表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紙上史  作者: こーりょ
3 手がかりを追って
54/100

3-6 狩猟民族の集落『エリギ』

 ブラウを出発して四日目の昼過ぎ、二人は草原を越え、再び森へ突入した。

 人の手が入った気配のある森の中、見上げれば首が痛くなるほどに伸び上がった木々の間を縫うように歩き続ける二人。その視界に数日ぶりの建築物が映ったのは、天の色がオレンジから暗い青へ移ろう時刻を過ぎた頃だった。木々に隠れるようにして建つ一軒のログハウスに、空は地図をポケットに押し込み歓声を上げる。


「ついた……!!」


 目的地である、狩猟民族の集落だ。奥を伺うと他にも同じようなログハウスがぽつぽつと点在している。

 津島はその場にへたり込みたい気持ちをぐっとこらえて先を見据えた。集落に到着することができたら、次はフォーンからの手紙を誰かに渡すため人にを探さなくてはいけないのだ。

 しかし集落の中心をめざして歩く過程で津島は首をひねり、空は眉間にしわを寄せた。


「誰もいないな」


 そう。夕暮れ時であるにもかかわらず集落には人っこ一人見受けられないのだ。


 ログハウスは森の奥へ進むにつれ密度を上げる。どこからともなく聞こえる鶏の鳴き声を耳に入れつつ屋根からぷらぷらと下がる木の実や動物の毛皮に目線を奪われながら、二人は人を見つけられないまま集落に流れる川へと行き着いた。

 小川というには少しだけ大きい。その程度の大きさの川だ。川底にはなぜか数体の魔物が並べて沈められていて、人の体を優に超すその巨体に津島は小さく息を飲んだ。


 橋を渡り、進むにつれて視界に入るログハウスの数が増えてゆく。最初は視野に対して二軒あればいい方だったそれが五軒や六軒も並んで見られるようになった頃に、今度は一つの広場にたどり着いた。

 広さはサッカーのピッチを半分に割った程度。木が生えていないため、天からの光が直接降り注ぎ周囲に比べて段違いに明るくなっている。開放感のある場所だ。草は抜かれ、踏み固められた土には人が多く行き来していることが感じられた。

 しかし、そこにも人はいない。


 息を潜めて自分達から隠れているのではないだろうか。と津島は思った。隙を見て捕まえられて、不法侵入者と縛りあげられたらどうしようか。

 密度の低い民家から感じる人の気配に、津島はわずかな不安を覚える。

 自意識過剰になってしまうのは悪い癖だ。思わず自嘲するも一度浮かんだ不安はなかなか消えず、そっと自身の腕をさする。

 対して空は軽い気持ちのままそこらのドアを叩いてみようと拳を作る。そのとき、正反対の様子の二人の背後で高い声が鳴った。


「カズ?」


 声の主は、広場に隣接した大きい施設の扉から顔を覗かせた女の子だった。

 振り返った直後見覚えのあるオレンジ色の髪へ目を丸くさせる津島に、彼女はもう一度口を開く。


「お疲れさま、やっと到着したのね。ずいぶんと寒そうな格好してるじゃない」


 足元の狐と共に軽い足取りでステップを降り、津島と空の前で足を止めた彼女は小さく口角を引き上げて笑った。


「ようこそ、狩猟民族の集落 エリギへ。おひさしぶりね」


 顔にかからないよう前髪を三角形のピンでしっかりと止め、短い後ろ髪も赤色のリボンできっちりとまとめているその少女は、津島がメー・ウビウスで出会った世界学研究者、シフォー・カロユだった。

 以前は家に押し掛けたためラフな白ワンピース姿だったが、今は真ん中に薄黄色のラインが入ったシャツと、芥子色をした膝丈スカート、そしてスパッツの上から、膝まである紺の上着を身に着けている。予想をしていなかった再会に津島は目を丸くした。


「ロユ!! 久しぶり! どうしてここに……」

「もう一つの家がここにあるの。気分転換を兼ねて遊びに来てるって感じかしらね。あなたがソラ?」


 話を振られるとは思っていなかった空は一瞬動揺しつつも、元気よく頭を下げる。


「はじめまして!! なんで俺の名前を……」

「あたしの友人に、ベニヒって名前の酒浸りが居んのよ。あの子から手紙がおくられてきた時はさすがに自身の目を疑ったわ。共通の知り合いなんていないと思っていたカズの名前が、その手紙に書いてあるんだもの。

