5話 決意と初戦の絡め手
街に戻り、そのまま宿屋へ戻る。
街にユニコーンを討伐した噂が広まりつつあるようで、情報の早いローラに褒められた気がする。だが、レルゲンの頭の中は、白髪の剣士の立ち振る舞いでいっぱいだった。
適当に風呂と食事を済ませ、魔力糸を水に接続して空中に浮かせ、頭を整理する。
この作業は落ち着く。
レルゲンは短く息を吐き出した。
声をかけるまで気取られない隠密性。そして、話している最中でも年齢を感じさせない姿勢。
あの時、レルゲンが仮に斬りかかっても、初撃は防がれると、確信にも似た予感がした。
だからこそ、軽々しく手を出せなかった。これはレルゲンにとって初めての経験だった。
明日の大会に、白髪の剣士が出場しているなら対戦するだろう。
勝つことを考えると、念動魔術を封印した状態では勝負にならない。
しかし、そこまでする必要があるのだろうか?
ユニコーンの討伐報酬として、ある程度の額は冒険者ギルドを通して受け取っている。
自分の素性を知られず復讐することを考えれば、無理に大会に出なくてもいいはずだ。
棄権する方向へ考えが傾きつつあった時、扉を軽く叩く音がする。金髪の彼女だろうか?
だが、今は彼女と話すつもりはなかった。
ユニコーン討伐後に現れた、白髪の剣士の無礼を詫びるためにやって来たのだろうか。
「お兄ちゃん、入ってもいい?」
予想とは裏腹に、部屋の前にいたのはフランだった。無下に断ることもできず、部屋の中へ通してしまう。
「……どうぞ」
「お邪魔します」
ベッドに腰掛けていると、フランが隣に座ってもいいか目線で訴えかけてくる。
レルゲンが小さく笑いかけると、フランはにこやかに笑い、レルゲンの隣へ緊張しながら座った。
「お兄ちゃんが、危ない魔物を倒したってホント?」
「ああ、本当だよ」
すると、緊張した様子から解放されるように、フランが目を輝かせて話を続ける。
「すごーい! ねぇねぇ。その冒険のお話、もっと聞かせて?」
懐かしい響きに薄く笑う。
幼い頃、レルゲンも英雄を夢見て、冒険と称した探検をよくしていた。
レルゲンの顔を覗き込んだフランが、ふふっと笑った。
「お兄ちゃん、やっと笑ったね! すごいことをしたのに、帰ってきてからずっと怖い顔してるんだもん!」
「……ごめんな」
心配そうな顔をするフランの頭を、軽く撫でる。
「くすぐったいよ」
まだ幼い少女に心配をかけて、自分もまだ未熟だとレルゲンは自覚する。
それからローラに怒られるまで、今日あったことをわかりやすく話した。別れ際にフランから
「明日の大会、絶対見に行くから! 頑張ってね!」
「……頑張るよ」
レルゲンは大会へ出る決意を固めた。
大会当日。
大会では、魔法と魔術の使用が認められ、真剣での戦闘も許可されている。
寸止めは必要なく、戦闘不能と審判が判断すれば試合終了。
初撃で致命的な一撃を負わせれば、殺しもあり。ルール無用の地下闘技場にありがちな、過激な大会規定だった。
だが、急遽真剣は木剣となる。
魔法、魔術も呪いや再起不能になる強さの攻撃魔法、魔術は禁止。
学生の大会でもここまでルールに厳しくないだろう。
観客からはこのルール変更についてブーイングが巻き起こったが、大会運営側は意に介さず、試合はそのまま進行された。
魔法と魔術の違いとは、一般的に扱う術式の規模や複雑さで判断される。
魔法とは、単純な命令や魔力変換の末に行使が可能なもの。
魔術とは、複雑な術式を構築することを指すことが多いが、実際のところは厳密な取り決めはなかった。
第一試合から順調に試合は進んでいき、レルゲンの出番がやってきた。
審判が試合の開始合図を行う。
「Bブロック第四試合の予選をこれから始めます!」
対戦相手はこの街の数少ない貴族の長男。
一目で剣術を修めていると分かる所作から、さぞ優秀な師匠がいるのだろう。
だが、レルゲンは一つ気になることがあった。
貴族の長男から感じ取れる魔力の『色』。
本来は魔力に色はないが、長く戦闘経験のある魔術師は、相手の漏れ出る魔力を色として知覚することができる。
例えば、どんな戦闘を好むか、もっと掘り下げれば何を考えているのかすら、読み取ることができる者もいる。
レルゲンはまだ、相手の思考を読み取ることはできない。
それでも、貴族の長男はわかりやすかった。
こいつ、どんな手段を使っても俺に勝つ。
いや、殺す気なのか……?
