2-14 基礎魔法能力値
次の日の朝、津島はリビングルームで目を覚ました。
辺りを見渡してやっと、今の状況を思い出す。
「そっか、帰ってきていたんだっけ」
昨晩、同居人とこの二日間でのことを報告しあって以降の記憶がないから、寝落ちてしまったのだろう。
筋肉が固まり重くなった体を起こすと、音を立てて床に落ちた掛け布団。いつの間に、と疑問符を浮かべていると、あくび混じりの空がリビングへ顔を出した。
「あれ、カズ今起きたの?? おはよ!!」
「ごめんなさい。自分、昨日話した後そのまま寝ちゃったんだね。この布団って」
「悪い、勝手にカズの部屋入った! 話している間めっちゃあくびしたのは俺だし、お互いお疲れさまでした、ってことで。お腹すいてない? 晩ご飯にしようぜ」
「え、晩ご飯って」
空の発言に津島はあわてて窓にかけられたカーテンを開ける。すると天はすでに、青にオレンジが混ざる夕方の色になっていた。
「もうぐっすり、気持ち良さそうに寝てたから起こせなかったんだよ! 悪気はないぜ。よかったらこっち手伝って!!」
頭を抱えていた津島は、キッチンへ向かい合う空の言葉に返事をしあわててソファーから立ち上がる。
玄関の扉が三回叩かれる音が部屋に響いたのは、そうして作った夕飯を食べ終わった頃だった。
先に反応した津島が扉を開けると、狩猟ギルド【ぽぽーん】のメンバーであるベニヒとミヨがそこにいた。縦に長い鞄を背負った二人に津島は頭を下げる。
「こ、こんばんは!」
「よう、カズ! 無事帰ってきてたんだな。ソラ居るか」
片腕を上げるベニヒに、空が玄関先へ飛び出す。
「わざわざお迎えありがとうございます!! カズ、ごめん。用事があるからちょっと出てくる!!」
「悪いな、カズ。ソラを借りるぞ。出張お疲れさま」
「あ……ありがとうございます」
バタバタと騒々しく出てゆく空を、呆気にとられつつも見送った津島は、静かになった部屋を向き合って小さなため息をついた。
音を立てて椅子に座り、前髪を巻き込んでおでこに手を当て、目を閉じる。
「さすがに……あからさますぎないかな」
たとえさりげないことでも、普段と違うことがあると人は––少なくとも津島は違和感を感じる。
それが衣服から漂ってくる洗剤の香りだったり、枕の固さであったり––––人の視線であったり。
宓浦 空が一体何を考えているか津島には皆目見当がつかないが、この違和感の原因は確実に彼だ。
昨晩会話をしている間も、先ほどリビングへ顔を出したときも、夕飯の最中にも、それはずっと感じていた。
いつもはまっすぐ目を合わせて喋る空が断固として目を合わせようとしない。
目は口ほどに物を言うという言葉があるけれど、目を合わせるのと合わせないのとでは、コミュニケーションの質は大きく変わる。だからこそ、津島は人と目を合わせることが苦手なのだが。
今までまっすぐ合わせて来た人が、なんの理由も無く合わせなくなるとは考えにくい。
心の中で重量のある霧がもやもや立ちこめはじめる感覚に、津島はぎゅうと服の裾を掴む。
思いつく心当たりが一つあった。保育施設で自身が軍人へ吐いた言葉を思い出し、頭を抱える。痛みが湧いて出てくるようだ。
大きな不安が津島の心を、覆い尽くそうとしていた。
×××
「さて、これからぽぽーん仮入団テストという名の戦闘スタイル暫定大会を行うわけだが」
ミヨとベニヒが担いでいる身の丈とさほど変わらない鞄は、歩く度賑やかに金属同士のぶつかる音を立てる。
ベニヒの隣で長い金髪を揺らすミヨが口を開いた。
「……トッペスは、やっぱり賛成はしたくないけどね」
「狩猟は命がけでですもんね!! 確かにここでもしも仮に最悪があったとしたら、元の世界に帰れなくなりますし……でも、俺は」
「いや、トッペスはそういうのを心配しているんじゃなくて!」
振り返りざまに空の言葉を遮って大きな声をだしたミヨ・トッペスは、驚く空の顔に眉を寄せ、色の良い薄い唇をへの字に曲げる。
「……なんでもない。実践を経験したらどうせ怖くなって逃げたくなるよ」
空はそれに困ったように笑うも、なにも言い返さなかった。彼女の気持ちはどうせ変わらないのなら言い返すだけ徒労というものだ。
