52話 師弟の最後
レルゲンが切断された腕を呼ぶと、糸が巻かれるように右肘の切断面へと近づき、そして接着する。一瞬だけレルゲンの表情が痛みで歪んだが、すぐに意識を傷口に集中していく。
疎かになりつつあった自身の矢避けの念動魔術を完全に解除し、神経を右腕の手術に集中した。
念動魔術で切断された腕に血液を巡らせ、魔力糸で血管や神経、骨に至るまで縫い付ける。
手術が完了するまでの間も、レルゲンは不可視の刃に斬られ続け、全身から鮮血が奔った。
だが、どれだけ痛みが襲って来ようとも、セレスティアが回復をかけてくれると信じて手術を続けた。
レルゲンが手術を完了し、セレスティアに目線を飛ばす。
合図を待っていたセレスティアは瞬時にエクストラ・ヒールでレルゲンを回復し、レルゲンが確かめるように右手を開き、そして閉じる。
よし……。
この間、ナイトはただ不可視の刃を転移魔法陣に流し込むだけ。殺傷能力の高い魔術は使ってこなかった。否、使えなかったのだ。
ここまで短時間とはいえ無防備だったレルゲンに最後の一撃を打ってこなかったのは、並行して運用された複合魔術による、魔力の大量消費が起因していた。
腕が元に戻った瞬間、黒く発光している黒龍の剣を振りかぶり、振り下ろされた剣から発する最大威力の光線攻撃がナイト目掛けて突き進んでいく。
しかし、後少しのところで光線が止まる。
ナイトが自身を守るために、事前に仕掛けておいた最大の転移魔法陣が、レルゲンの放った光線を吸い込もうとする。
少しずつ魔法陣に光線が吸い込まれていくが、魔法陣を形成している隠蔽魔術が剥がされ、陣を維持している文字に亀裂が入った。
それでも――あと少し、あと少しの威力が足りない。レルゲンは一度放った光線を維持しつつ、腰を落とし、再度集中する。
イメージするのはアシュラ・ハガマの時に感じた、全魔力を解放した後の二段階目の魔力解放。
そのとき、レルゲンの身体を温かい感覚が包み込んでいく。
次の瞬間、爆発的に魔力が噴き上がった。
それを全て――黒龍の剣に叩き込んだ。
すると、レルゲンの魔力に応えるように共鳴を始め、黒から群青色に近い色へ変化し、濃い青色の光線が、ナイトの転移魔法陣へ突き進む。
再びの均衡はなかった。
魔法陣を完全に破壊し、ナイトの魔力障壁を突き抜けて全身を包み込んでいく。
レルゲンが放った青い光線は勢いが収まることはなく、後方の木々や山々を轟音と共に飲み込んだ。
辺り一面を更地へ変えるほどの威力へと昇華していた。
飲み込まれたナイトは、下半身が完全に消し飛んでおり、絶命までは秒読み。
口からは血が垂れ、残った上半身からも絶えず血が溢れ落ちている。しかし、ナイトの目にはまだ力が宿っていた。
「何をする気だ」
レルゲンが問うが、ナイトは答えない。
笑いながら懐に手を伸ばし、一つの魔石を手にして、一息で飲み込んだ。
「グオオオォォォォォォ!!!!!」
ナイトから発せられた声は、もはや人のものではなかった。魔物の咆哮にも似た轟音がレルゲンたちに向かい、発生した暴風が全員を拘束して身動きが封じられる。
その間にもナイトの肌が紫色に変化し、肉は肥大化し、一本の角が生える。
それはカノンと共に見た、“人間の魔物化”とも呼べる姿だった。
ナイトは異形とも呼ぶべき姿へ変貌する。
徐々に暴風が収まり、肥大化した肉と共に爆発的に上昇した魔力が落ち着きを見せ始めた。
「ガッ……! グオォ……こ……こんな程度で、私を乗っ取れると……思わない……ことです」
苦しみながらも、自我を集めるように人の言葉を話し始める。身体の主導権を巡るせめぎ合いの最中、完全にナイトの自我が戻ってきた。
吹き飛ばした筈の下半身は修復され、皮膚から浮き出た血管が鳴動するように、虹色に光る液体を運んでいる。
「ついに人間を辞めたか」
「えぇ、あのままではあなたに勝てない。まさかこんな奥の手まで出すことになろうとはね! だが素晴らしい! 素晴らしい力だ!! これこそ私の求めていた理想! これならもっと早くからこの姿になっていれば良かったと感じるほどですよ、レルゲン・シュトーゲン!!」
「本当にそんな姿になる事が理想なのか? ナイト先生」