「試合、開始!」
最初に動いたのは貴族の長男だった。
開始と同時にレルゲンへ向かい、鋭く突進する。
先日戦ったユニコーンよりも、速度は遅い。
余裕で躱そうとするが、振り上げられた剣は囮。体術による攻撃を入れてきた。
貴族の長男が右膝で、レルゲンの腹へ繰り出した蹴り。それを右手で持った剣の柄で合わせて防御する。
初撃を防がれて「チッ」と短く舌打ちをし、間髪入れず、目を狙った斬撃を繰り出す。
横に薙ぎ払われた貴族の剣から、最小限のバックステップで躱して一旦距離を取る。
貴族の長男は、初撃と二撃目を完璧に防がれ、明確に苛立った様子でレルゲンを煽り立てる。
「ユニコーンを単独で討伐したと聞いていたが、この程度か? 四段目の魔物も大したことなさそうだな」
「そのユニコーンを討伐するときに、君はいなかった。君が討伐すれば名誉を得られたんじゃないか?」
「はっ! これだから平民は何もわかっていない! 貴族とは、民草を守るもの! 魔物を倒すことは、我々の仕事ではない!」
ご丁寧に説明し、そして貴族の長男が浮かべる邪悪な笑み。やはり何かあると直感した。
木剣から、鼻をツンと刺激する匂いが漂ってくる。よく見ると柄部分から、細い煙が立ち上っていた。
改めて貴族の長男が持つ装備を確認する。
ずいぶんと珍しいものを使っているなとは思ったが、これは腐食か。
明らかに対腐食性を前提に設計されている。
両ひざには緑色のテンザライト鉱石があしらわれた、腐食を軽減する加工がされている。
そして、持っている木剣の色がレルゲンよりも濃い。恐らく深緑の剣だろう。
真剣よりは切れ味は劣るが、通常の木剣よりも軽くて取り回しがよい。
加えて、こちらも対腐食の性質を持つ。
通常は腐食攻撃を使う植物系の魔物を討伐するとき、装備が溶けたり、劣化するのを防ぐために用いられる。
これは装備の性質を利用した、『毒装備』だ。
見たところ、テンザライト鉱石があしらわれた膝と肘の防具。そして深緑の剣以外に対腐食加工が施された様子はない。
躱すのはさほど難しくないが、相手の持っている攻撃手段が、腐食による攻撃だけとは限らない。強度の違いから木剣同士で打ち合うのも得策ではない。
ユニコーンを討伐した威力の攻撃を繰り出せば、最悪の場合殺してしまう。
ならば、どうするか。
木剣による打ち合いではなく魔術で、相手を殺さず無力化する。
レルゲンが木剣を地面に突き刺すと、会場が騒めいた。
レルゲンが右手に意識を向けると、初級魔法のファイアボールが浮かび上がる。
「どうやら腐食攻撃に気づいたようだが、遠距離からの攻撃か! 全く分かりやすい奴め」
――ここからだ。
レルゲンは相手の煽り口上は無視して、さらに反対の手に意識を向ける。
すると、ウォーターボールが出現し、追加で命令を出した。
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