3-3 わたしたちは あなたの
「エッシェー姉弟、ちょっとだけ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
港町ブラウのぽぽーん拠点。フォーンの声にベニヒとグリエが顔を上げる。
一連の状況説明が終了したため、今日のところはひとまず解散をしようとしていたときだった。
「カズ君から聞いた話なんだけれど、探知機を持ってるって本当?」
「探知機……? 僕には覚えがないけれど……なんの探知機?」
「神様の、さ」
短い返答に、会話を盗み聞いていたミヨが怪訝な顔をする。フォーンは続けて、説明を付け足した。
「ソラ君が森側の草原で魔法を初めて使った日、爆発音と同時に屋根裏部屋でアラームが鳴りはじめたって言っていたのさ。だから探知機かなって思ったのだけれど……」
「屋根裏部屋……? ああ!」
短い思案の後、ベニヒが弾かれるようにソファーから立ち上がり、フォーンの腕を引く。
「見せてやろう。グリエは休んでいていいからな」
そう、拠点の中に言い残して。
すでに、ぽぽーん以外のギルド拠点や店などは灯りを落としている時間だ。石畳の道は暗く、天からの光をたよりに道を曲がる。
前を歩く彼女の、その意外と小さな背中へフォーンは口を開いた。
「みんなに聞かれたくない話だったの?」
「いや、ぽぽーんの奴らなら問題はない。それでも軍人様方なんかには教えられるわけない代物だけどな。教えられるのはお前だからだ」
「おお、ものは試しで聞いてよかった。恩に着るよ」
津島と空に貸していた家の鍵を開け、滑り込むようにして中へ入る。ベニヒを先頭に階段を上がり二階の天井——三階の床の扉を押し上げて暗い部屋へ。
「……あまり触れたくなくて忘れていたな。この部屋のことは」
少々埃っぽいこの部屋を照らす明かりは、小さな窓から差し込む夜の光だけ。何が置いてあるか見えにくいが、ベニヒにとっては部屋全体が見えるよりはそちらの方が都合がよかった。
扉から顔だけを出す軍人へ振り返る。
「天井低いから気をつけろよ。あと他の物には出来るだけ触らないでもらいたい」
「うん。わかった。カズ君の言っていたアラームというのは、この部屋にあるのかな?」
「ああ。多分これのことだろ。部屋全体に保存魔法をかけてもらっていたから、思ったほどに埃っぽくないな」
部屋には棚が並び、床にも箱や謎の球体や本が乱雑に置かれている。明かりをつければ、そのタイトルや人形の表情などもわかるのだろうが。
遊んだまま放置をして、それから何十年も放置されてしまった。そんな持ち主に捨てられた子供部屋を感じさせる部屋だ。どことなく、薄気味悪さもある。
一つの木箱から拾い上げられた球体に、フォーンは頷く。
「言っていた特徴と同じ。多分それだと思う」
「元は一番底の方にあったはずだが……この探知機、まだ動いたのか」
薄暗くともその白い球体を撫でるように触るベニヒの表情がとても嬉しそうであるのが見えて、フォーンは垂れ気味な目を薄く見開いた。
「ソラの力が神の力と同じ成分として認知されたのなら、この探知機が動くのも当然だ。これは神の力に反応して音を鳴らすものだからな。 音の大きさと高さで場所を示す優れものだ。すごいだろう」
「うん。すごい。……こういうのを目の当たりにすると、やっぱりベニヒはキクジン出身の特別な子なんだなあって思うよ。普通だったら到底手に届かない物じゃないか」
「まあ、そうだな。普通じゃ手には……届かないだろう」
「今まであまり聞かなかったけれど、ベニヒ達がエリギへ来る前まで、どういう生活をしていたのか聞きたくなっちゃうね」
「そうだな。もう長い付き合いだし、大して秘密にするような話でもないから今度また一緒に酒飲んだときにでも…………あれ?」
ベニヒは首を傾げ、フォーンの顔を見上げた。
困ったような笑顔を浮かべる彼に、ベニヒは眉を寄せる。
「そういえば私たち……まだ一緒に酒も飲んだことないな?」
×××
