112話 精霊の加護
レルゲンが一度高く飛び上がり、すかさず召子の立っている地面を念動魔術で隆起させると、急激な上昇負荷に耐えるべく聖剣を持ちながら召子が体勢を低くする。
やはり通常の打ち合いでは埒が明かないと考えたのは正解だった。
様々な反応を見なければ、きっと召子の足止めにすらならないだろう。
瞬間的な隆起が止まり、召子が空中へ投げ出される。
この隙を更に大きいものにするために、漆黒の光線攻撃を繰り出し、召子を飲み込んだ。
光線を受けた召子が、否……聖剣が言葉を発した
「被害甚大、スキル〈飛翔〉を獲得。実行します」
と新しく手に入れた〈スキル〉で凌ぐべく高度を上げ、光線攻撃を躱した。だが、この技は核撃とよく似ている。
つまり攻撃後の軌道を変えることも可能なはず。
「――曲がれ」
放たれた漆黒の光線は、地面に叩きつけられる寸前に軌道を反転させ、召子の下へと再度迫った。
一度躱した攻撃が再び襲ってくるとは予期していなかった。一瞬だけ驚いたような顔をする召子の変化をレルゲンは見逃さなかった。
――やはりショウコと聖剣は繋がっている……!
爆風に包まれた召子に追撃するこの好機は逃せない。
「マリー!」
「任せて!」
魔力感知で正確な位置を捉えたマリーが、爆風の中に入ってゆき、正確に捉えられた神剣による絶対切断は聖剣と召子との繋がりを断ち切った。
繋がりが絶たれた瞬間を肌で感じたレルゲンは、謎の声の主に再度心の中で語りかける。
――言われた通り繋がりが絶たれたぞ。
――わかってるよ。君の感覚は私にも共有されているからね。後は任せて。
声の主が遠ざかると、レルゲンの胸元が光り始め、そこから一つの光球が飛び出した。
それを不思議そうに眺めていると、レルゲンの周りを軽く飛んでから召子の下へと飛んで行き、光の球が聖剣に触れる。
すると、黒い魔力が少しずつ小さくなっていった。
――少し魔力が足りないから君のを借りるね。『いつも貸してあげてる』んだからいいよね?
返事をする間もなく、まるで魔力糸で受け渡しをしているかのように、かなりの速度で魔力がどこかへ流れていった。
レルゲンの魔力が三割ほど消費したところで、魔力の消費が止まる。
するとすぐに、聖剣から流れ出ていた黒い魔力も止まり、虚ろな表情だった召子の瞳に光が戻った。
空中で静止していることに気づいた召子は
「あれ? ここどこ? なんで私浮いてるの!?」
と若干パニックになり、〈飛翔〉スキルの効果維持ができなくなった召子が落下する。
レルゲンが念動魔術で召子を支え、再度空中で静止させる。安定した召子は
「わっ、わっ、あ、ありがとうございます。できればそのまま降ろして頂けると」
ゆっくりと地面に降ろされた召子は、辺りの中庭の変わり様に驚きながらも
「あの、何があったんでしょうか?」
と聖剣に意識が乗っ取られていたときの記憶はないようだった。
掻い摘んでマリーが召子に説明すると、深々と頭を下げて謝罪する。
「大変なご迷惑をかけてしまい、すみませんでした」
しかし、召子に助け舟を出したのは暗殺対象だったディシアだった。
「先程は間違いなくヨルダルク側が聖剣に細工したものだと思われます。あなたは特に気にする必要はありませんよ」
「……その、あなたは……暗殺対象の」
「そうです――私は元・ヨルダルクの最高意思決定機関のうちの一人、暗殺対象のディシア・オルテンシアと申します。あなたに感謝を」
なぜ暗殺されそうになった人が感謝しているのかわからない、といった表情を浮かべる召子だが、ディシアは杖を前につき、最上の礼で返していた。
召子はただ、絵になるなぁと思ってディシアの礼を眺めていた。
一通り待っていたのか、レルゲンの中から出てきた光の球、もとい声の主がレルゲンの周囲を飛び回り始め
――そろそろいいかい?
と主張するように旋回しながら、再びレルゲンの中へ戻っていった。
レルゲンが心の中で説明を求めると
――思ったより魔力を使ったから、また今度説明するね。おやすみー。
と一方的に眠る旨を伝えられて、それ以降本当に声が届いている印象がなかった。
周りから「今の何?」という視線が集められたが、一人だけ、ディシアだけは心当たりがあるようだった。
「これはあくまでも予想ですが、騎士レルゲンの中には精霊がいるものだと思われます。当てはめるなら「精霊の加護」でしょう。加護の中でも最上位に分類されており、私もこの目で見るのは初めてです」
どこからか届いた後押しはアシュラ・ハガマと対峙したとき――光線攻撃の軌道を変更するときに感じた。
『もっと前へ、上へ進んでいけ』
ディシアが「なるほど」と溢し、周りに分かりやすく説明する。
「レルゲンの異常なまでの魔力量の秘密は、精霊の加護によるものも多く含んでいるでしょう。そもそも、全魔力解放の二段階目なんて本来あり得ないのです。何かしらの誓約を結んでいるか、寿命を縮めているか、またはそれに類する何かだとは思っていましたが、まさか精霊の加護だとは」
ここでセレスティアが現場に到着し、寿命の減少を理由に力を得ていると早とちりしていた。
「寿命を縮めて力を奮っているとはどういうことですか? レルゲン?」
「いや、誤解だよ。俺の中にいた精霊? が力をずっと貸してくれていたみたいだ」
「本当ですか? この前みたいに言い逃れしようとはしていませんよね?」
「あぁ、嘘は言ってない」
ふぅ、胸を撫で下ろすセレスティアを見たディシアが、再びレルゲンに尋ねる。
「騎士レルゲン」
「なんでしょう?」
「どういった契約の下で精霊と契約しているか、わかりますか?」
「契約とかは特に何もしていませんね」
「え……あっ、いえすみません。まさか正式な契約をしていないのにあれだけ絶大な力を使っていたとは。何らかの代償があってもおかしくはないのですが、特に語りかけられてはいないのですか?」
「さっき聖剣の暴走を止めるときに、魔力が足りないから俺のを使うとは言われた。後は、いつも貸しているから構わないよね? と言われましたよ」
「無意識でも何でもなくただ無償で力を貸し出されていたとは……その精霊は、自身の名は名乗っていましたか?」
「いえ、眠くなったから寝ると。ただ、細かい説明は後でしてくれるとも言ってたので、魔力が戻ったらまた現れるのではないですかね」
「ふむ、一種の休眠状態でしょうか。わかりました。騎士レルゲンはまだ理解していないようなので教えますが、精霊の加護を契約無しで行使しているなんて他国に知られでもしたら、まず間違いなく身柄を狙われますよ。もっとも、あなたを捉える手段なんて世界中探してもあまり候補はなさそうですが」
二人で盛り上がるのを見て面白くないと思ったマリーとセレスティアが、レルゲンの腕を掴む。
「ほら、お母様に報告と中庭の修繕だってあるんだから、お話はそれくらいにして行くわよ」
「ショウコ様、ディシアも同行をお願いします。その方が話が早いですから」
二人が頷き、念のため聖剣はレルゲンが念動魔術で空中に浮かせながら運んでいき、女王の下へ説明へと向かった。
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