2-25 当日の朝
どれだけの時間がたっただろうか。人影は去り、再び静かになって、幾分か。
津島の目がゆっくりと開いた。ほんの少し前に目をさましていた空が、それにほっとしたような、優しい笑みを浮かべて、そっと口を開く。
「おはよう、カズ。身体の調子はだいじょうぶ?」
一体何があって、自分が気を失っていたのかを覚えていない様子の津島に、空は断固としてなにも説明しようとはしなかった。
次の日。
朝、緩慢な動きでベッドから起き上がった津島は小さくため息をついた。
昨日のことを何も話してくれないまま、きっと空は今日も早くに家を出てしまっているのだろう。聞けば視線をそらされ「なんもないよ別に」と繰り返された短い言葉を思い出す。
顔を洗っていつも通りの朝。一人で朝食の準備をしていると玄関の扉がバタンと音を立てて開けられた。客だろうかと伺ったが、駆け込んできたその人は既に朝の訓練のため出かけていたはずの空だった。
「やられた!!!!」と、扉を閉めるやいなやバタバタと二階へ駆け上がってゆく彼へ、津島は呆気にとられつつ口を開く。
「どうしたの?」
「どうもこうもないよ!!! クッソー、くやしい! ぽぽーんの人たちに置いて行かれた! 力量不足とはいえ一言も無いなんてひどい話だよ!! なんも無いような顔をしてさ!!」
ところどころ声を裏返しながらばたばたと荷物をまとめ、剣を腰に引っさげて一階に降りた空は、そのまま慌ただしく玄関の扉を開けたところで動きを止めて、津島の方へ身体を向けた。
「ごめん。カズ。ベニヒさん達がみんなして一つの依頼に向かったらしいから、それを追いかけてくる」
「えっ」
呆気にとられる津島の声にかぶさるように、扉は音を立てて閉められた。
石畳の道を全力で走りつつ、ギルドセンターへ。
昨日の晩受けた傷が全部かすり傷で良かった。と内心で呟く。これで大けがをしていたら、今日こうして追いかけたくても出来なかっただろう。
受付の女性が、ギルドセンターへ血相を変えて飛び込んできた空に目を見開く。
「ソラさん。 そんなにあせってどうしたんですか? 今日はそんなに討伐依頼は……」
「ぽぽーんの皆さんがどこへ行ったのかを教えてください!!!」
「はい。それでしたら、つい昨日募集のかけられた難易度0の討伐に出ています。危険度が高い為に、安全性を考慮し通常の狩猟ギルドには情報を開示しな」
「俺はぽぽーんのメンバーです!! もう一般市民じゃありません。だから皆さんが、どこへ行ったのかを教えてください」
その剣幕に押され、受付の女性はごくりと息をのみつつ一枚の紙を出した。
「ウォルノール国とバクサーロ領に挟まれた、鉱資源の街テンティノになります。付近の山に突然できた穴から絶えることなく魔物が吹き出す現象に対する調査依頼です。……あの、本当に行くつもりですか」
「ありがとうございます。テン……なんですっけ」
「テンティノ、です。この依頼書をお持ちください。これがなければ、街に入ることができませんので」
そして空が地図と依頼書と呼ばれる紙を手に取ると、受付の女性は祈るように目を閉じた。
「お気をつけて。無事帰って戻ることができるよう神ソラリスに願って」
「……あ……はっ、はい!! ありがとうございます!!」
一瞬反応が遅れた空は、頭を下げて勢いよくギルドセンターを飛び出す。彼が次に向かったのは市場。いつもの惣菜屋で朝食を買い、転送門施設へ駆け込んだ。
「鉱資源の街に行きたいのですが!!」
受付の女性は空が出した依頼書にすばやく目を通し、返すと共に一枚の札を差し出す。
「国家負担依頼となっておりますので、使用料は結構です。右手の扉より奥にお進みください。……どうかご無事を」
国家負担依頼が普通の依頼と違いうことも、それほどに危険なものだということも彼には察しがついた。皆がこんな顔をして無事を願ってくれるほどだ。扉をくぐり、石壁のホールに一歩足を踏み入れる。カツンと、耳に刺さるほどの静けさを足音が揺らした。
ホールの再奥に座り込む大きな門を視界に入れて、思わずごくりとつばを飲む。札を握る手にも自然と力が入った。今度は見送る側ではなく、通る側。ふと、津島とフォーンの二人を見送った時を思い出して振り返る。あの日感じた、置いて行かれる事実に感じた悔しさの中に混ざる、別の感情を思い出す。
その気持ちに答えるかのように突如ホールの扉が開いた。
「空!! よかった。間に合った……」
肩で大きく息をしながら入ってきたその人に、空は目を大きく見開く。
だって、どうして。彼は家で朝ご飯を作っていたはずじゃないか。と考えている間に、その人は顔を上げて真っ正面から空を見た。
「無事に帰ってきてよ。絶対に! 日本へ一緒に帰るまで、死んだら絶対許さないから!」
空はそれに、あの日の笑顔を作った自分を見た。
「カズ、ありがとう。でも大げさだって!!」
「し、慎重になることは悪いことじゃないでしょ! その……頑張って、でも無茶はしないでね」
「言われなくても!」
それに浮かべた津島のほっとしたような笑顔に緊張が解きほぐされたのを感じて、空は転送門へ足を踏み入れた。




