161話 天使の像
レルゲン達は南に進路を変更して飛んでいると、集落ではなく大きな街が見えてくる。
「どうする? 寄ってみる?」
マリーがレルゲンに確認する。
進路が南に決まったとはいえ、まだまだ悪魔に対しての情報が不足しており、文化形態もまだよくわかっていない。
悪魔の民たちは一体どんな心を持ち、敵に対してどういった反応をするのかが、今一番知りたい情報だった。
安易に手を出すことはできないが、敵の動向は探りたい。
相反する矛盾を抱えながらも、レルゲンは擬態の隠蔽が可能になったセレスティアの実力を信じて、街に寄ることを決意する。
「今までで一番大きな街だからな。新しい情報が手に入るかもしれないし、寄ってみよう」
街の外れに降り立ち、セレスティアが複合魔術をかけてエルフの姿へと再び変化させ、街の入口を目指して歩く。
衛兵の悪魔から呼び止められることはなく、街の内部への潜入を成功させる。
街を歩き始めてしばらくの時が流れ、中心地と思われる大きな白い石像が飾られている場所まで辿り着いた。
「これは、悪魔なのか?」
レルゲンが石像を見上げながら疑問を口にすると、ディシアが軽く説明してくれた。
「これは天使だと思われます。本来悪魔は天使の成れの果ての種族とされており、天使が羽をもがれて絶望した姿だと言い伝えられています」
「絶望した姿……なら悪魔にとって天使とは憎むべき存在だと思うが、なぜここに大きく飾ってあるんだろうな」
ディシアもそこまでは知らないようで口をつぐんだが、レルゲンたちの下へやってきた一人の老悪魔が、白い髭を蓄えた顔をほころばせながら教えてくれた。
「やあエルフの方々。こんな遠い南方の街まで来れば分からないこともありましょう。簡単に言えば、悪魔にとって天使とは憎しみよりも、畏怖や畏敬の感情が強いことにあるのじゃよ。天使の怒りを買わぬよう、鎮めるように、こうして大きな像を彫り師が削って立てたのです」
ディシアが老悪魔に感謝を伝える。
「なるほど、畏怖と畏敬ですか。感謝します、ご老人」
「いえいえ、歳で言えば貴女が一番上でしょう。その美しい銀髪に変わるまで、一体どれ程の長い月日が流れたのか、私には想像もつきません」
一瞬ディシアは老悪魔から視線を逸らしたが、すぐに再び目を合わせる。
「いいえ、エルフにとって歳は見た目の変化ではなく、精神的な老化が強い意味を持ちますので、あなたのように見た目で歳を感じられるのは少し羨ましいとさえ感じます」
「お上手だ。ではそろそろ私はお暇させて頂きます。皆様、良き旅を」
老悪魔がその場を後にした後に、レルゲンがディシアへ言葉をかける。
「よく即興であの悪魔に話を合わせられたな」
「普段から周りを観察していれば、自然と身につくものですよ。そんなに大したものではありません」
ディシアの完璧な切り返しに、エルフ姿のレルゲンは思わず感嘆の声を上げた。
悪魔と天使の関係性が新たにわかり、一つの事実が浮かび上がってくる。
悪魔とは、魔王が従えているのは変わりないが、元は天使から生まれたものであり、魔王が生み出した種族ではないということ。
――この差は大きい。
遅かれ早かれ悪魔との戦闘は避けられないが、魔王に心酔するものもいれば、反発する異分子的な存在も必ずと言っていいほどいることが、老悪魔の言葉から理解できた。
この大きめの街での情報収集はこれくらいにしておき、更に南へと進もうとしたレルゲンたちだったが、ある環境の変化に気がついた。
それは、溢れんばかりの飽和状態とも言える周辺を取り巻く魔力が少し抑えられているような――まるで深域と似たような魔力が辺りを包んでいることに。
深域と似ているということは、魔物が発生することが可能な環境と言える。
素早くレルゲンが全員に臨戦体制を取るように指示を出すと、周囲の魔力が一箇所に一箇所へ次々と集まり始め、一つの巨大な魔石を形成していた。
――形成された魔石から肉や骨が生成され始め、一体の魔物として姿を現す。
魔物の魔力量から考えると、特別な六段階目に分類されるベヒモスと同等、またはそれ以上の魔力を誇った二足歩行型の肉食獣のような見た目をした魔物が出現する。
「グアアァァァァァァァアアアア!」
とてつもなく大きな咆哮を上げ、一人の悪魔を威嚇した魔物は、そのまま頭を下げて突進攻撃を仕掛ける。
悪魔はこれを辛くも躱すが、この街でも、魔法を使えない悪魔がほとんどのようだ。
援護する魔術師が圧倒的に足りないが、街の衛兵たちが集まり、何とか食い止めていた。だが、いくら魔力を多く持っていても使いこなせなければ宝の持ち腐れ。
無意識のうちに身体強化に魔力を使っているようだが、普段から身体強化をしているレルゲンたちからすれば、全くと言っていいほどに運用できていなかった。
それを見ていたレルゲンたちは介入するか迷っていたが、一人の青年型の悪魔が命懸けで戦っている表情を見ることで踏ん切りがつく。
助けると決めたレルゲンたちが一歩前に出ると、青年の悪魔がそれ以上前に出ないように声を上げた。
「これは俺の戦いだ! 手を出さないでもらおう!」
「それは構わないが――君、このままではやられるぞ」
「何を言っていやがる。今押しているのはこっちだ、どこを見たらやられるんだ?」
レルゲンは言葉を返さずに、ただじっと見ていると次第に疲労が溜まっていった衛兵の悪魔が一人、また一人と脱落する。
特別な六段階目相当の魔物相手に、魔力の扱いが素人とも言える悪魔が束になって拮抗できるだけで、悪魔のポテンシャルの高さが伺える。
しかし、次第に周りの悪魔が減り、それでも他種族の力は頑なに借りようとしない青年の悪魔は、とうとう自分一人だけでは対処ができなくなったのか、噛みつき攻撃を仕掛けた魔物の一撃をもろに浴びてしまった。
「……くそっ!」
大きく血反吐を青年の悪魔が口から漏らすと、神杖を構えたセレスティアをレルゲンが止める。
「セレス、回復はアイツらには必要ない。もう少し見守ろう」
「せっかくブツを使ってイビル・ラプトルを作ったっていうのに、なんでこうなるんだ!」
魔物を前にして打開策を考えるどころか、悪魔の青年は苛立ちを露わにする。間違いなく潮時だろうが、それでもレルゲンはまだ動かない。
マリーたちは「まだ助けに入らないのか」と視線をレルゲンへ向けたが、何かを待っているようにも見えたレルゲンに誰も口は出さなかった。
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