街中を歩く途中、ミヨはベニヒにしか聞こえない程度の小さな声でそっとぼやいた。
「レヨンの言っていたことは本当かもしれないなあ」
「おや、あいつ何か言っていたか?」
「覚えてないならいいけど。ったく。飲み過ぎで記憶力危ういんじゃないの」
「うるさいな。酒でも飲んでないとやってらんないんだよ」
「念のため聞くけど……何をやってらんないって?」
「なんだその『ベニヒは普段なにもやっていないと思う』みたいな顔」
「ベニヒのその察しの良さ、嫌いだよ」
大通りを歩く彼らが向かうは街の外。普段津島たちが働いている畑がある場所とは、街を挟んで反対側の外だ。
境である門を、野球ができそうな面積の草原が囲み、それを深い森が取り囲んでいる。天はもうすでに暗く、夜行性の魔物の活動が始まる時間帯。吹く風はすこし潮の匂いがまざるすずしい風で、季節の変わり目をそれとなく知らせている。
「よし。ここら辺でいいだろう」
ベニヒとミヨは担いでいた荷物を下ろし、鞄の中に入っていた物を地面に並べはじめた。剣にはじまり、槍数種類、不思議な剣先のついた短い棒などなど。
後ろに立つ空は、その光景に目を見開く。
武器を横一列に並べ終えたミヨは、満足そうに息を吐いた。
「拠点の倉庫の中も、整理すればいいものがいっぱい出てきた。これは本当に謝罪する他ないね」
「本当だよ。いままで倉庫はお前とグルーンの道具で埋め尽くされていたからな。でもこんなにあるとは、私もさっぱり思ってなかったよ。 この剣とか、買った覚えはあるが見ないからグリエに捨てられたもんだと思っていたのに」
ずらりと武器が並べられたその光景に、ベニヒは息を荒くする。
「こうやって並べるとわくわくするものだな。使い古されたものだと更にクる。戦闘スタイル決める前に念写ギルド呼んで撮ってもらうか」
「一理ある」
「……まあでも時間も時間だ、今度にしよう。ソラはとりあえずこれ読んでみろ。知り合いから貰って来た、簡単な魔法構文数種類だ。魔力使いの素質があれば、知識がなくとも確実になんらかの効果が出るらしい。こちらに向かって言うなよ。万が一のこともあるから」
空は礼とともに両手で受け取ったメモを手に、少し緊張した面持ちでベニヒやミヨ、そしてブラウに背を向けた。
ベニヒが地面に並べた武器達のうちの一つに触る。
ミヨは何も考えていないよう表情で飴に歯を立てる。
空はそんな二人の視線の先で、メモに書かれた一つの魔法構文を高らかに読み上げた。
×××
不安をなんとか振り払った津島は、ひとり自室の机と向かい合っていた。広げられているのは、桃色と水色という可愛い色合いのファイルと数枚の紙。
以前市場で見つけた津島が、その色合いに衝動買いをしたものだった。
津島は文房具店が好きだったが、その分困ったことに普段の趣味嗜好とはわずかに外れたものでさえ手に取ってしまう傾向があった。以前暮らしていた世界より、この世界は紙が高価であるから気をつけなくてはならない。
かりかりと筆を動かし、ひたすらに何かをかき込む。
空達を見送ってから一時間は経った頃、津島は雑に筆を置き「ふう」と息をついた。文字で埋まった紙を読み返す。
それには、メー・ウビウスで聞いた世界学のこと、翼人のこと、干渉術のこと。そしてフォーンから聞いた基礎知識のことなどを思い出せる限りのことが、忘れないようすべて書き出されていた。自分のための教科書だ。津島の顔は、達成感で満たされている。
そのとき、突如として家の中にアラーム音が響き渡った。なんの前触れも無かった目覚まし時計のようなその音に、津島は達成感の余韻に浸らせない意思を感じて唇を尖らせる。と同時に外が明るくなり、時間差で爆発音が街へ広がった。
びりびりと揺れる感覚を伴ったそれは静かな夜に不釣り合いであり、津島は窓から外へ身を乗り出す。畑の逆側から上がる煙を視界に入れた。
爆発音。フラッシュバックしたのは、実は暖かい目をすることもできる翼を持った青年の姿。
まさか何かあって、ここまで追いかけて来たのだろうかと考えかけて止め、部屋を飛び出した。
爆音に一瞬かき消されたアラームだったが、それでもビーッビーッビーッと定間隔で鳴り続けているのだ。
