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紙上史  作者: こーりょ
3 手がかりを追って
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3-8 呼び笛と類似点

 焼きたてのパンに挟まれたハムと木の実。木の実の独特な香りに引き立てられたハムは、肉厚で噛み切りにくい。

 そんな少々重ための朝食を終えた二人は、包み布などを綺麗に畳みなおしたのち間を開けずに家を出た。


 目的は集落のはずれのこじんまりとしたログハウス。

 途中で出会った集落に住む少女の案内によってたどり着いたそこで、空は大きく息を吸い込む。


「ロユ!! おはようございまーす!」


 そして二度、扉を軽く。しかしその扉を開けた見知らぬ少年に、空は首をかしげた。


「あれ? 家まちがえちゃったかな」


 毛先だけを茶色に変色させた黄色い髪。見た所ロユとほぼ同い年だ。十歳程度で、ラフなシャツと膝をなんとか隠せる程度の半ズボンを身につけている。この時期には少し寒いんじゃないかと津島は思ったが、自分自身があまり人のことを言える服装でないことを即座に思い出した。

 少年は空と津島を視界に入れたとたん、花が咲いたような笑顔を浮かべる。


「間違えていないよ。僕は君たちを待ってたんだ! さあ、上がって」


 少年はとてつもなく早口だった。耳を高速で通り抜けてゆく言葉をなんとか聞き取り、二人は礼を言う。

 シフォー・カロユの兄弟かなにかだろうか。どこかで見たことがあるようなきがしたが。と津島は頭を必死に動かす。


 上がった部屋は、花の街メーの家とはまるで正反対に片付いていた。

 数冊しかない本は棚に立てられ、筆記用具は引き出しに種類別にしまわれている。

 キッチンにも最低限の調理器具が並べて置かれているのみ、そして部屋の中央に置かれた机の上の書類も、ファイリングされ一つにまとまっている。


「足の踏み場がある……」


 そう感嘆の声を上げた津島に男の子は声を上げて笑った。


『確かにメーの部――てる人――ら、驚きだよね!! それに……』

「悪い、あのさ!!!」


言葉の途中で、空が口を開く。

 それに男の子はぴたりと喋るのをやめて、大きな黒い瞳で空を見上げた。

 視線を受けた空は膝を折り男の子に視線を合わせる。


「少し聞き逃しをしてしまったから、もうすこしゆっくり喋ってもらえないかな!!!! ごめんな!!」

『ああ。ごめんよ。僕、早口で喋るのが癖なんだ。いつもロユにも何言ってるかわかんないー!!って怒ら――んだ。――ユは――に整――――……』

「ご、ごめん……あの、もう一度……」

「何言ってるかわからないと怒られることが多いんだ、ロユにもね。世界学者だなんて偉そうに言っているけど向こうの部屋はひどいものでさ。整理整頓が下手でガサツで怠け癖の塊だから……ですって。ひどい言いようじゃない」


 突然入った通訳に津島と空は顔を上げる。そこには丁度外から戻ってきたこの家の主、シフォー・カロユがいた。少年の話を聞き取ることに精一杯で、帰って来たことに一切気がつけなかった。

 あわてて立ち上がり挨拶をする二人に対し、彼女は玄関の鍵を閉めコートを脱ぎながら口を開く。


「もう来てくれたのね。暇な時でいいって言ったのに。もしかして待たせてしまったかしら」


 昨日と同じ身なりの彼女だったが、違う点といえば小さな木箱を持っているところか。大人なら片手で持てる程度の大きさだ。


「あっ、全然待ってないよ。自分こそ……勝手に家に上がってしまってごめんね」

「謝る必要なんてないわ。来たら家に上げてってそいつに頼んでおいたのはあたしなんだから」


 顎で少年を示す彼女はテーブルの上に木箱を置き、「座って待ってて」と奥の部屋へ入ってゆく。津島は言われた通り椅子に座り少年に顔を向けたその直後「あ」と気の抜けた声をあげる。


