3-11 ぶきっちょの精一杯
「こんにちはー!!」
天が暗くなりつつある夕方。
昨日と同じく、家の隣の小屋でダチョウに良く似た魔物がぷーぷーと鼻提灯を膨らませている横で、津島と空はターナ家の扉を叩いた。
「はいはいはいはい待っとったでーーーーー!! 上がって上がって!!!!」
扉の前で待ち構えていたのかと思いたくなるような早さで内側から開けられた扉にデジャヴを感じつつ、二人は礼を言って家へ上がり込む。北海道の二重扉を連想させる入り口を抜けて、温かなリビングで二人はチオリの顔を伺った。
「もうはじめてしまっても……?」
おずおずという言葉がぴったりな様子の津島。それに対し、チオリは満面の笑みでエプロンを差し出した。
「お願いします、セーンセ!!」
昨日の約束通り一品おかずを作る。主食はすでに用意されているようで暖かい匂いがキッチンやリビングに充満していた。
そんな中に、玄関の開く音が混ざりこむ。チオリの視線の真ん中で鶏肉の皮と格闘していた津島は顔を上げた。ひょっこりリビングに顔を出したのは黒いコートを着込んだエグバリー。上下ともに黒で統一されたその姿に、金色の長髪はよく映える。
「もう来てたのか。間に合わなかった」
小さく呟く彼の手には少々大きめの手提げが握られている。リビングに隣接したダイニングのソファーに手提げを置いて、コートを脱ぎながら彼は口を開いた。
「朝も感じたが、今日寒くないか」
「せやなあ。今日はトクベツ。 半袖のカズくんとソラくん見るとこっちが寒いくらいで」
両腕をさするチオリに、空が苦笑した。
「ブラウで買った服が暑期用しかないんですよ!! だから、自分で交換できるものができたら一番に上着を手に入れようとは思ってます!!」
やっぱり空も思っていたらしい。津島も同感の意味を込めてこくりと頷く。寒いのは感じていたが、布団を肩からかぶって外にでるわけにもいかないし、言った所でそれが緩和されるわけでもないのだ。すると、エグバリーがそんな津島と空の顔を見て小さく口角を上げた。その視線に空の肩が大きく跳ねる。
「なんですか!? なにか俺ら、いけない事しちゃいましたか!?」
「そんな怖がらなくても……。確かに目付きは悪いってよく言われるが」
拗ねたように唇をとがらせるエグバリー。するとそれにチオリ・ターナが吹き出した。
「堪忍な! この顔生まれつきらしくて……結構気にしとるんよ」
「ムッ、笑うなよ」
「だって仕方な……あ痛ぁ!! なにすんねん!! 叩くことないやろ!」
「叩いてない」
そう言ってエグバリーは舌をベッと舌を出してみせる。その兄の行為に、チオリは持っていたメモを放り投げた。ばたんばたんと、リビングが急に騒がしくなる。二人が脇をくすぐりあい始めたところでメリィがお勤めから帰宅し、大きな声が家に響いた。
「なにやってんの!! 客人の前で良い年して!!!」
顔を赤くしながらの大声に、エグバリーとチオリは飛び上がって互いの服から力を抜いた。
————
「グラタンです! これはたぶん食べたことがあるかなって思ったんですけど、今日の朝市でチーズの存在を知ったので使いたくなっちゃいました!!! チオリさんの焼いていたパンの味に合うように、いつも使わない調味料を少し入れてみたので一緒にどうぞ!!」
テーブルに並ぶ、ほっかりと湯気をたてるグラタンと、隣に並ぶ色とりどりのサラダ、そしてパン。おそらく三十分後には綺麗に食べ尽くされているであろうそれは、自然と皆の食欲をそそった。食事のはじまりを告げる挨拶と共に、五人は勢いよくグラタンへスプーンを伸ばす。
津島の予想通りに皿は見事に空っぽになった。それらを全て片付け、リビングのソファーに勢い良く腰掛けたメリィ・ターナは背もたれに全身を預ける。
「あ〜〜。んまかった」
リラックスしきったその声とともに足を前方へ放り出す彼女へ、チオリは大きなため息をつく。
「だらしなあ。せやから彼氏できんのや」
「うっさいなあ。いつまでも兄とくすぐりあいっこするような子に言われたくありませーん」
