第30章――追跡
その時、ヴァン・ティエンは殺気を感じ取った。
直後――
一つの黒い影が、二人の背後を横切った。
あまりにも速い。
残されたのは、わずかな残像だけだった。
その影は二人へ襲いかかろうとした。
だが――
ヴァン・ティエンは咄嗟にバオ・ウエンを引き寄せ、横へ飛び退いた。
ズッ!
影の男は足を止め、振り返ってヴァン・ティエンを睨みつけた。
「俺たちについて来い。」
ヴァン・ティエンは答えなかった。
ただ一歩前へ出て、バオ・ウエンを背中で庇う。
そして、男を真っ直ぐ見据えた。
「嫌だ。」
男の目が赤く染まる。
「ならば……」
「お前たちは死ぬ。」
その瞬間――
もう一人の男が背後に現れた。
シュッ!
拳がヴァン・ティエンへ一直線に飛んでくる。
ドンッ!
ヴァン・ティエンは片手を上げ、その拳を受け止めた。
衝撃によって、足元の地面に細かな亀裂が走る。
彼の目が鋭くなる。
そしてバオ・ウエンへ言った。
「下がってろ。」
二人の黒服が同時に襲いかかった。
シュッ! シュッ!
左と右。
完全に挟み込む。
ヴァン・ティエンは重心を低く落とした。
伝統武術の構え。
そして――
身体を回転させる。
ドンッ!
横薙ぎの拳。
左側の男が吹き飛ぶ。
だが右側の男は、高く脚を振り上げた。
狙いは――頭。
ヒュッ!
ヴァン・ティエンは身を低く沈めた。
そして――
足を払う。
ドガンッ!
男の身体が地面に叩きつけられた。
しかし――
最初の男が立ち上がった。
口元には歪んだ笑み。
「なかなかやるじゃないか……」
彼は黒い刃を取り出した。
冷たい金属の光が走る。
「だが、まだ足りない。」
シュッ!
男が突進する。
ヴァン・ティエンは一歩下がった。
さらに一歩。
徐々に追い詰められていく。
弱いからではない。
――背後にいるバオ・ウエンを守らなければならないからだ。
男がナイフを突き出す。
ヴァン・ティエンは身体を傾けた。
刃が服を掠める。
その瞬間――
ヴァン・ティエンは男の腕を掴んだ。
そして――
ドンッ!
そのまま地面へ叩きつける。
男の身体が地面に縫い付けられた。
もう一人の男は、それを見ると視線をバオ・ウエンへ向けた。
バオ・ウエンも、その視線に気づいた。
男は一気に彼女へ飛びかかる。
シュッ!
一瞬で彼女の目の前へ。
ナイフが閃く。
刃先が彼女の身体へ届こうとした、その瞬間――
シュッ!
ヴァン・ティエンが男の背後に現れた。
脚を横薙ぎに振り抜く。
その瞬間――
首元のペンダントが、激しく光り輝いた。
ドンッ!
男は蹴り飛ばされ、木の幹へ叩きつけられた。
二人の黒服が立ち上がる。
そして互いに顔を見合わせた。
二人ともナイフを取り出す。
自らの手首を刃で切り裂いた。
そこには――
「X」のような奇妙な紋章が刻まれていた。
二人はその紋章へナイフを突き刺した。
グググ……
すると――
「X」の内部から黒い気体が噴き出した。
それは二人の身体を包み込んでいく。
二人の目が赤く染まる。
凄まじい殺気が周囲へ広がった。
風が激しく吹き荒れる。
地面が震える。
ヴァン・ティエンは眉をひそめた。
次の瞬間――
二人が同時に飛びかかってきた。
足元の地面が沈み込む。
シュッ!
二人が同時にヴァン・ティエンの目の前へ現れた。
拳が振り抜かれる。
ドンッ!
二人の力は先ほどとは比較にならなかった。
ヴァン・ティエンの身体が吹き飛ぶ。
ドォン!
彼は木の柱へ叩きつけられた。
「お兄ちゃん……!」
バオ・ウエンが叫ぶ。
木の根元で、ヴァン・ティエンはゆっくりと立ち上がった。
全身が痛む。
口元から血が流れる。
彼は急いで血を拭った。
そしてバオ・ウエンを見る。
「大丈夫だ。」
「そこに立ってろ。」
二人の黒服が再び突進する。
左右から同時に攻撃。
ヴァン・ティエンは受け止める。
しかし――
ドンッ!
二人の拳が身体を捉えた。
ヴァン・ティエンは顔をしかめる。
だが、吹き飛ばされる直前――
彼は二人の腹へ同時に蹴りを叩き込んだ。
ドンッ!
三人の身体が同時に吹き飛ぶ。
ヴァン・ティエンは数メートル後ろへ下がった。
まだ頭が少しふらついている。
一方、二人の黒服もすぐに立ち上がった。
そして再び襲いかかる。
ヴァン・ティエンは拳を強く握り締めた。
首元のペンダントが光る。
彼の瞳が――青く輝いた。
構える。
二人が同時に飛び込んでくる。
左右から――
同時に蹴りを放つ。
ドンッ!
だが――
ヴァン・ティエンは二人の脚を受け止めていた。
そのまま両足を掴む。
「うおおおっ!」
ブンッ!
二人を後方へ投げ飛ばす。
ドガンッ!
二人の身体が木へ激突する。
一人がすぐに立ち上がり、ヴァン・ティエンへ突進。
ナイフを突き出す。
ヴァン・ティエンは横へ避ける。
そして――
脚を高く上げた。
ドンッ!