「暗くなる前に森を抜けるのはむずかしそうだなぁー」
空が左手に持った立方体の形をした地図を見ながら呟いた。
相変わらず二人は森の中、豊富な栄養を受けて育ったことをうかがわせる、高い高い背丈の木々の間を縫うようにして歩いている。
しかし先ほどとは違い、その木々の隙間から見える天の色が藍色になりつつある。夜がはじまろうとしていた。
「あっ、あの。そろそろここらで休むまない? 続きは明日にしてさ。空、依頼明けで疲れているだろうし……」
「や、俺は大丈夫だよ!! 行ける所まで行こうぜ」
「でも三日くらい歩き通すって聞いたから、無理はしない方が良いと思うんだ」
「三日!? そんなに歩き続けるの!! じゃ休もう。俺、今の一瞬で一気に身体が重くなった!!」
わざとらしく大きなため息をこぼした空に合わせて、津島もその場で歩を止める。
コケで覆われた地面の中、良さげな場所を選んで荷を降ろした。
ベニヒから貰った結界魔法を発動させ、フォーンから借りたテントを張る。
ランプに明かりを灯し、夕飯として港町ブラウから持ってきた食料を並べたところで空は津島に頭を下げた。
「礼をいうのが遅くなったけれど、荷物まとめてくれて本当にありがとうな!! 買った服とか全部置いてくる羽目にならなくてよかったよ!!!」
「いえいえ。自分こそ、空が帰ってこなかったら一人でこの荷物全部背負ってエリギへ行くことになっていたから。ギリギリのところで帰ってきてくれて、よかった」
「え。なんで?? 結局俺が戻って来ようが来まいが、荷物は全部持っていくって決まっていたの??」
「あっ、うん。シフォルアの探知機が、空の持ち物にどう反応するかわからないから……って」
ゆらり。と、ランプの光がゆれる。空ははーっと声を上げた。
「その神様に反応する探知機って本物なわけ???」
「空に反応しているって時点で、本物じゃないかもしれないよね。それでも、そういう探知機は全世界あわせても四つくらいしか無いんだって」
「そういうの、全部フォーンさんから聞いたのか???」
こくりと、津島は頷く。
「空が依頼先に向かったその日にフォーンさんからブラウを出るように言われたから、その時に聞いた。昼に説明したことも全部受け売りだよ」
津島は平たく潰れていたおにぎりを丸め直しながら続ける。
「この世界で信仰される神様はただ一つ。ソラリス神って言うんだって。これはウォルノールでもバクサアロでも同じで、総本山はシフォルア街。
ただ自分がこの世界に来てはじめて目を覚ました場所、キクジン村は信仰の文化が違くて……」
「二月の精錬で会う神様か」
即答した空に津島は頷きながらおにぎりにかぶりつく。
以前ベニヒ達から話を聞いた一つ力を貰い受ける修行——二月の精錬にて、こころの汚い部分を落とすことができた人間のみ姿を見ることが許されるという神。
「その神様と、ソラリス神の二対で世界が支えられていると信じられているんだって」
「なるほどな」
焚き火とは違いランプは熱を放出しない。ひんやりとした空気が露出した二人の腕に染みる。
少しの間の無音の後、ふと空が野菜炒めに箸をのばしながら、なんてことない話をするように口を開いた。
「話変わるけど俺な、女の子になったよ」
「へ? 」
津島の動きがぴたりと止まり、二人の間に静かな空気が流れる。
「……なにそれ、どういう意味?」
顔全面に驚きの表情を貼付けた津島に、空は鉱資源の街 テンティノでのことを報告しはじめる。
音も光も闇に吸い込まれるような、魔物が絶えず出てくる洞窟のこと。
奥で触った、全身が包み込まれた弾力のある物体。
「奥の弾力のある黒いのに触ったとたん意識が途切れて、目が覚めたら体が縮んでる上に……」
両手で胸の膨らみを表現する彼に、津島は腰を浮かせる。
「そっ、それはどうやって元の性別に戻れたの?」
「ブラウで元に戻してもらったんだ。二本の尻尾がある黒い猫と、頭にお花と角を生やした、目を閉じている長い髪の女の子から!!
