34話 極秘任務
山々を越え始めたところで、一度休憩を挟むために下降する。
魔力自体はまだまだ余裕があるが、魔術の連続使用とセレスティアを一緒に飛ばすための神経で、レルゲンも消耗していた。
ここまで連続で飛んだことはなかったため、まだまだ自分の足りない技術に気づく。
レルゲンが汗を拭うと、セレスティアが心配そうに覗きこみ、声をかけながら水を手渡す。
「大丈夫ですか? やはり念動魔術は神経を使うようですね」
「ここまで連続で飛んだことがなかったもので、まだまだ鍛錬が足りませんね」
「いいえ、私の分も考えたら仕方ありません。少し休憩しましょう」
水を飲みながら、お互いにしばし無言になる。
ここでセレスティアが何か閃いたのか、レルゲンに尋ねる。
「私を抱えれば、もっと遠くまで飛べるのではないですか?」
「飛べますが、さすがに御身に触れるなど恐れ多いですよ」
「構いませんよ? どちらにせよ私達しかいませんし、私がいいと言っているのですから。それともレルゲンは、私を抱えたくないと拒否するのですか?」
嘘泣きの仕草はわかりやすいが、マリーに誓いを立てたばかりで、レルゲンは後ろめたい気持ちがあった。
困ったレルゲンを見て、セレスティアが先に引く。
「ふふ、冗談ですよ」
「それ、俺が承諾したらどうしたんですか?」
「抱えて頂きますよ? 効率いいですから」
「本気じゃないですか」
ふふふと笑い、誤魔化すセレスティア。
人目がないと、茶目っ気をよく出してくるんだよなとレルゲンは思いつつ、気をつけなければと思い直す。
「限界がきたら抱えさせていただきます」
「それで構いません」
再び念動魔術で空を駆け、やがて半日と経たないうちにレルゲンの限界が訪れた。
渋々ではあるが、セレスティアをお姫様抱っこする要領で抱える。
思いの外恥ずかしいのか、顔を逸らして首の後ろに手を回すセレスティアの顔がレルゲンに近づく。レルゲンもまた、少しだけ意識してしまい視線を逸らす。
「では、これから今日の最終飛行をします。セレス様、行きますよ」
「はい、よろしくお願いします」
直接抱えたため、速度が一気に上げられた。
この分なら、次の日の朝までには探索を開始できるだろう。
「長時間の飛行ご苦労様でした」
「ありがとうございます。今日はここら辺で仮眠を取って、陽が昇ってから探索を再開しましょう」
「わかりました。ではレルゲンからどうぞ」
「いえ、魔力糸を周囲に展開しますので、寝ていても反応があれば私が対応します。セレス様も空酔いなどしていませんか?」
「そんな便利な術があるのですね。私なら大丈夫です。ただ捕まっていただけですから」
「では、寝ましょう」
「はい」
灯は全くない。月と星々の灯りのみが二人を照らす。照明魔術を使うわけにもいかず、今どこにいるのかもわからない世界が続く。
あまりの静けさに、この世界には他に誰もいないような寂しさが満ちている。
「レルゲン、もう寝ましたか?」
「まだです。セレス様は寝ないのですか?」
「普段寝る時は一人ですが、真っ暗な中、様々な音が響く場所で眠ったことがないものですから」
「最初は仕方ないですよ。冒険に出たのが初めてなら尚更です」
初めての野宿は本当に怖い、箱入りの王女様なら想像もつかないほど心細いはずだ。
「少しそちらに寄ってもいいですか?」
「ええ、構いませんよ」
思ったより接近してくるセレスティアに対して、レルゲンは少し離れようとしたが腕を掴まれて身動きが取れなくなる。
その腕を掴んだセレスティアの手は、若干震えている気もする。
「……今日だけですよ」
「はい。それで構いません」
朝になるまで魔力糸に反応はなく、平和な夜が明けた。陽の光が差し込み、朝を告げると同時にレルゲンが目を覚ます。
なんだか体が重い。特に身体の左側が。
予想ができなかったわけではない。
セレスティアがレルゲンを抱き枕がわりにして、静かな寝息を立てて熟睡している。
まだ早朝だ。
昨日も遅くまで起きてさぞ眠いだろう。
レルゲンも目を閉じて、セレスティアが起きるのを待つ。
オレンジ色の陽が昇り始めた頃に、セレスティアが目を覚ました。
