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なめこの味噌汁


神子様パレードは三日三晩続いた。

あっちにいっても神子様万歳。こっちにいっても神子様万歳。町の人たちの狂気混じりの喜びに、自分が神子様ではなくて心底ホッとした。


きっと条件が全て揃う神子様が来たのだろう。魔石とかなんとかも浄化できる神子様なんだろうなぁ。よかった、よかった。悪いことしちゃった気分だったから、神子様が来てくれてありがたい。急にこんなとこに来てしまって混乱してるだろうけど、是非とも頑張って欲しい。大丈夫だ、君には若さがある。若さは素晴らしい。


今日も今日とて、昼のピークを終え誰もいなくなった自分の食堂でぐったりしていると、店の暖簾がめくられ誰か入ってきた。時間はちょうどおやつ時。誰だろう、珍しい。


「ユウコ様。」


わー。キラキラとした人が入ってきた。

うっ、眩しい。疲れてる三十路には少し辛いのですが。逆光なの?後光なの?どっちなの?


ひんやりとした声色はその人柄まで冷たそうな印象を抱かせる。

思い出した。確かあれ。あれ。あのーあれよ。えーっとほら、あー!喉元まで出てるのに出てこない!確か、


「し、神官様?」


だったはず。恐る恐る呼んだ彼の役職に、彼はコクリと頷いた。合っていたことに胸を撫で下ろす。そうだそうだ、私があのベッドで目覚めた時にいたチームキラキラの内の一人、神官様だ。


彼とは王宮にいる間ほんの数回しか会わなかったけど、改めて見るとなんてキラキラとしている人。


血が通っていないのではないかと思う真っ白な肌。彫刻家が作り出したかのような彫りが深く整った顔立ち。そして何より、彼の髪の銀髪がこの世のものではない神聖さを物語っている。綺麗すぎるその顔立ちは、ほぉと溜め息をせずにはいられないと、彼は美しい銀色の彫刻だとか、どっかの茶会でどっかの令嬢が言ってたな。


でもまぁ、わたしから言わせれば無愛想で冷たそうな人だなー。笑顔もないし。言葉数も少ないし。

それはさて置き、そんな神官の彼が何の用だろうか。


「急に、どうしたの?神官様。」

「・・・不自由、ないか?」

「えぇ。特に変わりはないわ。」

「そうか。」

「いつもありがとうございます、と主教様に伝えて頂戴。」


神官様はコクリと頷いた。

相変わらず多く話さない彼の様子から察するに、たぶん主教様に様子を見てくるように言われてきたんだろう。神子と違ってなにも保証のない私に、主教様はとても心配してくださっている。城下町で済むことも主教様は最後まで反対で、なかなか首を縦に振ってくれなかった。


「では。」


用事が済んだと、背を向けた彼からぐぅっとお腹のなる音が聞こえた。ピシッと音を立てて神官様は固まってしまった。

あらあら、お腹が空いたのね。

そのまま動かない彼に、そっと声を掛ける。


「お昼まだだったらよかったら食べていって、すぐ用意するわ。」


振り返った神官様は少し考えてから、ゆっくりと首を縦に振った。

わざわざ私のためにここまで来てくれたんだもの。豪華なご飯ではないけれど、ご馳走させて欲しい。


「今、用意するから掛けて待ってて。」


私は慌てて厨房に引っ込んだ。

今日のお昼の定食は、魚の塩焼き定食だ。ご飯と塩焼きした魚と小鉢に芋の煮物、卵焼き。それからお味噌汁はなめこの味噌汁だ。


今日は、このなめこの味噌汁が大盛況だった。なにより、なにより。

軽く温め直して、器によそり、お盆に全て納めて、お腹を空かせてる彼のところまで持っていく。


食堂の狭い簡素な席に、キラキラと神々しい人が座っているのはなんだか笑ってしまう。今頃お茶会なんかしているご令嬢様たちに見せれば卒倒ものだ。


「さぁ、お待たせしました。本日は魚の塩焼き定食です。どうぞ召し上がれ。」


神官様の目の前にお盆をおけば、不思議そうに目を丸くした。お盆の中で全てが収まってるスタイルは、きっと初めて見る光景だろう。


「私の郷土料理なの。よかったら、食べてみて。」


ちゃんと彼のために、ナイフとフォーク、それからスプーンを渡しておく。

暫く出された物見つめていた神官様が、ゆっくりとなめこの味噌汁が入ったお椀に手を伸ばした。スプーンですくって、そのままそっとと口にする。

彼は驚いたように、なめこの味噌汁を覗き込んだ。


「うまい。」


心なしか、色のなかった頰にじんわりと血色が滲んで見える。


そうでしょう?そうでしょう?私のお祖母ちゃんに叩き込まれたお味噌汁だもの。不味いわけがない!それに、なめこは最高でしょう?この世界でなめこを探すのがどんなに大変だったか。手に入れるのが、どんなに大変だったか。涙なしでは語れないわ!


「初めて見るかもしれないけど、その小さなのはキノコなの。安心してね。」

「・・・どうして?」


どうして?とは。どうしてこんなに美味しいのかってこと?そりゃあやっぱり。


「愛情込めて作ったからよ。」


私は自信満々にニッコリと笑った。

神官様は信じられない物を見たかのように、驚いた顔をしていた。

え?なんで?


「愛情。」


ぽかんとしながら、オウムみたいに復唱する神官様は、普段の銀色の彫刻と違って少し幼く見える。

なんだか、可愛い。


「そうよ。愛情。美味しくなりますように。美味しいといってもらえますように。食べた人が心もお腹も満たされますように。って思いながら作ったからよ。さぁ、私は厨房に戻るからどうぞごゆっくり食べて。」


そう言って、再び厨房へと戻る。見られながら食べるのは、居心地が悪いだろう。


普段口数の少ない彼にしては、とても会話をした方だと思う。今まで無愛想な人だと思っていたけど、話してみると年相応の幼さが見えて、実際はそうじゃないのかもしれない。

なんだか、くすぐったい気持ちになって顔がにやけてしまう。


さて!おばさんが若い子にデレデレしている場合じゃないわ!


彼が食べている間に、夕方の仕込みに入らなければ。昼は魚だったから、夜はお肉にしよう。生姜焼きなんてどうだろうか。肉屋のおじさんのおかげで、良いロースが手に入った。電気がないこの世界には魔法が溢れてて、魔力がない私でも使えるものが沢山あってとても助かる。

冷蔵庫の役割をしている棚の扉を開けて中を眺める。それから付け合わせはコレにして、副菜はコレにしよう。

一人でここを切り盛りしているから、やらなくてはいけないことは沢山ある。貧乏暇無しってね。


しばらくして、椅子を引く音が聞こえた。

厨房から顔を出せば、どうやら彼は食べ終わったらしい。


「美味かった。いくらだ。」

「私が神官様にご馳走したかったから今回は代金は良いわ。」


彼のお皿の上にあったものは全て綺麗になくなっている。こういう小さなことがとても嬉しい。


「また来る。」


神官様は私に一瞥するとすぐに背を向けて店を出て行った。


そして、その日からびっくりするほど神官様がお店に顔を出すようになることを、私はまだ知らない。


そうだ!次の味噌汁の具材はこれにしよう!


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