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エピローグ。


「セリカちゃん、今までありがとね」


 病室には私とお兄ちゃんの二人しかいない。

 いや、この病院には私たちしかいない。

 そう思えるくらいに静かな夜だった。


「何言ってんのお兄ちゃん」


 我ながら陳腐な言葉だなと思う。

 お兄ちゃんが何を言ってるのかわかってるのに、

 ドラマや漫画みたいなセリフを私は口にしている。


 陶器のような白い手を壊れない程度に強く握る。

 その指先がかすかに動くことでお兄ちゃんが握り返してくれているのがわかる。

 それほどに力は弱く、それが示していることに絶望する。

 何か言わなきゃ。

 何を。

 何かを。


「セリカちゃん」


 呼吸器の中でこもる精一杯の声に耳をくっつける。

 

「ボクね」


「うん」


「ボク、セリカちゃんのこと」


「うん」


「大好きだったよ」


 最後の輝きを振り絞るかのように柔らかい、優しい笑顔が咲き。

 散った。

 病院内には私ひとりになった。

 襲ってくるのは寂しさではなく恐怖だった。

 自分の魂の片割れを失って、どう存在したらいいのか。

 上も下も。右も左も。一歩たりとも、一息たりとも、どうしたらいいのかわからない。

 ゲームだったらここで終わるのに、終わらずに続いて行く。

 気が狂いそうだ。気が狂いたい。

 ベッドの上の現実に手を伸ばす。

 まだ暖かく、柔らかい。


「セリカちゃん」


 もちろん目の前のお兄ちゃんはもう喋らない。


「セリカちゃんってばぁ」


 もう目を覚ますことはない。


「あの、セリカちゃん、あの、あの、起きてよぉ」


 そう、セリカちゃんは目を覚ますことはない。

 こんなにいい香りの柔らかいお兄ちゃんがセリカちゃんであるはずがない。

 

「ダ、ダメだよぉ~」


 私の顔をいい匂いのする何かが撫でてこそばゆい。


「セリカちゃん!」


 気が付くとベッドの上にいるのが私で、

 私に組み伏すような形でお兄ちゃんが私の顔を覗き込んでいる。

 こそばゆいいい匂いは天使の証である金髪だった。

 とうとう来たか。

 とうとうお兄ちゃんがかわいい妹の全部を奪いに来るときが。


 思いのほか早かったな。

 もちろん365日24時間受け入れ態勢は整っている。

 私は何度も練習してきたとおりに顎を上げ、少しだけ唇を突き出す。


「セリカちゃん寝ないでよぉ! 目開けてよぉ~!!」 


 何という大胆な!

 目を開けたまま……こんな明るい部屋の中で!


「いいよ。お兄ちゃん」 


 お兄ちゃんの求めに応えられなくて何が妹か。

 私は宝石をほどこしたようなその碧い瞳をまっすぐ見つめる。


「セリカちゃん、あの、手ぇ」


 手?

 手を握り合いながらってこと?

 そうだよね。お互い初めてだもんね。そうだよね。


 しかし、私の手はすぐにお兄ちゃんの手を握りにいける状態ではなかった。

 

 お兄ちゃんのパジャマは捲りあがり、真っ白なお腹をぺろりと出していた。 

 客観的に言い直すなら、私がお兄ちゃんのパジャマを捲り上げ、真っ白なお腹をぺろりと露出させていた。

 私の手はそのパジャマの中を潜入捜査中だ。


「セリカちゃん、手抜いてくれるかなぁ~」


「…………」


「あ、あの、セリカちゃん?」


「やだ」


「え、えぇ~?」


「私は今ものすごく深い悲しみに包まれているの」


「う、うん。セリカちゃん寝ながら泣いてたからびっくりしてボクぅ」


「だからなぐさめて」


 体で。

 私はそのままパジャマの中の手をさすりあげる。


「セ、セセセセリリリっ……!」

 

 叫ぶより先にお兄ちゃんが唇をかみ込んだ。

 同時に私の両方の親指がなめらか高原の先で小さな小石にひっかかっていた。

 この感触は二度と忘れてはならない。


 ちなみに先週末にお兄ちゃんは無事退院した。

 二週間足らずの入院だったが、かわいい妹もできた。

 ここから私の人生バラ色超特急物語だ。

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