上から振り下ろした蹴りが、男を地面へ叩きつける。
その頃――
もう一人の男が立ち上がろうとしていた。
だが、彼の目に――
バオ・ウエンの姿が入った。
バオ・ウエンも、その視線を感じ取る。
男はヴァン・ティエンから目を逸らし――
彼女へ向き直った。
ヒュッ!
一瞬でバオ・ウエンへ向かって飛びかかる。
「バオ・ウエン!」
ヴァン・ティエンは助けに向かおうとした。
しかし――
地面に倒れていた男が起き上がり、ヴァン・ティエンの腕と脚を押さえ込んだ。
「くっ……!」
ヴァン・ティエンはバオ・ウエンを見る。
「バオ・ウエン……!」
首元のペンダントが強く輝く。
一方――
もう一人の男のナイフが、バオ・ウエンの首へ迫る。
あと数ミリ。
刃先が彼女の首へ触れようとした、その瞬間――
――川が突然、大きく動いた。
ドォォォン!!!
どこからともなく、黄金色に輝く巨大な気が爆発する。
ドンッ!!!
二人の黒服が吹き飛ばされた。
そのまま――
白藤江へ真っ直ぐ落下する。
バシャァァン!!!
川面が大きく波打った。
そして――
ドン……ドン……
戦鼓のような音が響いた。
地面が、さらに深く震える。
ヴァン・ティエンは立ち尽くした。
荒い息を吐きながら、敵を飲み込んだばかりの川を見つめる。
彼の目が冷たくなる。
低い声で呟いた。
「言っただろ……」
彼は水面を見下ろす。
「……彼女に手を出すな。」
そして――
ヴァン・ティエンの目が大きく見開かれた。
「……何だ、これ……?」
彼は振り返る。
広場に立つ三体の巨大な銅像。
呉権王。
黎大行皇帝。
そして――
興道大王・陳国峻。
ヴァン・ティエンは、三体の像に何か異常な光が反射していることに気づいた。
その瞬間――
彼の目に、一瞬だけ幻が映った。
川の底に並ぶ無数の木杭。
そして――
古い戦袍をまとった人影。
風が激しく吹き抜ける。
空間が静まり返る。
ヴァン・ティエンは感じていた。
先ほどの黄金色の気は――
ここから放たれた。
だが――
誰が?
首元のペンダントが激しく震える。
まばゆい光が周囲を包み込む。
そして――
消えた。
何事もなかったかのように、空間は再び静かになった。
その時――
バオ・ウエンがヴァン・ティエンへ駆け寄り、彼を強く抱きしめた。
身体が小さく震えている。
「……お兄ちゃん……」
ヴァン・ティエンは優しく彼女の頭を撫でた。
「もう大丈夫だ。」
「あの二人は吹き飛ばされた。」
バオ・ウエンは、それでも彼を強く抱きしめていた。
ヴァン・ティエンは彼女を見て言った。
「二人であそこのベンチに座って、少し休もう。」
バオ・ウエンは頷いた。
「うん……」
二人は近くの石のベンチへ向かった。
腰を下ろしても、バオ・ウエンはまだ先ほどの出来事を怖がっていた。
ヴァン・ティエンは三体の銅像を見つめる。
首元の十字架型ペンダントは、先ほどの気とわずかに共鳴していた。
彼の顔には、深い疑念が浮かんでいる。
しばらくして――
ヴァン・ティエンは立ち上がった。
三体の銅像へ向かおうとする。
その時、バオ・ウエンが彼の手を掴んだ。
「お兄ちゃん……どこへ行くの?」
ヴァン・ティエンは笑い、彼女の頭を撫でた。
「ちょっと三体の像を見てくるだけだ。」
「すぐ戻ってくるから、ここで待ってて。」
バオ・ウエンは彼の服を強く握った。
「でも……怖い……」
ヴァン・ティエンは優しく笑った。
「大丈夫だ。」
「俺がここにいる。怖がるな。」
その言葉を聞いて、バオ・ウエンは渋々手を離した。
「うん……じゃあ、ここで待ってる。」
「ちゃんと戻ってきてね。」
ヴァン・ティエンは笑った。
「分かった。」
彼は三体の銅像の前へ歩いていった。
しばらく見上げた後――
両手を合わせ、深く頭を下げた。
(ここにいるどなたが助けてくださったのか、俺には分かりません。)
(でも……二人を助けてくださったこと、本当にありがとうございます。)
そう心の中で呟き――
ヴァン・ティエンは三度、深く頭を下げた。
その瞬間――
首元のペンダントが、かすかに震えた。
そして――
ペンダントから伝わった微かな熱が、彼の掌へ流れ込んでくる。
ヴァン・ティエンは目を細めた。
その後、彼はバオ・ウエンのもとへ戻った。
彼の姿を確認した瞬間――
バオ・ウエンが走ってきて、彼を抱きしめた。
ヴァン・ティエンは優しく頭を撫でる。
「もう全部終わった。」
「じゃあ、続きを見て回ろう。」
先ほどの出来事がまだ怖かった。
それでも――
バオ・ウエンは彼と一緒に歩きたかった。
彼女は小さく頷いた。
「うん。」
その頃――
白藤江の川底。
黒い戦艦の内部では、一人の兵士が報告していた。
「閣下、二名とも撃破されました。」
赤眼黒龍は画面を見つめる。
目を細めながら、手の中のナイフをゆっくり回した。
「……思った以上に面白いな。」
「次の計画を準備しろ。」
「はい。」
赤眼黒龍は再び画面へ視線を向けた。
口元に笑みが浮かぶ。
「君は日に日に……俺を楽しませてくれる。」
そして――
画面に映るヴァン・ティエンの首元へ視線を移す。
「それに……」
「そのペンダントもな。」