「あなた、もしかしてインピィじゃない? おじいさんだけかと思ったら若い姿にも化けられるんだ」


 その言葉に男の子はぴょんと跳ねあがる。


『カズ!!! よっ、よくわ――――!? ――――――、――――から――――――――――にて――』

「ご、ごめんなさい……何言ってるかわからない……!」


 ひいい……と目を閉じる津島に、奥から出てきたシフォー・カロユが口を開く。


「よくわかったね。って言ってるのよ。なんでわかったの? ……とは言ってもまあ、あたしと一緒に居るのって基本この子くらいだし消去法で考えたら一発……なのかしらね。

 あんたが最初に観たおじいさん姿は、学会関連でしかとらないのよ」

『あの格好、喋りか――気を使わなくちゃ――ら苦手!』

「見た目繕わないと、いくら何を言っても若造の寝言だと聞き受けられるんだから仕方ないでしょう。

 普段でも喋り方には気をつけて欲しいところよ。ある程度は慣れたけど、早すぎて本当になに言ってるかわかんない時あるんだから」


 喋りながらロユは津島と空のむかいに座る。インピィは、ごめーんと軽く謝って、姿を狐のものに戻す。

 スタッとテーブルの上に着地した彼へ、ロユは非難の声を上げた。


「ちょっと。テーブルの上に登んないでって言ってるじゃない!」

『いいじゃないかちょっとくらい。メーではロユも登ってるんだし』

「メーとここは別でしょ!!!! 」

「ロユ……テーブルの上に登っているの?」


 本が山積みにされている机を思い浮かべる津島に、 シフォー・カロユはさっと顔を赤くさせた。


「だって寝られる場所があそこくらいしかないんだもの!! 悪い!?

 そもそも今日はこんな話をするために来たわけじゃないでしょ? インピィは黙って、寝ていていいから!!」


 その言葉にぷーっと息を吐いてテーブルから下りたインピィは、窓際に置かれた毛布を前足でかき回し、眠る準備をはじめる。

 大きなため息をつくロユに、空がくつくつと声を漏らしながら口を開いた。


「前にロユが津島へ話してくれたことなら、大体全部聞いたぜ! 世界構造の説がいくつかあることとか、時々世界を超えて物がやってくることとか……」


 半ば思い起こすように言う空へ、なら。とロユは立ち上がって一冊のファイルを手に取り、


「話せることは本当に少ししかないわね」


 と机に広げてみせた。


「……前回、カズは人が世界を越えてこちらへ来た事象はないか。とあたしに聞いたでしょう」

「あっ、うん。聞いた。自分たちと同じ状況の人が居ないかどうか知りたかったから……」

「そうね、二人の状況をベニヒから聞いた今ならその意図が理解できるわ。そうそう喋らないほうがいい話だったから前は言わなかったけど……実は無いとは言い切れないの」


 喋りつつテーブルの上に置いてあった木箱を隅に除けて、一枚の書類を置く。

「名前のリスト……?」

 書類を覗き込む津島に、ロユは頷く。


「ある行方不明者のリストよ」


 その数は23。見覚えのある名を見つけた空が声を上げた。


「この四番目のシフォー・サリュって人。ロユも名前にシフォーってついてなかったか??」

「ああそれね、あたしの姉」


 目を丸くさせる二人の様子を大して気にすることもなくロユは続ける。


「いろいろな可能性もあるし、不用意に憶測を立てることはできないけれど……簡単に言うとそのリストに載っているのはなんの前触れもなく失踪をし、未だに見つかっていない人たちなの。転送魔法の構文を読み上げた形跡も無いし、中には魔力を扱う才能がさっぱりな人も居る。

 もしかしたらこの世界でない他のどこかに、なんらかのきっかけで行ってしまったのかもしれない」


 それに津島はなるほどと息を吐く。


「ロユちゃんが研究しているのは、その“この世界でない他のどこか”ということ?」

「そう言ってしまうと、まるであたしが姉を探すため世界学に触っていると思われそうでなんだか嫌ね。……でもまあ、カズの言葉は間違ってないわ。別の世界なんて非常にファンタジックで夢があるじゃない?

 あんたたちに有意義だと思う話はそれくらいかしら。ついこの間タヅァイー派が高密度でペクッてレーがアメリメ・トンドに……とか言っても何の参考にもなりそうにないものね」


 話題を変えるようにファイルを閉じたシフォー・カロユに、空が首をかしげる。


「タライ?」

「タ ヅァイー。いいわよこの話は。……にしても別の世界の人と話すことができる日がくるなんて思ってもみなかったわ、聞くところによると天から水が降ってくるそうじゃない」

「ああ。魔力なんてものは無いし、魔物なんて最近はどんどん減ってきてるらしいぜ! 完全にいなくなるのも時間の問題なんじゃないかってくらい!!」

「つまり護衛を雇わなくても街の外に行けるのね!? でもそうしたら……魔物がいなくなってしまったら人はどうやって生きていくの? 魔物から採れる食料は人には欠かせないんじゃないかしら」

「それは大丈夫!! この世界では人以外の生物すべてを魔物、もしくは半魔人と呼んでいるようだけど、俺たちが住んでいたところは動物と魔物を呼び分けてるんだよ。ある時から突然現れるようになった、なにも無い場所から湧き上がるようにして産まれ人を襲う生物たちを魔物。それより前から居た、自然に準ずる命たちを動物って!!