「あれはわたしの所為違いますし!! そら! せめて背もたれにお尻くっつけて」
「おぼっちゃまは手厳しいこって、も〜……」
髪をぐしゃぐしゃにするメリィのその言葉に、チオリは眉間に皺を寄せた。
「メリィ、飲んどらんよな?」
「何言って……あっ」
メリィはそこで背筋を伸ばし、リビングのテーブルで目線を遠くにやる津島と空を視界に入れる。
「忘れてた。まだ二人帰ってなかったんだった」
「だ、大丈夫ですよ。見てないですから!! 彼氏できないとか聞いてないですし……!」
「馬鹿! 津島、そういうのはフォローになってないって!! なにも言わないのが一番なんだよ!!」
慌てながらの気遣いにメリイは頭を抱え、同時に視界に入ったものへピタリと動きを止める。
「ねえ、この手提げ、二人の?」
それは、食事前からソファーに置かれていた大きい手提げ袋。チオリが、空の隣でお茶を啜るエグバリーに視線を向ける。
「これ、兄貴のやないの? 部屋に持って上がったら??」
「いや、それは俺の為に代えてきたんじゃない」
彼は金色の髪を揺らして椅子から立ち上がり紙袋を受け取ると、その中身をリビングのテーブルの上に置いた。薄い紙で二つに分けて包まれたそれらは、なかなかに厚みがある。
エグバリーの行動の意味が分からず津島と空が動きを止める中、仏頂面の彼は息を吸った。
「開けてみて。きっと似合う」
————
「キャーーー!! 良い! 暖かそう!!!」
それまで無音だった部屋にメリィの歓声が響く。その視線の真ん中で立ち尽くす津島と空は、先ほどまでの季節外れな格好とは一転、空はベージュを基調としたフード付きのポンチョを、津島は下の方に行くにつれふんわりと広がり、お尻が隠れる程度の丈がある紺色の上着を身につけ、ともに暖かそうな身なりとなっていた。
メリィの隣で、チオリが顎に手を当て小さく唸る。
「確かに二人の格好寒そうやったからええプレゼントだとは思うけど、そのプレゼントをするのがエグ兄になるとは思わんかった……。まさかまだこんな優しい温情がエグ兄にも残ってたなんて……って、ちょいちょいエグ兄。どこ行く気や、つっこんでよ」
「部屋だ、部屋。渡すもの渡したし寝る」
リビングから出て行こうとするエグバリーの、その真っ赤な耳に、チオリはニタリと口角を上げる。
「ええやん。まだ寝るには早い時間やろ。せっかく二人のために代えてきた上着、二人が着てるとこ見いへんの?」
「うるさい。俺は疲れたんだ!!」
チオリの制止を遮るように音を立てて閉められる扉。
大きい足音が廊下を進み、リビングから離れて行くのを聞きながら津島は俯く。
「よ……よかったんでしょうか。やっぱりこんなしっかりした上着を頂くのは申し訳ないです」
「なーに言ってんの。あのエグバリーが人のために代えてきた上着なんだから、二人が着なけりゃ意味ないっしょ。わたしたちは自分の上着持ってるからこれ以上いらないし、遠慮なんてナシナシ」
「エグ兄、人にプレゼントなんて慣れないことするから照れてるんよ。ほんと不器用やわ……もうちょっといい渡し方もあったろうにねえ」
ケラケラと笑うメリィとチオリに、空と津島の頬が緩む。寒さに耐えるのも限界だったというのが確かなところだ。先日の狩猟中も体が温まるまでは時間がかかったし、それまでは大きく腕を振り上げるのにも勇気が必要だった。エグバリーはそういうところを見かねて上着をくれたのかもしれない。
「今お部屋に礼を言いに行ったら怒られますかね??」
「いやー。怒りはせんと思うけど、恥ずかしさで爆発しちゃうかもしれないし部屋も汚いから明日以降にしたって。。今日はもう帰り、明日もあるからね」
今日はありがとう。という言葉とともに軽く振られる手に、津島と空は顔を見合わせ、素直に頷いた。
見送る視線に「明日もまた来ます」と言い残してターナ家を出る二人。
鼻の奥をそっとつつくような新しい香りと共に体を包んでくれる上着が温かくて、緊張していた心がやっとのことほぐれていくような気分になった。




