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紙上史  作者: こーりょ
3 手がかりを追って
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66/100

3-18 距離感

 手持ちのお金を広げ、数えながら買うべきものをリストに上げる。


「……安いものを選んでいけばギリ足りるって感じかな」

「そうだな、別に繰り返し使うわけじゃないし、問題ないでしょ!!」


 まだエリギでは朝市の行われている時間帯、二人が今いるのは、もはや懐かしさを感じる港町ブラウの借り屋だった。

 潮の香る独特な雰囲気に懐かしさから気分が高揚するのを感じつつ、津島は椅子から立ちあがる。


「そうと決まったら早速買いに行こう、空」


 新しい一日とともに生活をスタートさせた明るい人達が、市場で手を叩きながら客を待ってるだろう。うきうきとしたその様子に、空も小さく笑いながら立ち上がる。空も空で、久しぶりの市場を楽しみにしていた。


 港町ブラウが観光地たる所以である市場。海市は広い土地に数えきれないほどの店があり、服屋や食品店の数もそれだけ多い。

 二人はそんなブラウの市場で、始まりの樹への旅に向けて必要なものを買い揃えるつもりでいた。テントなどの道具は、以前このブラウから狩猟民族の集落エリギへ向かう際にフォーンから借りたものがある。買うものは薬や食料といったものだ。

 同じ市場の中でも売値は店ごとにまちまち。店を選べば大幅に節約することが可能なはずだと、空は気合をいれるように腕をまくりあげた。


——というのが、一日前のこと。

 半日でエリギへ帰るつもりが二日間費やしての買い物となってしまったが、その分使用金額はもともと使う予定だった金額のおよそ半分に抑えることができた。


「あれっ! カズくんじゃないの? 最近全く見なくて心配してたんだよー」


 そんな明るい声が津島と空の背中にかけられたのは、市場を出た二人がぽぽーんのギルド拠点へ歩を進めている時だった。この二日間で再び借りた家の、鍵を返すためだ。

 突然現れた薄手のシャツにポニーテールという、快活さを前面に出した女性にぽかんとする空の隣で津島がぺこりと頭を下げる。


「あ、こんにちは!ええと、お久しぶりです」


 それは津島が以前よく通っていた八百屋の一番若い店員だった。これはこれはと頭を下げ返すと同時に、彼女は津島の背後に立ち尽くす空へ目を向ける。


「おや、おやおやおや?? 後ろのそのアホ毛はまさか!! ぽぽーんに新しく入ったという子じゃない!? 名前なんだっけ。いやはや、カズくんの同居人がぽぽーんの新人って噂は本当だったんだあ。……あっ、と。そうだよカズくん、今までどこに行っていたのさ! 大分長いこと見ていなかったけど」


 わたわたとそう話しかけてくる女性に、津島は苦笑いを浮かべる。まさかその空が神様だと疑われていたので逃げました、と正直に言うわけにはいかない。

 しかし空の名前と容姿は、ぽぽーんに新しく入れたということで既に街中に広まっていたようだった。ランクが高く入団希望者も多いはずなのに新入団員を一切入れようとしていなかったギルドなのだから、その注目度は一層だろう。

 言い逃れを考えながら、少し疑問に思う。なぜ空は受け入れられたのだろうか。


 そこで津島を遮るように、空が茶色のアホ毛をぴょこりと揺らして前に出た。


「初めまして、お姉さん!! 俺が無茶言って、修行の旅に付き合ってもらってました!!俺まだまだ弱いから、強くなりたくて。

 ごめんなさい、挨拶周りとか一切考えずに出発してしまって」


 そこで津島は初めて空の態度の差に気がつく。それはこの港町ブラウで最初に顔を合わせたときの態度そのもので、ここ最近津島に見せているものとはまるきり別だった。今まで些細なことで見せる顔に「おや」と思う事は多々あったが、それ意外の場所は本当にわずかな変化であったから気がつかずに居た。思わずつばを飲む。ぞっとしたが、なぜか少しだけ嬉しく感じている自分も居た。