 人が食べているのは動物の方で、魔物は人が食べられるようなものじゃないし、本来ならば居なかったものだからいなくなってしまった方がいいんだってさ!!」


 学校の授業で習ったものがうまく要約された空の説明に、津島は相槌を打つ。

 魔物の説明などする機会はそうそうない。なぜならそれは二人の世界では小学校で習うような基本常識だからだ。基本常識をわかりやすく説明することは案外難しい。なのにもかかわらずうまく説明してみせた空へ、津島は成績がよさそうだという印象を受けながら自身の期末試験の結果を思い出しうつむいた。


「突然現れた生物? 気になるわね。ここの世界にも数百年前……終わりの時代と言われる一年間が明けた直後から、やたら力をもった魔物が現れはじめているの。強かった狩猟ギルドたちが次々全滅して一時期ひどいニュースになったわ。最近じゃ弱いものも現れているようだけれど。

 二人は知っているかしら? 魔物には普通の生物としての特徴をもつものと、種類ごとにそれぞれある急所を突かないと切っても切っても身体が治ってゆく特徴をもつ、二つの種類があるらしいのだけれど」


 それに二人は合わせて頷くと、ロユは言葉を続けた。


「やっぱりそのあたりはちゃんと教わっているのね。後者の切っても切っても身体が治るほうの魔物が、終わりの時代明けから見られるようになった魔物たちなの。二人のいた世界の魔物はどんな感じなのかしら」

「へえ! 倒しても死なない方は新しくできた魔物だったのか……しらなかったな。俺らの世界での魔物に関してはよく教わらなかったよ。倒せば核と呼ばれる石のようなものを残し、それ以外は消えてしまう。ってくらいしか!! 基本的に見かけたらすぐに逃げなさいと言われていたから核も見たことないしな。カズは? なんかしってる???」

「ええと、自分たちの住んでいた世界での魔物は特殊能力を持っているんだって。火や水とかの自然を使う力だったり、人や動物の意思を操ってしまう力だったり……それが強い魔物になればなるほど、複数持つような奴が居たりするから倒すのは大変だって聞いたことがある。

 でも強い方が倒した時に得られる核は大きくなるし価値も高くなるんだって」

「あら、それはこちらの世界でもいっしょね」


 ロユが軽い声を上げた。そして窓際で丸くなりふかふかの尻尾に顔を埋める狐の魔物に目線を向ける。


「例えばインピィ。あの子は自分の姿を自由に変えられる能力があるわ。さっき男の子の姿になっていたの、見たでしょう。あの子だって急所を突かれたら消えてしまうわ。そしておそらく大きさは石ころ程度の……核を落とすでしょうね」

「えっ。ということは、この世界の魔物も核を落とすの!?」

「ええ、終わりの時代明けから見られるようになった魔物は今カズが話した特徴とぴったり合致するわ。

 ついでに言えば、その核は今までに無かった新しいエネルギー質を持っていて、身につければなにかしらの力を感じることができるようになるんじゃないかしら。例えば身体が軽くなったり、力が強くなったり、魔法構文が上手になっていたり」

「そう!! 本当にそう。だから核を自分のものとして使うのか、外に売ってお金を稼ぐかのやりくりが難しいんだって」

「なるほどね。そこからなにか広められないかしら。共通点が一つあればいろんなピースがはまっていくわ。……名残惜しいけど、今の時点で大分頭が忙しいから、また来てくれないかしら。その時にあなたたちの世界の話をもっと聞かせてもらいたい」

