スペーストラベラーズ。
十分かそれくらいか、幸せな未来からふと現在にもどってくると、私と一緒に希海ちゃんの寝顔を眺めていたはずのお兄ちゃんも長いまつげを揺らしながらうとうとし始めていた。
「お兄ちゃんも少し寝たら?」
「でも、せっかくセリカちゃんが来てくれてるのにぃ……」
「私のことは気にしなくていいから」
「ううん。ボクもセリカちゃんとお話ししたいからぁ」
かわいい顔して、かわいいことを言う。
この部屋に二人きりだったら、とっくにそのさくらんぼ唇を塞いでいるところだ。もちろん私の唇で。
しかし、その唇が開き、再度咳き込んだところでいかんいかんと我に返る。
お兄ちゃんは病人なのだ。
「大丈夫、晩御飯の時間まではいるつもりだから」
「うん。じゃあ、ちょっとだけ寝るねぇ」
そう言って、優しい笑みを残して天使は目を閉じた。
まったくもって、寝る瞬間まで完璧なんだからまいってしまう。
やがて薄く開かれた唇から、すうーすぅー寝息が聞こえ始める。
希海ちゃんとお兄ちゃんの寝息が交互に混じり合う。
静かで清らかで美しい音色。
この音を録音してヘッドホンで聴くだけで、どれほどの不眠が解消できるだろうか。
そしておそらくこの二人の口からはCO2は排出されていないに違いない。
美少女は環境にも優しいのだ。
何というミュージック&エコロジー。
ああ、もう本当に私も二人の間で眠りたいよ。
と、思ったところで私はふと気づく。
目の前に眠っている美少女と美少女。
それを見つめる私。
この部屋にはそれしかない。
この世界にはそれしかない。
私はこほんとひとつ咳をする。
そして念のために、今度は二回続けてこほんこほん。
大丈夫、ふたりともぐっすり眠ってる。
対象が認識していなければ、それは犯罪ではない。
そこには被害者も加害者もない。
まずはゆっくりと布団の間に手を滑り込ませると、それをゆっくりと持ち上げる。
布団の中と外の温度の急激な変化に気を付けて、ゆっくりゆっくり。
そしてできた布団の隙間に自分の鼻を突っ込み、大きく息を吸う。
…………お花畑。
二種類のボディソープと美少女特有の甘い汗が絶妙に混じり合った香り。
この香りがあればどんな宇宙空間でだって生きていける。
宇宙研究の最先端がここにあるよ!
そんなことを思いつつ、更なる宇宙、布団の奥の隙間へと頭を突っ込む。
静かで温かくて気持ちがとろけるような感覚。
人は皆、死んだらここに来るのかも知れない。
更なるスピリチュアルを求めて、私は頭を少しずつ奥へと入れる。
鼻先が柔らかい感触に当たる。
これは銀河第十二惑星、オシリだ。
しかもこの肌感触を私は知っている。
これはオシリを優しく包みこむ大気、パンツである。
希海ちゃんのめくれたスカートの感触を右頬に、パンツ越しのおしりの柔らかさを左頬に。
もう勇気りんりんである。
生きててよかったし、ここを死に場所に選んでも構わない。
そんなことを思っていると左頬の感触に押しつぶされそうになる。
希海ちゃんが寝返りを打ったのだ。
これはまずいと逃れようとしたが、判断が一瞬遅れた。
そのために、私はさらに追いつめられることになる。
お尻とベッドに顔を挟まれて身動きが取れない。強引に抜いたら希海ちゃんが目を覚ますかもしれない。
そうなったら、お兄ちゃんも目を覚ますだろう。
そしたら、この状況を何と説明しよう。
このままずっとこうしていたい環境で、このままではまずい状況に私の脳は混乱している。
しかし、お尻というのはあれだなと思う。鼻を突っ込むために割れてるのだなと。
希海ちゃんの小さな隙間に私の鼻がジャストフィットなのだ。
先ほど、これさえあれば宇宙でも生きていけるといったが、さすがにそれは無理で息が苦しくなってくる。
先ほど、ここを死に場所にしても構わないと言ったが、本当に死ぬかも知れない。
かわいい女の子のお尻で死ねるなんてこれ以上ない幸せだけど、これ以上ない醜態だ。
どうせなら最後はお兄ちゃんのお尻で死にたかった。
死ぬ前にお兄ちゃんの唾液をコップ一杯飲みたかった。
お兄ちゃんの唇いっぱい舐めたかった。
お兄ちゃんのお兄ちゃんによるお兄ちゃんのための……私!
強い意志で意識を取り戻し、どうにかこうにか少しずつ希海ちゃんの小さなお尻との摩擦を最小限にずらしていく。
間違いなく言えることは、私が今、世界で一番希海ちゃんのお尻に関して詳しいということだ。
希海ちゃんのクラスの男子が知ったらあまりに羨ましくて失神するだろう。
そんなことを思ってほくそ笑んでると、外界――つまり布団の外で大きな音がした。
ドアの開く音だ。
「セイラ―?」
失念していた。
買い物に行っていたお姉ちゃんの存在を完全に忘れていた。
お尻の感触から、希海ちゃんが目を覚まそうとしているのがわかる。
私はそのどさくさを利用して一気に顔を布団から引き抜く。
目の前には希海ちゃんの少し寝ぼけた顔。
「あんた」
「なに?」
「サイテーやな」
すると、その隣で目を覚ましていたお兄ちゃんが、
「セリカちゃん!」
その声に私は未来の明るい家族計画の破たんを覚悟する。
「ち!」
お兄ちゃんの単語に意味がわからないでいると、ベッド脇まで来たお姉ちゃんが、タオルを私の鼻に押し付けてふき取る。
タオルに伸びる赤い色。言わずと知れた鼻血である。
「セリカちゃん、顔真赤だよぉ!」
「ああ、えっと……」
「ボクの風邪がうつっちゃったのかも……」
「いや、あの、これはですね……」
ベッドに頭突っ込んで希海ちゃんの尻を嗅いでたとは言えるわけもなく、かと言ってお兄ちゃんの風邪がうつったとも言うのも後ろめたく困っているうちに、お姉ちゃんに引っ張られ往診することになった。
もちろん体のどこにも異常はない。
私が患っているのは心で、病名は重度の恋なのだから。