 とりあえず歩いてここまで来たんだから、こんな所で駄弁ってないで今日はさっさと休むべきね。集落長がお待ちかねよ」


 そう言ってシフォー・カロユは自身が出てきた建物を軽く示した。周りに立つログハウスに比べて段違いに大きいその建物へ、津島はごくりと息を飲む。


「もしかしてあそこが役所? 」

「そんな感じ。エリギはパナーダやメーに比べて人口も少ないからお悩み相談所程度だけどね。 あの建物にはそれとは他に、ギルセンと転送門施設が組み込まれてるわ」


 そこで彼女は一度言葉を切り、大きなあくびを挟んでからもういちど息を吸った。


「あとこれは完全に私事なのだけど……暇ができたらでいいから一度あたしの家に顔を出してくれないかしら。見てもらいたい物があるのよ」

「えっ、見てもらいたいものって……?」

「それがよくわかんないから、こうして声をかけているの。あたしは大抵家に居るし事前連絡とかは要らないから、暇なときに遊びにきてちょうだい。それじゃあまたね。行くわよインピィ」


 軽く手を振り、ロユは足元の狐と共に踵を返した。あっさりと森の奥へ姿を消す彼女の背を見送った津島は緊張を紛らわせる息を吐く。

 ロユが総合施設と言ったその建物は、外から見た限りだと学校の体育館程度の広さのようだ。高さは一部分だけ二階建て、ほかは一階という、平たいつくりになっている。


 空がためらいもなくステップを上がり、合わせ扉の片方を引く。カランカランと、扉についた鐘が音を立てた。


 そこは静けさが覆う外とは正反対の様子だった。空調が効いているのか、暖かい室内で談笑しあっている人々が多くいる。大人数を視界に入れるのはブラウを出てから数日ぶりだ。津島は後ずさりそうになるのを我慢して、室内に足を踏み出す。


 一番手前には座り心地のよさそうなソファーが並べられ、雑誌が立てられた棚や小さな植木鉢などがところどころに置かれている。

 奥には三つのカウンターが横に並んでおり、天井にはそのカウンターの部署を示す看板が下げられている。『相談所』『依頼受領』『転送手続き』の三枚だ。そしてその下で、明るい制服に身を包んだ人たちがあくせく働いている。


「おや、見ない顔だ」


 そんな声に顔を向けると、扉の近くのソファーに座った一人の老人が雑誌から顔を上げたところだった。

 白い髪にしわしわの顔だが、その身体つきは服の上からでも分かるくらいにしっかりと鍛えられている。どこか力強さと威厳を放つ彼はゆっくりと立ち上がり、口を開く。


「黒髪の一つ結びと、茶髪のくせ毛……君らが、カズ君とソラ君だね!」

「そうです!! はじめまして、こんばんは! 宓浦 空と言います。あなたは……」


 戸惑いを滲ませる空の問いに、老人は微笑んだ。


「はじめまして。俺は一応この集落の長だ。ま、長なんて名前だけだけどね。

 ベニヒ・エッシェーから間接的にではあるけれど話を聞いている。君たちのことを少しの間、諸事情でここに住ませたいとね」

「はっ、はい!! そういうお話で、ここまで来ました。事前に自分たちから連絡をせず突然来てしまってごめんなさい。自分は津島 和音と言います。

 フォーンという人からお手紙を預かっているのですが、渡す人の指定がなくて……。あなたに渡しても大丈夫ですか?」

「ほう? フォーン。あやつとも知り合いなのか。それはそれは……では少し失礼して」


 どうやら集落長はフォーンのことを知っているらしい。そのことに安堵した津島が差し出した手紙に、さっと目を通した集落長はしばらくの間ののち口を開く。

「相変わらずベニヒ達は狩猟ギルドで、フォーンとルパは軍、か……頑張ってんだな」


 懐かしむような表情と共に引き上げられる口角。


「軍に怪しまれないために郵送ギルドを使わずこうして手渡し……。相当な事情があると見たぜ。歓迎する」

「えっ、いいんですか!?」

「当然だ! ここ、エリギはフォーンやベニヒちゃん、グリエちゃんたちの育った集落だ。フォーンは当然のこと、ミヨちゃん達だって俺らの子といっても同然のやつらさ。そして子の友人は子。たーんと俺らを頼ってくれて良い」


