3-16 護衛依頼
お茶を淹れなおし待つこと少し。家の扉がふたたび大きな音をたてて開かれた。扉から入ってくるささやかな冷気とオレンジ色の髪。
「戻ったわ」
彼女はその短い言葉とともに、後ろに連れた男を中へと促す。
「あら? エグバリーさんじゃないですか!!!!」
「カズ、ソラ。邪魔する」
「お二人はお知り合いだったんですか!?」
目を丸くする空に、ロユはソファーへ座りなおしつつ鼻から息を吐いた。
「ええ、まあ。ここに住んでる人達は皆が皆知り合いっていうしね」
「それは確かだが……それ以外にもロユとは長い付き合いなんだ。こいつがここに別居を買ったのも、こいつが失恋してピーピー言ってたときに俺が……」
「だーっ!! あーあーなにも聞こえませーん。誰が失恋ですか誰が! あの子は友達!」
「あれから会いに行ったのか」
「はぁ?? 会いに行けるわけないでしょ!? ……じゃなくて。今日はこんな話をするためにここに来てもらったんじゃないの。エグバリーはどこをほっつき歩いているか想像ができないからなかなか見つけられないと思ったけど……すぐそこでふらふらしていてくれて助かったわ」
「徘徊老人みたいな言い方やめろ。用事ってなんだ」
「似たようなもんじゃない。正式な護衛の依頼をしたいのよ」
「はー。相変わらず突然だな」
二人は相当に気の置けない関係であるらしい。遠慮のない話ぶりなどから、空や津島にも察する事ができた。
「あの!! お二人はどういう関係なんですか??」
学者と狩人。性格も違ければ、みたところ年齢だって十以上離れている。街中で並んで歩いていたら少々犯罪的に見えてしまう組み合わせである。馴れ初めが想像もできない。そんな空の問いになにやら言葉を選びつつ鼻から息を吐いたのはシフォー・カロユだった。
「……あたしの姉の弟子だったのよ、エグバリーが。世界学に精通しているお前の姉を紹介して欲しい。って頼まれて紹介をして、その流れであたしとエグバリーも仲良くなってって感じね。家でこいつが姉からものを学んでいる姿をよく見かけたわ」
「カロユの姉……シフォー・メリユは、ロユがまだ世界学に触れていない頃に世界学の研究をしていた。その頃のカロユは世界学に一切興味がないどころか嫌っていたのを覚えている」
空が首を傾げる。
「前に……ということは、エグバリーさん、今はかじっていないんですか??」
「世界学は神学に並んで関係者が腐りきっているからな。メリユが姿を消し、カロユが後を引き継いだすぐの頃。カロユの発言は全て、この小さい見た目から幼子の妄言とあざ笑われ相手にされなかった。それだけでなくメリユが頭を振り絞って見つけた仮定の半分は、関係者が自らの手柄として盗み、勝手に名前を書き換えた。そういうの前にして学問と向き合ってゆくのは胸くそ悪いだけだと思って身を引いたんだ」
「でも、パナーダの資料館にはよく行くんですね」
津島の言葉に、エグバリーは少し動きを止め、苦笑いを浮かべた。
「……ああ。興味が無くなったわけではないからな。そういうのもあってカロユの調査を護衛することがときどきあったが、コイツは注文が唐突すぎる。今回だってそうだ」
エグバリーはそう言って、短くため息をつく。ロユが足を組み替えながら肩をすくめた。
「身を引いた理由、今初めて聞いたわ。ちょっとビックリしてる。でも、そもそもエグバリーは学者に向いていなかったのよ。理解も吸収も応用も嫉妬したくなるくらい早いけれど、それを外にアウトプットするのがビックリするほど下手くそなんだから。
まあ、でも姉の紹介の話を持ちかけられたきっかけは…………」
シフォー・カロユは、ここで言葉を切って目を閉じる。その合間でエグバリーが隣に腰を下ろし、ロユのお茶を飲み干した。
「学舎時代の同期だったのよ、あたしたち。同い年な上、人付き合いにさほど重要さを感じていなかった者同士ということで一緒にいてもとても楽でね」
あたしの記憶が間違っていなければだけれど……。と呟くシフォー・カロユは、固まる津島と空をよそに話を続ける。
「で、護衛の話だけど」
