。どうか無理はせず、無事に帰ってくることを第一になさって下さい。重ねてになりますが騎士レルゲン」
「はっ」
「二人をよろしくお願いします。何度も国を救ってきたあなたを信頼し、今回は五十日の猶予を与えました。あなたの任務は、ダンジョン攻略よりも二人の安全を確保すること。まだ夫婦となったばかりで、あなたたちはこれからが始まりなのです。そのことをお忘れなきよう」
「――承知致しました。お任せ下さい」
騎士礼をして、女王に頭を下げる。
「ではお母様! 行ってきます!」
「行って参ります」
二人が女王と抱擁を交わし、しばらく抱き合ったまま背中を軽く叩く。
今までは家出や有事の際など、女王も思う所があったのだろう。その時間を埋めるかのように、噛み締めるように愛娘たちを抱きしめている。
「では、皆さん。お気をつけて」
全員がレルゲンの念動魔術で飛んでいく。
その姿は、雛鳥が巣から旅立っていくような、そんな親鳥にも似た気持ちだと女王は思った。
魔石龍の下へセレスティアを運んでいた頃よりも格段に念動魔術の精度が向上している。
その証拠に、一度に飛んでいける距離が三倍以上に伸びていた。この分なら五日と言わず三日で着くだろう。
「やっぱり気持ちいいー!」
風を受けて、マリーの綺麗な髪がなびいている。
今回セレスティアはお姫様抱っこをせがむことはなかったが、気持ちよさそうな表情をしている。
技術が向上した念動魔術は、速度が速くなったことに加えて受ける風圧も減衰させる工夫ができるまでになっていた。
ナイトの狙い通りと言われれば癪に障るが、確かに度重なる修羅場でレルゲンは大きく成長していた。
三時間近く飛んで行き、一旦休憩するために地表へ降りる。
今回は非公開ながらも極秘任務ではないため、火を使った野営が出来る。
簡単にファイアボールで拾ってきた薪に火をつける。暖まりつつ、携行食でお腹を満たす。
マリーとセレスティアも持ってきた椅子に腰掛けて談笑している。
予定よりかなり早めにフィルメルクに到着しそうだ。
フィルメルクといえば古風な民宿が有名で、海産物や山菜などの特産物が多く、この特産物を扱う行商人は、王国にも訪れている。
新しいダンジョン街にも次々と店舗が参入しており、これから更に発展していこうと活気に溢れているらしい。
どこか中央王国とも似ているが、椅子に座って談笑している二人は、フィルメルクで何をするか話し合っている。
姉妹で楽しそうに話している二人を脇目に、レルゲンは目を閉じて少し仮眠を取ることに。
セレスティアがレルゲンの寝顔を見て、起こさないように声の大きさを下げた。
マリーもレルゲンに気づいたのか、口元を抑えて笑っている。
外を警戒せずに寝るなど、レルゲンは今までなら考えられなかったが、マリーとセレスティアが近くにいることで安心して眠っていた。
「こうして見ると、まだ子供っぽいところがありますね」
レルゲンの髪をセレスティアが撫でる。
「熟睡してる?」
「えぇ、もう少し寝かせてあげましょう」
それから時間が経ち、中々起きないレルゲンにセレスティアが声をかけた。
「レルゲン、そろそろ出発しましょう」
「すまない、どれくらい寝てた?」
「気にしないで下さい。可愛い寝顔でしたよ」
「警戒心が足りなかった。すまない」
「いいのです。今まではずっと気を張っていたのですから。むしろ嬉しいのですよ? 私たちを信頼していることが伝わってきましたから」
「恥ずかしくなってくるからやめてくれ」
二人とも微笑ましい笑顔をレルゲンに向けてくる。大袈裟かもしれないが、この笑顔を見ていると、二人と結婚して良かったとレルゲンは思った。
荷物を片付けて再度飛んでいく。
途中いくつか小さな街があったが、住民たちに迷惑がかからないように夜は野宿を選択する。
川沿いで魚をレルゲンの念動魔術で釣り上げ、夕食は焼き物に。
マリーがレルゲンに魔力糸による釣り方を習っていたが、さすがに糸の操作が難しかったのか、釣り上げることはできなかった。
それから飛んでは休み、野営を挟みながら再び飛ぶ――そんな移動を繰り返し、目的のフィルメルクのダンジョン街にはあと少しといったところまで進んでいた。
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