 胸を叩く彼に、空と津島は礼を言って深く頭を下げた。


「そうペコペコすんなよ。既にロユちゃんへの手紙で事情は聞いていたから家を貸す準備はできている。前にベニヒ達が使っていたものだから少しばかり大きいが……。なに。大は小を兼ねるというし問題ないだろう」


 ついておいで。と手紙を片手に歩きはじめた集落長の背中に礼を言い、空と津島は後に続く。

 軽い鐘の音と共に、扉を開けて施設の外へ。木漏れ日はすっかりと消え、村の中に建てられたたいまつに火がつけられ始めていた。


 夜だ。


 津島は、その街のようすにほうと息を吐く。久しぶりの“明かりのある夜”だ。松明は広場を囲うようにぐるり。そして、各家先に一つずつ置かれている。松明一本でも携帯用のランプより数段明るいのにそれが複数あるのだ。無意識のうちに目がしばしばと瞬く。

 ただの森のなかにあるキャンプ場のような集落。という最初に抱いたイメージが、ベニヒ達の故郷だと知ったとたんにとても大切なもののように変わっていることを感じながら、津島と空は歩を進める。


 そんな中、前を行く集落長が一通の紙を津島へ差し出した。


「これ、フォーンからの封筒の中に一緒に入ってたぞ。君たちへだ」


 礼と共に受け取ると、その折り畳まれた紙には『カズ君とソラ君へ』と書かれていた。津島は気になる気持ちを抑えて、それを丁寧にズボンのポケットへ入れる。


 案内された家は、周りに建つものと同じ形式のログハウスだった。ただ、周りのものと比べると僅かに大きい。

 話を聞いてから急いで綺麗にしたんだと集落長は前に立って扉を開けた。


「ここが、ぽぽーんのやつらとレヨンの弟のルパ、計六人が滞在していた家だ。好きに使うといい」

「そんな思い出深い家を貸してもらうなんて……!」

「おや、そんなこと気にする必要はないさ。放置されるより使われた方が、家もよっぽどうれしいだろう?」


 空の言葉を遮った集落長は特に何も話さず「詳しいことはまた明日の朝来るから今日はゆっくりと休んで。なにかあったら隣の家をノックするといい」とだけ言って出ていってしまった。

 玄関から一室挟んで設置されたリビングルームには、六人が座って丁度の大きなテーブルと壁に向かうようにしてキッチンが設置されている。一段高い場所に隣接されたダイニングルームには、大きな本棚やぽぽーん拠点に置かれているソファーと同じものが同じ配置で並べられていた。座ったまま使えるよう高さが合わせられたテーブルも、ブラウの拠点そのままだ。


 天井の高いリビングダイニングを挟んで玄関と反対側にある壁には、六つの小部屋へ続く扉が下に三つ。そして上に三つ並んでいる。上の部屋には壁に取り付けられたような廊下へ、階段を登って上がる仕組みだ。


「……」

 それらを無言で見つめる津島に対し、空は部屋の一つ一つを覗き込んだ後津島のとなりに立った。

「ベニヒさん達の育った集落だったんだな……ここ。どうりで話す時の顔が緩やかだと思った。

 なあ、カズ。とりあえずフォーンさんからの手紙読まないか?? 疲れてるとは思うけどさ」

「あっ、そうだね」


 頷いた津島は持ったままだった荷物を背中からおろしソファーに腰掛け、空は背もたれの後ろから覗き込む形で、タイプライターで作られたような字の整った手紙を覗き込んだ。


——フォーンです。突然のことなので字が汚いとは思うけれど許してください。

 この手紙を読む頃、二人はすでにエリギに到着し、誰かに手紙を渡してくれたのだと思います。長旅、とてもお疲れさまでした。

 二人には可哀想なことをさせてしまっていると強く思っていますが、怒らないでもらえると嬉しいです。こんどおむすび沢山ごちそうします。

 ちなみに集落の人へ渡してもらうよう頼んだ手紙には、二人の世界のことは書いていないので安心してください。


 さて本題ですが、これから少しの間、生活をしてもらうだろうエリギについての簡単な説明をしようと思います。


 エリギは僕、そしてぽぽーんのみんなが育った集落です。

 ブラウを始めとするウォルノール国の街とは少し違う独自の文化を持った狩猟民族の街で、お金は無く、全てが物々交換で取引されます。二人が畑で稼いだお金は、厳しいことをいうとエリギではほとんど価値がありません。