「……えっ、ちょっと待って」
「空、どうかした?」
「同い年? 二人が???」
「ええ、そうよ。おどろいた?」
驚かないわけなかった。
シフォー・カロユの見た目は、顔つき含めすべてが幼い。そんな背丈130程度の少女が、地球基準に換算して約30歳程度に見えるエグバリーと同じ年齢だというのだ。見た目詐欺にも程がある。
いや、もしかしたらエグバリーが若いのかもしれない。基準をどちらに置くかで話は変わってくるが、エグバリーは二人の弟妹が居る。ということはあの二人も小学生程度の年齢と考えて然るべきなのだろうか。
完全にパニックに陥る津島の隣で、空が息を吸い込んだ。
「お二人が同い年だとは思ってなかったです!! ごめんなさい。今まで敬語とかなんもつかわずに話してました!! どうりでしっかりしてると思った」
「チオリにも同じ事を言われたわ。ややこしくてこちらこそ悪かったわね。変な家系でどうも体の成長が遅いのよ。だからって喋り方とか気にしないで、嫌だったら勘違いしている時でも訂正してもらうし。話を戻しましょう。エグバリー、嫌そうな顔しないでメモって」
年齢の話で驚かれていることに慣れているシフォー・カロユが戻した話題に、エグバリーはわかりやすく嫌な顔をした。
「今回はなんだ」
「世界の接点である可能性がある場所へ調査をしに行く。場所は鉱資源の街からルベルグの山へ。ジェデグナ砂漠を抜ける最短距離で考えても結構かかるでしょう。道中戦う事もあるだろうから、ヘルプ五人以上は欲しい所なの」
普段妹や弟の前でも仏頂面のエグバリーだったが、シフォー・カロユを前にすると少しばかり表情がわかりやすくなるらしい。面倒に思う気持ちを隠さない彼は、メモを取り出す事もせず口を開く。
「五人……多くないか。ソラは戦えるんだ。三人くらいでいいだろう」
「念には念をって言うじゃない」
「じゃあ、あとは他にオレとチオリと……治療技術のあるのが欲しいな。ミヨは?」
「トッペスはダメなんじゃない? あんたの弟と仲悪いじゃないのよ」
「どうせくだらん意地の張り合いが原因だろうが……。でも確かに奴も奴でいそがしいようだからな。あまり期待はできないか」
唇を人差し指と親指でぐにぐにと揉みながら、エグバリーは考える。空と津島が顔を見合わせるのをよそに、ロユは人差し指を立てた。
「メリィはまだ難しいの? あの子、攻撃ができない分、治療系がんばってたらしいじゃない」
「少し危ないが……良い経験にはなるかな。聞いてみる。あとは、フォーンにも声をかけておくか。ソラとカズも知っている人の方がやりやすいだろう」
「お願いするわ。出発までは……十日あったら準備できる?」
「余裕だ」
「カズ達はどう? いろいろ揃えるものがあるから、お金が使えるブラウに一度戻ってもいいかもしれないんだけど」
「も、戻っても大丈夫なんでしょうか。 一段落つくまで戻ってくるなって言われたので……」
「一段落? そうね……神様の居場所を調べる方法なんて聞いたこともなかったから、どれくらいかかるか想像もつかないわ。ちょっと待っていて。あたしが直々に聞いて来てあげようじゃないの。行く顔がそろったら、作戦会議やりましょうね」
足元のきつね、インピィを抱え込みさっと立ち上がるロユ。決めたら行動に移すのが驚くほどに早い。完全に置いていかれてしまったエグバリーは小さくため息をついた。
「本当に行くのか? お前ら、カロユにいいように乗せられたとかじゃなく……」
「元の世界に戻る手がかりがつかめるのなら、なんだってやろうって思ったんです」
応えたのは空だった。
「危ないかもしれないけどエグバリーさん達や、ロユみたいに力を貸してくれている人が居るんですから、多少無茶したって守ってもらえるかな……って思って」
「……うーん。そうやって頑張るのはいいが」
エグバリーは立ち上がりつつ一息。
「自身の力を見誤って死ぬことはないようにな」
お茶、ごちそうさまでした。と言い残し、エグバリーも二人に背を向ける。
最後ちらりと残された鋭い目線に、津島は息が詰まるのを感じた。