起きた瞬間にハッとして一瞬レルゲンから離れようとしたが、また直ぐに身を委ねてくる。
「セレス様、朝ですよ」
すぅ、すぅ、と規則正しい寝息を立てる。
「起きないとくすぐりますよ」
寝ているフリに限界が来たのか、目は閉じたまま口角が上がる。
「やめて下さい」
「今日からが本番です。朝食を食べたら隠蔽魔法を使って空から確認しましょう」
「わかりました」
持ってきた携行食と水で、軽くお腹を満たす。
落ち着いてから、セレスティアが杖を取り出して、詠唱前に一度深い呼吸を入れ、集中する。
徐々にセレスティアの魔力が高まり、静かに詠唱を始めた。
「祖は魔術の開祖なり、我はその術を遣う者。我らを覆い、気よ眠れよ。ハイド・スペリア」
時間にしてほんの僅か。端折っていることを考慮しても、詠唱はかなり短い。
魔術に長けた魔族ならば、容易に使用してくるだろう。
「この魔術は、同時にかけられた場合はお互いを見ることが出来ます。これでレルゲンと私に隠蔽魔術がかかりました。姿と魔力はこの魔術で隠せますが、音や気配までは消せません。よろしいですね?」
「わかりました。ではセレス様に私の魔力糸を接続すれば思念で会話できるので、音の問題も大丈夫ですね」
『そんなことができるのですね。あっ、これ今聞こえていますか?』
『聞こえていますよ。初めてとは思えないほど上手く繋がっています。流石ですね』
『普段から使っているのですか?』
『いいえ、緊急時だけです。この前の毒料理の時とかですね』
『そうですか。普段からマリーと内緒話でもしているのではないかと思いました』
『そんなことしませんよ。では飛びます』
さっと両手を前に出すセレスティア。
昨日だけと言っていたが、やはりそうきたかとレルゲンは顔をしかめた。
『早く抱えて下さい』
『思念、漏れていますよ』
『失礼しました。では改めて、私を抱える栄誉を授けましょう』
『はぁ……わかりましたよ』
セレスティアの腰に手を回し、またお姫様抱っこで空を飛ぶ。よほど気に入ったのだろう。
まだ朝になってから少しも経っていない。
川沿いに飛んできたため、魔物や魔族ならばすぐに魔力感知で気づくが、反応はない。
『一旦降りますか?』
『そうですね。魔物や魔族は見当たりませんし、また時間を空けて確認しましょう。その前に川の魔石量を確認します』
『魔物や魔族がいない以上、もっと上流に拠点がある可能性がありますね』
一度降りて、川の魔石量を調べる。
物質分離の念動魔術でセレスティアに持ってもらったお皿に魔石を抽出すると、やはりここでも魔石は何粒か確認された。
『隠蔽魔術はあとどれくらい保ちますか?』
『時間にしたらまだまだ可能です。ですが、魔力の温存も考えると、そう長くは保ちません』
『温存できる範囲の限界まで飛びます。最悪俺の魔力をセレス様に渡すことで凌げますが、避けた方がいいでしょう』
セレスティアが頷き、レルゲンが再び抱える。
一気に空へと加速して、上流を目指していく。
一体どこまで上流に拠点を作っているんだ――レルゲンの表情に焦りが見え始める。
レルゲンの額に滲んだ汗が、風にさらわれていく。
『落ち着いてください。私の隠蔽魔術も温存を考えると効果切れが近いです。一度休憩を挟みましょう』
『わかった……いや、わかりました』
『こんなときくらい、敬語はもう要りませんよ』
『それはセレス様も……』
『私は最初からこうなのでいいのです』
地図を広げ、おおよその位置を把握する。
ここでも川の水には魔石が確認できたが、そろそろ水源近くの山間の洞窟に入ってくる頃合いだ。
「セレス様、これから先はすぐ洞窟になる。もしかしたらですが、そこで隠れて魔石を流しているかもしれない」
「可能性は高いですね。魔力が戻り次第、隠蔽魔術をかけて進んでみましょう」
魔力が戻るまで時間が経過し、魔力探知を限界まで広げる。すると、あった。いや、あってしまったが正確な表現かもしれない。
「……!!」
そのとき、レルゲンの表情が一瞬だけ強張った。
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