「——ジェスちゃんも心配してたよ? 本当にいきなりいなくなるんだから。戻って来たこの機会に、会いに行ってあげたら?」


 ふと聞こえた友人の名前に我に返る。

「マジですかー! お姉さん、ありがとうございます!! ひととおり用事が終わったら行く事にします!」

「いーえ。じゃあ私はここらで。早く戻らないとお昼ご飯が他のみんなに食べ尽くされちゃう!」


 バーイ。と手を振りながら店を出て行くポニーテールへ、津島はあわててぺこりと頭を下げた。隣で顔を上げた空が首を傾げる。


「だれ? 今の。市場の人?」


 唐突に下がった声色へ、自身の憶測が間違えていないことを確かめながら津島は答える。


「あの人は、空がぽぽーんで頑張っていた時期に、自分がよくお世話になっていた八百屋のお姉さん。ジェスの家の畑とも繋がりがあるみたいで、よくまけてくれたんだ。それにしても空、あなたのその態度の差って」

「態度の差ってなんのこと?? そんなことより」


 そう言いつつ空は軽い足取りで荷物を背負い直した。


「俺もお腹すいたよ! さっさと鍵を返して帰って、エリギに戻ろうぜ!!」


 笑うその顔はやかましい空のもの。津島はそんな彼に驚き背中を追いかける。一体さっきまでの話の何を聞いていたのか、呼び止めるためポンチョを引こうと手を伸ばす。


 しかしそれは叶わなかった。手が肩に触れるか触れないかの瞬間、その身体が大きくよじられたのだ。まるで、すべてがスローモーションになったようだった。

 突然の動きに大きく揺れるポンチョ。そして空の肩から弾かれた自身の手へ津島は息をのむ。


「え……」


 信じられないという声に視線を上げる。振り払われた津島ではなく、振り払った方の空が出した声だった。


 勢い良く身をよじったことでバランスを崩しながらも津島と向かい合った空は、わかりやすく動揺を映し出す瞳で津島の目を見る。互いにぱちりと合った目に動きをとめた。人が二人を避けるようにして流れていくのを感じながら、空は視線を地面に落とす。


「……ごめん。わざとじゃない、から」


 そう震える声だけを残して踵を返す。海から反対の方向へ、ベニヒから借りた家がある方向へ。

 まさか拒絶されるとは思わなかった津島の中から、その背中について行くという勇気どころか選択肢も無くなってしまった。人ごみに飲まれ見えなくなってゆく空の背中を、愕然と見送る事しか……


「あーっ、もう! なんでついてこないんだよ!! お願いだから……ちょっと」


 見送る事しかできないと感じたその背中は、人の流れに飲まれながら津島の元へ引き返し、津島の袖をぐいと引いた。手でも手首でもなく上着の袖を。

 引き返してきてくれた。その事実へわずかに薄れる動揺。引かれるがままに歩をすすめながら、津島は必死に言葉を選んだ。


「ご、ごめん。嫌われたかと思った」

「……そんなわけないし、今のは俺が悪いし」


 顔は見えないが、声のトーンから察するにどうやら空は相当に凹んでいるらしい。原因は分からなかったが、凹みたいのは自分の方だと言いたい気持ちを抑えて津島は小さく笑う。


「笑うなよ……。さっき、呼び止めたのはなんで? なにか言いたい事があったんじゃないの?」


 機嫌を伺うような口調に、津島は言おうか言わまいか迷いつつ、小さく口を開く。

「ジェスの挨拶は行かないのか聞きたかっただけ。自分はさっきお姉さんに言われて、お弁当のお礼もしたかったことを思い出した……から。あまり気にしなくていいけど……」

 普段より数段小さな声に空は唸りながら頬をひっかく。

「やっぱり相当お世話になったのに挨拶を端折るのは失礼に当たるよなぁ。じゃあ、とりあえずこの買ったものたちを一度ベニヒさん達の家に置いてからで……」

「あっ、うん。そうだね。持ったまま行くのは少し重たいし」


 ぱっと顔を明るくして頷く津島に、空もどこかほっとしたような、小さな笑顔を浮かべた。


——そういえばいつだっただろうか。

 理由もなく軍人を怖がり、家へ帰りたがる自分に空は、別に謝る必要はない。と、そして不安はできるだけ取り除いた方が良いと、言ってくれたときがあった。


「え……それってここに来てからすごい序盤じゃない???」


 軽くなった肩で、二人はブラウの門をくぐり草原へ出る。ジェスの家は街の外。かつては毎日通っていた草原だ。人一人居ない草原の中、簡単に舗装されただけの頼りない道を、懐かしさと共にのんびり歩く最中。津島は頷く。


