49話 初めて名前で呼んだな
「ふむ……なるほど、空間ごと水分を圧縮しましたか」
顎に手を当てながらナイトが状況を観察する。呼吸を再開し、焼けるような熱はもう感じない。
即座にセレスが回復魔術を唱え、不可視の矢と火傷の手当てをするが、そこにナイトの姿がない。レルゲンの魔力感知にもいつの間にか引っかからない。
隠蔽魔術の連続発動……!
熱感知と魔術の構造さえわかれば使える、ディスペルを習得しているセレスティアを欺くなら絶好の機会。レルゲンがセレスティアを呼ぶよりも先に、ナイトの次の攻撃が始まる。
「複合魔術、ウォータープレス」
超高速で打ち出された水は、レルゲンの頬を掠めて後ろの壁を易々と貫いていく。薄く切れた頬から血が伝っていき、地面へと滴った。
セレスティアは熱感知でディスペルを発動しているが、それは念動魔術で作り出した、人肌程に温められた水の塊だった。
「こちらが熱感知で探していることを理解して、身代わりを作っていますね」
ディスペルが不発に終わり、本物を探そうと周囲を見回すが水で作られたナイトの偽像が複数存在し、セレスティアを惑わせる。
よく目を凝らし、服や肌で温度差が生じている個体を探し出し、ディスペルを発動する。
すると、今度は魔術の手応えがあった。
小さく舌打ちが聞こえ、ナイトが水の擬態を解除。本物は空中に念動魔術で浮き、レルゲンたちを見下ろしている。
手には巨大なウォーターボールを蓄え、そこから一本の線が刃となって地面を切り裂きながら進んでくる。
「避けろ! 水の斬撃だ!」
ナイトの近くにいたマリーとレルゲンが飛び込みながらギリギリで避ける。セレスティアはレルゲンたちから離れていたが、水の斬撃は途中から軌道を変えて迫ってくる。
できるだけ惹きつけて躱すが、抉れた地面を見たセレスティアがあまりの威力の高さに戦慄する。
後ろに通過していった水の軌跡を辿っていくと、壁に線を描くように貫通している。
更に建物の外にある木々までもが切断されて、地面へ落下した轟音が、遅れて響いてくる。
高圧で押し出される水の斬撃は鞭のように何度も迫ってくるが、自由に空を飛べない以上、遠距離から迎撃するしかない。
長くは続かない! とレルゲンがわざと大きく黒龍の剣を振り上げてナイトの注意を引き、魔力を込めて遠距離斬撃を放つ。
ナイトはこれを躱すことなく斬撃を左右へ受け流して防御するが、レルゲンはこれを狙っていた。
斬撃を避けるのではなく、あえて受けていることを逆手に取り、斬撃を放った瞬間にレルゲンが念動魔術で空中へ突進する。
ナイトが初撃を受け切ったと同時に、至近距離まで接近し、全魔力解放による赤い光線攻撃を仕掛けるが、今回は少し様子が違う。
今までは全魔力を解放した時に出る、迸る魔力を黒龍の剣に込めていた。だが、今回は魔力を噴き上げる動作を省き、初めから黒龍の剣に全魔力が込められる。
攻撃力こそ変わらないが、レルゲンの魔力消費量が半分以下に抑えられていた。
ナイトは放たれた光線を洞窟では受け止めていたが、今は左右に受け流すことができず、自身の魔力障壁で対応している。
「こんなもの……!」
悪態を吐くが、少しずつ光線がナイトを押していく。しかし、あと少しのところで障壁の角度を変える事で上空に打ち上げて受け流し、天井が全て吹き飛んだ。
「今のは効きましたよ……シュット君」
「よく言う。大した傷にもならない程度で」
「いえいえ、こんなに早く結界魔術で防御することになるとは思いませんでした」
ナイトは今の一瞬の攻防でレルゲンの反応を見て疑問に思う。
(今のが正真正銘、彼が持つ最強の攻撃では無いのか…? なぜこんなにも余裕がある? それに今回は魔力の解放はしていない。にも関わらず、威力は以前と同じかそれ以上……これは一体……?)
困惑しながらも地面に降り立つと、レルゲンも同じように地上へ降り立った。
地面に降り立った時、ナイトの背後から迫ったマリーの、最大限の魔力を込めた一撃が繰り出される。
高い音と共にナイトの魔力障壁が破壊され、ナイトが後ろを確認するがそこにマリーの姿は無い。
反射的に隠蔽魔術と判断してナイトはディスペルの準備をするが、術師であるセレスティアの反応がない。
セレスティアを探しているうちにもマリーは、短時間で五枚もの魔力障壁を剥がしていた。
術の元が駄目なら直接マリー本人にディスペルをかけようとナイトが辺りを見回すが、同時にピタっと連続攻撃が止まる。
「小賢しい」
辺り一帯に魔力込めた衝撃波を放ち、マリーとセレスティアの位置を強引に割り出そうとするが、衝撃波が発生した瞬間に消滅する。
まるでディスペルをかけられたような感覚。
「なっ……!」
ここで初めて、ナイトが焦りの表情を見せた。
衝撃波は元来魔術ですらない。発動した瞬間に消されるなど、あるはずがない。間違いなくこの仕掛けは……
「レルゲン……シュトーゲン……!」
「初めて“名前で呼んだ”な」
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