「はっ……! 今更先生と呼んだところであなた達には私の正しさを証明するために死んでいただきます。まだ上があるんだろう? 出したまえ」
「そんな大層なものじゃない、アンタご自慢の人形と戦った時に閃いたのさ。このアシュラ・ハガマから作った剣には、光を吸収し、外に放つ力がある。なら、この黒龍の剣から出す攻撃もまた吸収して増幅できるんじゃないかってな」
ナイトが即座に反論する。
「それは古代の代物だ! たかが五段目の魔物から出来た剣が耐えられるはずがない!」
「かもな。でも、“魔術師の基本は出来ると思うこと”……なんだろう?」
ここでナイトが口を閉ざし、レルゲンが左手に持っていた白銀の剣を前にかざす。
――そうだ、黙って見てろ。
二振りの剣を重ねて両手で握り、全力で魔力を流し込む。黒龍の剣の刀身が再び群青色に光り、青色の刀身が伸びていく。
伸びた青色の刀身を、全て白銀の剣に吸収させる。黒龍の剣から伸びた刀身は光を失い、元の大きさへ戻るが、代わりに白銀の剣から眩く輝く白い光を放っていた。
この光を全て一度に放出し、白銀の剣に纏わせる。すると、黒龍の剣と白銀の剣が溶け合い、混ざり合い、やがて一振りの剣となった。
確かな手応えを得た表情をするレルゲンを見て、ナイトはこの戦いで初めて恐怖を覚えた。
「私の知らない念動魔術……! 本当にこの世の理を曲げているとでもいうのか……!」
「いくぜ、先生」
一度だけ、両手で握られた剣を振り下ろす。
ナイトとの距離がまだあるにも関わらず、振り下ろされた剣は光の一撃となり、ナイトを縦に両断した。
核となる魔石と繋がっていない半身が、粉々に崩れ去り、灰となって消えた。
だが、核と繋がっている部分は、瞬時に半身を回復させる。
組織だけを見れば構造は魔物ではなく、魔族に近いと言えるだろう。
「この程度で……!」
「ああ、効かないんだろ?」
「……!」
大きな図体を活かして、直接攻撃を仕掛けたナイトだが、殴りかかった右腕がレルゲンの剣と触れた瞬間溶けるように崩れ去る。
しかし、持ち前の再生力で瞬時に元の腕に戻り、溶かされては治し、溶かされては治しを繰り返した。
一発でもレルゲンに当たれば、致命傷となる一撃だが、ナイトにとってはその一発が果てしなく遠かった。
「……当たりさえすれば!」
「当ててみろよ」
当たらない連続攻撃をナイトが繰り出すが、全て防がれ、カウンターの一撃がナイトの身体を斬り裂いた。
この短い攻防の中で、レルゲンはナイトの魔石の位置を把握していた。
狙うは心臓部からやや左側。
心臓部付近に一撃を入れようとすると、ナイトがそれを嫌って躱していることをレルゲンは感じ取っていた。
一瞬……一瞬だ。ナイトの動きを封じれば、この防御不可の一撃をナイトに叩き込むことができる。
ナイトが次の一撃を入れようと体勢を低くし、突進の構えを取るために足に一瞬溜めができる。
隙にもならない一瞬に、セレスティアが先程やられた氷で足元を固める技を繰り出すが、足止めできるほどナイトの力は止められない。
ナイトを苛立たせる程度の足止め。
だが、注意が逸れた瞬間に動いた影が一つ。
その影は片腕を失い、残る一本の腕のみで愛刀を握り、ナイトの背後から胸を貫いた。
「この死に損ないめ! 大人しく死んでいろ!!」
裏拳の要領で振り向きざまにハクロウに一撃を入れ、ナイトが刺さった刀を引き抜く。
だが、意識がハクロウに逸れた瞬間――レルゲンは動いていた。
レルゲンが反射的に距離を詰めて剣を構え、ナイトが無意識で庇っていた心臓部付近に向かって振り下される。
「しまっ……!」
肩口から斜めにナイトの身体を割いていく。
剣が核のある心臓部を斬り、腰付近から抜けていく。
防ぐことのできない一撃が、ナイトの核を溶かし切った……!
「こんな……私の悲願が……! こんなところで……!!」
核が破壊されたナイトの身体が崩れていく。
ナイトが口を動かしていたが、レルゲンはただ一言も返すことはなかった。
――ナイトが完全に灰と化す。
魔力感知からもナイトの魔力は完全に消え、レルゲンが剣に込めた念動魔術を解除すると、輝きが落ち着き、やがて光は全て消え去った。
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