「うん。すごく最初。まだ、フォーンさんとも知り合っていなかった頃だよ。あとはついこの間。津島は津島だって言ってくれた」

「お、おう……言ったけど……」

「生きていて良かった、無事で良かったとも言ってくれたよね」

「……何が言いたいの???」


 本格的に分からないと言うように眉間をよせる空の目を、隣の津島は真っすぐと覗き込む。


「あの言葉は全部本物だと信じても良い?」

「……はあ!?」


 気の抜けた声が、空の喉から飛び出た。

 普段津島は人の目を見る事が得意じゃない。しかし今回ばかりは視線をそらすわけにはいかなかった。目は口ほどに物を言う。空もその心中に感づいたか、目をそらさずに立ち止まった。


「……確かにさっきはぼんやりしすぎてた。人の多い市場なのだから触られる可能性なんてあって当然なのに。信用を失っても仕方が無いことをしたって、思ってる。ただ、津島だってそう人にべたべた触るような人じゃないから、どこかで大丈夫かなって思ってたんだ。ごめん」


 そしてもう一度、目を伏せる。

 空に合わせて立ち止まっていた津島は、今まで見たどの表情にも当てはまらないその顔に生唾を飲んだ。津島はただ、本心から言ってくれた言葉なのかを確認しようとしただけで、空に深刻な顔をさせるつもりは一切なかったのだ。

 まさか真剣に受け取って、本心からの言葉で返事を返してくれるとは思わなかった。普段の軽い調子で本心でもそうでなくても「本当だよ!!」と言われるのを予想していた。


 空は、ついに言葉を選ぶのをやめ口を開いた。


「今津島が言った言葉は、全部俺の本心だよ。津島は津島だし、津島が不安に思う事があるのなら逃げても構わないとは今でも思う。踏みつぶされた時はどうしようかと思った。生きていてよかったし、これから先も無理はしないで……死なないでほしい。本当に思って言った言葉だ。難しいかもしれないけれど、信じて欲しい」


 なんだか聞いた方が恥ずかしくなってきた。どういう表情をすればいいのかわからないまま、空に頭を下げる。


「……ありがとう。ちょっとでも疑ってしまって、ごめんなさい」


 これ以上の言葉が見つけられなくて、二人の間が無言になる。

 すこしの間、そうしてただ立ちほうけていると、空が「行こうぜ」と小さく言って先を歩きはじめた。


「俺さ」


 あとから慌てて歩きはじめる津島の耳に、先を歩く空の声が入る。言うのを躊躇うようなすこしの間のあと、空は言葉を続けた。


「人に触るの、苦手なんだよ」


 それに津島は内心で呟く。「知ってた」と。そして、「別に言わなくてもよかったのに」と。


「そう……なんだ。空って近いように見えて案外人との距離感広いもんね」

「あちゃ。やっぱりバレてたか。つい反射でさ、手は克服したんだけど。だからごめんな、さっき。別に津島が嫌だから振り払ったわけじゃないんだ」


 そう言いながら空は津島に左の手を差し出した。意図する事を察して津島も自身の左の手のひらを差し出す。

 上下に三回振られ、ぼんやりとこの世界へ来てすぐの事を思い出した。ぼそり。と、口の中だけで言葉を吐く。


「別に自分が嫌われても、それは仕方ないことだと思うけど」

「津島は、いつから感じてた? 距離感のこと」


 手を握ったまま今度は空が津島の瞳をまっすぐと見た。津島は反らすことなく、今度は聞こえる声で応える。


「結構わかりやすかったよ。でも確信を持ったのは、自分の事を本当は津島って呼んでた所だから、平原で踏みつぶされた時かな。この人は、表面上は仲良くしていても心の中では実は距離を置いてるんだ。って思った」


 だからどう感じたか、今それをいうのは野暮だろう。


「人に触るのが苦手なのに、エリギではおんぶまでして連れて帰ってくれてありがとう。お手数おかけしました」

「いえいえ。あの時は 無理しやがってこの野郎! って気持ちでいっぱいだったし。気にすんなって!」


 そう言って空は笑った。その顔にさきほどまでの凹んだ様子は無いことを確認し、津島も笑う。


「よかった。もうジェスに会っても大丈夫そうだね」

「えっ、何が??」

「いつも通りのうるさい空の顔が戻って来てる。さ、いこ。お腹もすいたし、早く帰りたいよ。ジェスは元気かな?」


 そう言って津島は、そっと空の手を離し先頭に立つ。

 人と距離感を置いてしまうその理由に関しては、今はもうどうだってよかった。人に触るのが苦手だと、空の口から聞けただけで満足だった。

 自分の表情は大丈夫だろうかと、緩む顔に必死に力を込めた。

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