「もちろん!! これくらいでよければいくらでも話すぜ!」


 頷いた空に、ロユは口角を薄く引き上げる。


「最後にこれを、あなたたちに見てもらいたいの。この家に来てもらいたかった本当の目的はこれだったのだけど……すっかりわすれてたわ。ダメなところね」


 喋りながら、今までテーブルの端にあった小さな木箱の蓋へ手をかける。その中には津島にも空にも、強く見覚えのあるものが入っていた。


「これ。あんたたちは知ってるかしら。

 世界構造学は、大半が憶測の域を出ない。予想の積み重ねでね。昔に積み重ねられた大半の資料は終わりの時代に失われてしまっている。

 いくら神の宣言があったって、それを直接見た人ってごくごく一部だし、所詮はただの言葉。確実じゃない。

 いくら別の世界から来たと言われる道具があっても、あたしたちが知らないだけのなんてことない、この世界の物かもしれない。それはあたしだけじゃなく、世界構造学の学者でそれを感じてる人は少なくない。これもそう。あたしたちには珍しいこういうのも、しかしたらどこかの地域では一般的なのかもしれない。それでももしあんたたちがこれを知っていたら、異世界のものになるんじゃないかと思って」

「これ、ホイッスルだよ」

「カズ知ってるの!?」

「うん。 自分たちのところではよく使われてる。ここから息を吹き込むと音が鳴るの」


 津島の説明を聞いたロユの瞳が、ゆらりと輝く。


「それで?」

 その言葉に首を傾げる。

「えっ、うーん……それだけかな」

「注意を促したり楽器として使われたりするんだけど、音を出す以上の用途はないと思うぜ!」


 津島と空の言葉にロユは そうなの。と声を上げた。


「魔力を増幅させるだのなんだのといろいろな仮想が立てられていたのだけど、音を出す専用のものだったのね」

「ごっ、ごめんね……。しょぼくって……」

「まさか!! 本物でよかったわ! 高い金で買った価値があった」


 蓋を閉めながらロユはどこか茫然とした表情で応える。それは、信じがたい。と言いたげではありながらも、確実に嬉しそうな、複雑な表情だった。

 そこで空が突然プッと吹き出して、口を開く。


「もしかしてホイッスル一つにお偉いさんが輪になって議論をしてたりしたのか?? シュールだな!!」

「そりゃ見たこともない道具だったからね。なんだかあっさりしすぎてビックリしてるわ」

「このホイッスルも日本からここまでやって来た……ってことかな」

「日本、あなたたちが住んでいた場所かしら。少なくともあたしはこの“ほいっする”を、産まれてこのかた資料ですら見たこと無いわ。教えてくれてありがとう、とても助かった」

「どういたしまして!! 少しだけだけど、希望が見えてきたな! 俺達も早くもとの世界に戻れるよう頑張ろうぜ」


 両拳を握りやかましく笑う空。

 突然、ロユが頭を下げた。


「力になれなくてごめんなさい。研究自体も、まだそこまで追いついていないの。なにかわかったことがあったら、真っ先にあなたたちに話すから。……といっても、この学種は所詮すべて憶測の域なのだけど」


 その言葉に、空は勢い良く首を横に振る。


「自分でやっていることを所詮とか言うの、よくないぜ!!!

 全く知らないよりはなにかしらの知識があったほうが俺としては助かるし、協力できることがあったらするから!!」

「うん! そう、そうだよ。ここまで時間を割いて親身になってくれて、あやまるべきはこちらだし……」


 わたわたと言う津島に、ロユはくすりと笑みをこぼした。

 かすかに解散の空気が流れはじめた所でふと空が口を開く。


「そういえばロユはバクサアロ領出身???」

「あら、そうだけど……あんた達に言ったことあったっけ?」

「いや!!! 聞いてない! けど、前に聞いて不思議に思ってたんだよ。津島がメーに行ったとき『苗字を呼ばれ名にしてるなんて珍しい』って言われたというのを聞いて、じゃあシフォー・カロユはその珍しいの中に入らないのかって。ウォルノール国だったら、カロユは名字にあたる場所だろ??」

「あっ、そう言われてみればそうだね」


 津島が小さく声を上げる。

 ウォルノール国の名前表記は名前・苗字。バクサアロ領の名前表記はその逆だ。


「あたしだけでなく……チオリ・ターナや、ぽぽーんの ミヨ・トッペスもそうでしょ。

二人とももう名前を変えているからその跡はないけど……」


 ロユはそうさらっと言った直後に二人の表情を見て、しまったと口に手を当てる。


「も、もしかして聞いてなかった……?」


 目を丸くさせたままゆっくりと頷く二人に、ロユは両頬を押さえ込んだ。


「あ、あちゃー……言ったのばれたら怒られる! 今のは聞かなかったことにして頂戴」


 初めて見たその慌て振りがなんだか可愛くて、津島は思わず笑みをこぼしながらもしっかりと頷いてみせた。

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