前にカズが、花の街で会ったって言ってた子と同じ特徴だったから驚いたんだけど……えーと、街の名前なんて言ったっけ?」
「メー・ウビウス・ベスク? それ本当? 二人一緒に居たの?」
「あっ、そうそう。花の街メーだ。
二人は一緒にいたよ。今日鉱資源の街テンティノからブラウの転送門施設に戻ってきたあと、ミヨさんの後ろでぼんやりしてたら無理矢理路地裏に引きずり込まれてさ!! 目をつむるように言われたんだ。気分は人質だぜ? 最初は動揺したけど、なんだか懐かしい匂いがしたな、あの二人」
「そっか、あの二人は知り合いだったんだ」
「そうやって食いついてくるカズは、もしかして女の子になりたいのか?? やらしーなー!!」
大きく歯を見せて笑う空に、津島は慌てて首を横に振る。
「ちっ、違うよ! そういうことじゃない……いや、なくないけど……!」
「えっ、マジ? 冗談半分で言ったつもりだったんだけど……意外と助兵衛なんだな」
「スケベのこと助兵衛っていう人初めて見た……。いや、違うんだよ、そうじゃなくて。ただその子、なにか言ってなかった……?」
「何かって??」
「ええと、頑張って、私たちはあなたの……的なことを」
それは、爆発に遮られて最後まで聴くことのできなかった言葉だ。訪ねる津島に、空は当時のことを思い出すべく目を閉じる。
「…………『味方だから』」
薄く動いた唇に、津島は間抜けな顔をした。
自分から聞いておいてその顔はなんだと空は笑う。
「『頑張って、私たちはあなたの味方だから』……って言われた。味方っつってもあの人たち、俺らのことをどれくらい知ってるんだろうな」
「味方……そう、そうなんだ」
言葉を噛み締め、津島は安堵の息を吐く。
一緒に爆発に巻き込まれて、無事かどうか少し心配だった。猫又に助けてもらったりでもしたのか、とにかく死んでいなくて本当によかった。と。
空が二つ目のおにぎりに手を伸ばすところで、津島はやっと一つ目のおにぎりを食べ終えた。
夕飯を終えた二人は早々に眠ることに決めて、テントの中に広げた寝袋に潜り込んでランプを消す。
おやすみなさいと挨拶を交わし、空は津島に背を向けた状態で寝袋に潜り込んだ。
今日一日で怒濤のごとく過ぎ去って行ったさまざまなことと一緒に、角のある少女からの言葉を思い出して息を吐く。
『魔法構文を使うときに歩いたり走ったりしてはダメ。絶対に。……定型を逸脱してはいけない。
そうじゃないとあなたは、和音ちゃんと一緒に居られなくなるんだよ』
はっきりと再生される少女の声。
津島には話さなかった、もう一つの言葉。
指のマメを弄りながら、目を閉じる。
つまりフティヴ平原や、テンティノの洞窟でやった魔法の使い方はダメだということだ。
昼に津島から話を聞いたおかげで、今ならそれがなぜなのかがわかるような気がする。
言われた言葉を頭の中で反芻しながら、空はゆっくり夢の中へ潜り込んだ。
――次の日の朝、目を開けた津島はもぞもぞとテントから這い出し、伸びをしながら靴を履く。
空気がとてもみずみずしい。爽やかな湿度を肺におもいきり吸い込む。
空はまだぐっすりと眠っている。
肌寒く感じるのは昨日と同じで、やはり街を出る前に上着を一枚買っておけばよかった。と今更ながらに後悔をする。
結界の効果が切れつつあるのか、近いところからチュンチュンと鳥の鳴き声も聞こえた。
結界の魔法構文が込められている球は、残り二つ。切れる前に目的の街エリギへたどりつかないと、魔物に襲われないよう見張り番を交代でやらなくてはいけなくなる。できるなら避けたいところだ。
しばらくしてテントから這い出してきた空と共に、朝ご飯を食べてテントをたたみ荷物を背負い上げる。
ここからは無言でただひたすらに歩き続けるのみ。話題があっても、後々疲れることがわかっているので、よっぽどなことが無い限り喋らないのが二人の間で暗黙の了解となっていた。
いちいち話題を考えるのが面倒という本心からの建前とも言えるが。
さくさくと枯れ葉を踏む音だけを鳴らして、無表情で森を進む。
歩き始めてから長い時間が経ち天が一番明るくなる時間帯、空がぽつりと口を開いた。
「……そういえば俺思ったんだけど、女の子になるんだったらカズの方が適任だよな」
「は?」
突然の呟きに、津島は動揺を隠せず立ち止まる。暗黙の了解とはなんだったのか。
休憩? と、合わせて立ち止まる空へ首を横に振り、ごくりと唾を飲み込む。
「そ、その心は?」
「うーん……なんとなく!!」
無責任な言葉と、やかましい笑顔。
「なんとなくでそんなこと言わないでよ……」
本当に自分が女だったら、それでどうするの? と、内心で呟く。
長時間歩き続けている疲労もあって、ちょっとばかし思考が浅くなっているのだろう。
津島はその思考のままにボンヤリと口を開いた。
「ねえ、空。自分は」
「ん? どうした」
口を開いて、振り返る空の顔を見て、そして後悔をした。
やはり今更暴露することなど、できない。
ここまで長いことこの世界に滞在することがわかっていたら、初めてお風呂に入ったあの日、あの場で性別のことを暴露していたのに。
もう今更、これから先も性別を打ち明けることはできないだろうと直感した。
打ち明けたときの空の反応が怖いのだ。あまりに嘘をついている期間が長すぎた。
鼻から小さいため息をつく。後悔でずしりと心が重たくなった。
そのとき、一瞬風が強く吹き、辺りの木々が音を立てた。
季節にそぐわない服を着る彼らの腕を冷えた風が撫でる中、津島が足を止めて後方を振り返る。
空はそんな彼に眉を寄せ、首を傾げた。
「カズ、何? さっきからどうしたの???」
「えっ……あっ、いや、今、なにか聞こえなかった?」
「えっ、葉っぱの音なら聞こえたけど……なにかって…………何?」
勘弁してよ!! そう空が小さく笑うのもむなしく、森を通り抜けてゆく風は小さくピキキと騒めいた。




