114話 純精霊――ウルカ
レルゲンが次に目を覚ましたのは、召子の聖剣騒ぎがあったその日の夜。
レルゲンの横で寝ていたマリーとは別の、知らない少女がレルゲンの隣で寝ていたからである。
「レルゲン、起きて」
「どうした?」
「横にいる子、誰?」
「セレスじゃないのか? ……本当に誰だ」
レルゲンの表情が固まる。
「うるさいなぁ……」
と眠い声を出しながら、謎の少女が目を覚ます。
「あれ?もう朝? ようやく逢えたね! 旦那様」
「はい? レルゲンは私の旦那様よ。あなた誰よ?」
「誰って、レルゲンに身も心も捧げている純精霊のウルカよ。人間族なのに純精霊に傅かないなんて珍しいね。私たちを見られるだけで本当は豊穣が約束されるとか、無病息災になれるとか、ありがたく崇拝されるのに……あっ、もしかして知らない? それなら仕方ないか」
薄い赤のショートカットのウルカと名乗る純精霊は、説明が終わった後はレルゲンに再び抱きつき、眠ろうとする。
「あっ、おい! はぁ……無邪気さはあるが多分間違いない。俺に語りかけてきてたのはこのウルカだ。今はもう仕方ない。明日改めて聞いてみよう」
「……わかった」
若干不満げなマリーを無視して、ウルカはまた寝てしまっていた。
次の日に夜明けと共に目を覚ますと、ウルカがレルゲンの身体に馬乗り状態で「おはよう!」と元気よく挨拶してくる。
ウルカを抱えてマリーとは反対側に座らせる。
「おはよう、ウルカ」
「名前! ようやく呼んでくれたね! ずっとずっと待っていたのよ!」
ベッドの上で跳ねても、不思議なほど軋む音がしない。持ち上げたときにも、まるで綿でも入っているかのように軽かった。
「ねぇ! もっと呼んで! あなたが生まれた時から、名前を呼んでもらえる日をずっと待っていたの!」
「あぁ、これから何回でも呼ぶよ。ウルカ、聞きたいことがあるんだがいいか?」
「なに? 何でも答えてあげる」
マリーを急遽起こし、一緒に話を聞くようにベッドに腰掛ける。
「ウルカはどうして今、俺の中から出てこられたんだ?」
「それはね、聖剣が近くにあったからよ。ディシアから聖剣のことについては聞いていたよね? 私は大昔にある人族に聖剣を渡した精霊の内の一柱だったの。すごいでしょ? だけど魔王が倒されてから私たち精霊も休眠状態に入った。でもまた魔王復活の兆しと共に聖剣が効力を取り戻したとき、私たち精霊も徐々に目覚め始めたって訳よ」
「つまり、魔王が近々復活するのか?」
「精霊の時間感覚で言えばもうすぐに復活してもおかしくはないけど、多少の誤差が生まれてる。何でかは私たちもわからないけど、もっとずっと前、何千年も前かな……? 初めに魔王が誕生し、世界の均衡が大きく崩れて、それを元に戻そうと『世界が自ら』の修復行動によって勇者が召喚されたの」
まるで世界そのものに意思があるかのように、ウルカは続けた。
「その勇者に聖剣を渡したのが私たち精霊族。だけど今回は、『先に』勇者が召喚されて、力を完全に取り戻す前の魔王として復活しようとしてる」
ひとしきりウルカが話した後、マリーが前向きな方向へ話を持っていく。
「もしかしてだけど、結構希望があるんじゃないの?」
「そう! マリーの言う通り、早いほど魔王の力は不完全のまま倒すことが出来るし、被害も少なくて済む。でもそれでもやっぱり大変には変わりないかな。一番最近でも魔王復活に伴って召喚されたのは『四人もいた』もの。いくらレルゲンと召喚されたショウコが強かったとしても、私が知ってる勇者の倍は強くないと太刀打ちできないわ」
「倍って、簡単に言ってくれるな。勇者ってそんなに強かったのか?」
「そう、とても強かった。レル君が戦った、私が知る限りでは、ナイト・ブルームスタットを除けば誰よりも。だけど安心して! 私もレルゲンをここまで強くするのに力を無償でバンバン貸しまくってたんだから、今度はちゃんと私と永遠の契約をして、更に上の領域に足を踏み込んでもらえば、ちゃんと勇者二人分くらいにはなれるはずよ」
「勇者以上の力は、俺に耐えられるのか?」
「大丈夫! 死なないタイミングで不自然なマインドダウンが何度かあったでしょ? あれは、私が魔力を貸すのを止めてマインドダウンにして最大限の契約ができるように仕込んでいたの」
レルゲンが呆れたように笑い
「究極の結果論だな。俺が死んだら君の苦労も無駄に終わっていただろ」
「ううん、『最終手段』があったから大丈夫」
「最終手段?」
「それは教えられないわ、『今は』ね。契約に間違いなく邪魔な情報になるから」
「そうか、ならいい。マリー」
「何?」
「ウルカの言っていることは胡散臭い。だけど、かなり俺を助けてくれていたのは確かだ。ナイトを倒せたのは間違いなくこのウルカのお陰と言っていい。俺はこの子を信じるけど、マリーはどうだ?」
「あなたの異常な強さが精霊の加護によるものだったなら納得できるし、理解もできる。でも……」
「何だ?」
「旦那様呼びだけは許さないわ」
「突っかかるところそこかよ」
とレルゲンがマリーに突っ込むが
「これ、結構大事なところよ?」
とマリーも引く気はないようだ。
ウルカが「はぁ……」と軽くため息をついて
「じゃあ旦那様は止めて、レル君にしてあげる」
「いいじゃない、レル君――可愛らしくて」
「俺があんまり良くない……」
「じゃあレル君、これからはもっとずっと一緒に居られるね? この姿でいいよね?」
「駄目だ。せめてこの前みたいに小さくなってくれないとレル君呼びは許可しない」
「細かいこと言わないでよもう! でもレル君呼びはしたいから我慢するわ」
そう言って肩にちょこんと乗る大きさまで小さくなり
「これでレル君ね」
と念押ししたウルカは満面の笑みを浮かべていた。その日中にウルカをみんなや女王に紹介しに行くと、意外な反応を見せたのはダクストベリク女王だった。
「ウルカ様、我が王国の騎士の中にいらっしゃったのですね。新しい勇者のみならず、結果的に我が娘たちまでお護りして下さったと……深い感謝の意をお受け取り下さい」
女王が小さなウルカに頭を下げると、ウルカはマリーに向かって
「本当はこの反応が普通なのよ?」
と一言釘を刺したが
「あらそう、私は私よ」
とウルカの言葉は華麗に受け流した。
初めて純精霊のウルカを見た研究所組のカノンとディシアは、興味を抑えられなかった。
度重なる質問攻めに遭うウルカは
「こうなると分かっていたからここにはあまり来たくなかったのよ……」と小言を漏らしていた。
最終的には全員がウルカを迎え入れ、新たな仲間として認められた。
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