 なので、こう言うのもなんですが狩人として活動するのが、二人にとっては一番手っ取り早い手段なんじゃないかと思います。

 もちろん“なりなさい”と言っている訳じゃないから判断は二人次第です。でも、二人とも強いから。なかなかのところまで行けるんじゃないかな。と思います。


 気をつけてほしいのは、エリギの住民達を怒らせないでほしいということ。

 彼らはとても優しくて、そして恐い人達です。すこしでも——


「……途中で切れてる。時間無いのに書いてくれたんだ。少しでも……なんだろう?」

 津島は手紙をたたみながら眉を寄せる。中途半端な文章にわずかな不安を感じたが、空は特になにも感じていないようだ。

「手紙の続きはわからないけど、物々交換で生活がなりたつ場所なんて初めてだからテンション上がるな。……カズはどうするんだ? これから。狩猟が一番楽だって書いてあるけど、無理する必要はないと思うぜ??」


 その言葉に津島はうつむく。

 こうして勧められてしまったのだ。もうやりたくないなどとワガママを言っている余裕はないのかもしれない。

——むしろ勧められたことで“自分からこの道を決めたわけではない”という理由ができたのだ。それは津島にとってどこかで待っていたことのように感じられた。


「やるよ。狩猟」

「えっ……まじ? 戦うのは怖いって言ってなかったっけ」

「怖いのは楽しいと思う自分自身だ。ここまできて勧められたらやるしかないじゃないか……! 頑張るよ。生きて帰るためにも」


 言いながらぶんと刀を振るジェスチャーをしたが、疲労ゆえかそれはひどく頼りない、力の抜けたものだった。



×××


 次の日の肌寒い朝。

 ちくちくと感じる冷ややかさに反し外がとても賑やかなのが落ち着かず家の中でそわそわとしていると、昨晩の言葉の通り集落長が家の扉を叩いた。

 フォーンからの手紙のこと。そしてご飯を食べるためにも狩人として活動すること。それらを簡潔にまとめて集落長に話をすると、彼は嬉しそうに笑った。


「いいね。君たちの選択を俺は応援するよ。フォーンの言った通り、ここは狩猟民族の街だ。住民の半数は狩人として、魔物という自然の命をわけてもらって生活している。

 まあでも今日は、これからどうやって生活するか。とかよりも前に、村の人たちに君たちのことを知ってもらうところから始めよう。朝市に行くぞ! 今日からこの村に住むことになったってご近所挨拶だ」


 その言葉に、津島は身体を強く強張らせた。

 ウォルノール国『エリギ』


 かつては一つの国でした。

 ウォルノール国を統率していた軍を始めとする人々が“ギルド”というシステムを作り上げるまでは、ウォルノール国よりも力のある国として広い地域を管理する大国でした。


 現在は人口が二百に満たない小さな集落となってしまいましたが、細々と国だった頃の文化を伝承しています。


 エリギの国としての力が衰退してすぐの頃、ウォルノール国はエリギの、人間とは変わらない形でありながら力が非常に強く体力もある彼らのことをエリギ族と呼び警戒していました。しかし現在ではその名前を知らない、または忘れてしまった者が大半です。


 森で取れる草花、木の実。そして集落で育てている一部の魔物と、外で獲る魔物を摂って生活をしています。

 日中は大半の住民が集落の外に出ているか、集落の中心にある総合施設で和やかに情報交換や世間話をしています。

 ウォルノール国のギルドでは大抵捕れないような強い魔物を倒すことができる種族なため、知識のある商人たちが時折訪れては、様々な布やスパイスなど、森の中で獲れない物品たちと交換してゆきます。

 集落長はある一定以上の年数を生きた住民の中から、クジなどで決められているそうです。期間に関しては基本的に一年間ですが、極端に一年が短いときなどはその都度てきとうに調整されます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