伺うとどうやら一階からでも二階からでもなく上の階。今まで入らずにいた、屋根裏部屋からきこえているようだった。「いっぱい荷物が置いてあって漁っちゃいけないと思ったから」という空の言葉を思い出しつつ階段を上がり、いままで立ち入ることのなかった押し上げる。
屋根裏部屋は少なくとも津島が今まで見たことのある日本の様式となんら変わりは無かった。小さな窓から差し込む薄い光を頼りに、埃っぽい真っ暗な部屋に上がり込む。
さまざまな物が棚に押し込まれ床にも散らばるその中で、アラーム音の出所である部屋の最奥に歩み寄る。そこに鎮座する高さ一メートルほどの木箱の中身を、ごめんなさい。と一度頭を下げ引き出しはじめた。
謎の正方形の箱、アクセサリー入れのような物、鞘にしっかりと収められて縄でぐるぐるまきにされた包丁くらいの大きさの刃物、どういう分類のものがこの箱の中に詰め込まれているのか、理解し難いさまざまなもの達が床に広げられる。
そうして箱の一番底に、目的のものを見つけ出した。
それはハンドボール程度の大きさで、底の部分だけが平たくなっている真っ白な球体だった。
急いで手にとり、スイッチを切ったところでほっと一息をつく。
「どうしていきなり……」
爆発音との関連性は考えても良いのだろうか。あまりの音の大きさだった為、未だ頭の中にアラーム音が残っている。
それにかぶさるようにして外から人のしゃべり声が聞こえたのは、箱の中身の物を全て元に戻した最後にアラームをぽいと入れた頃だった。
棚に置かれた本や、床に転がされた大きなぬいぐるみを横目で見つつ、屋根裏から降りて、玄関の扉を開ける。
最初に目に入ったのは、立ち話をしている近所の人たちだった。いつも夜の時間帯は人が全く居ないこの家の前の道に、今は沢山の人が出てきている。
その見慣れない光景に驚きつつ、津島はまず見覚えのある人に声をかけた。
「建築ギルドのおじさん。こんばんは」
「おっ、カズ君。こんばんは!! おっきな爆発だったな。聞こえたかい?」
津島がこの世界にきて直ぐ、部屋に空いた大穴を直してくれたおじさんその人。奥さんは他の近所の人と話をしているようだ。
周りの人へ会釈をしつつ、津島頷く。
「はい、聞こえました。外も一瞬明るくなりましたよね。なにかあったんですか?」
「それが俺らにもわかんないんだわ。こっから向こうに行くのには相当時間かかるし、あそこらへんに住んでる人達から話が回って来るのを待っているんだがな」
苦笑をしつつそう言ったおじさんに、他の人たちも笑いつつ口を開く。
「あーんな音、この街じゃあなかなか聞けないから。まあ、気分的には野次馬って感じだな。でも、あんなド派手なエフェクト使える技術者、この街にいたっけなあ?」
「あたしには記憶にないよ。ぽぽーんの子達くらいかねえ」
「でもぽぽーんの奴らは基本エフェクトを使わないんだ。俺は知ってるぞ」
ぐいぐいと進んで行く話に取り残された津島は、会話が少し切れたところで右腕を上げる。
「あっ、あの……! エフェクトってなんですか?」
その質問に答えたのは、建築ギルドのおじさんでも、その周りで話をしていた人たちでもなかった。
「魔法構文を組み立てる時混ぜ込む、飾りのようなもんだよ。発動させるときにパーンと光らせたり、模様を浮かばせたりするヤツ。魔物相手でも人相手でも、威力が大きくなったような錯覚に陥るから使えた方が便利なんだけど、使うのは結構難しいんだって」
声が聞こえた方向を見るとそこに立っていたのは、話題に上がっていた狩猟ギルトぽぽーんのメンバーであるグルーンだった。
初対面の津島に戦いを挑んだ、緑の短髪の戦闘馬鹿だ。
「こんばんは、カズ。……おっ!? その隣にいるのはもしかして建築のじっちゃ〜ん!! この前膝怪我したって聞いたけど、なーんだぁ! 元気そーじゃん!」
「誰にむかって言っている? あんなもん唾つければ三晩で治るわ!」
「さっすがー! 頼れる男! にしても派手に爆発やったなー。まあ、今頃フォーンが様子を見に走ってるだろうから心配要らないでしょう。ベニヒ達も居ることだし」
伸びをしつつそう言ったグルーンに、街の人たちはほっと息をついた。建築ギルドのおじさんが笑顔でグルーンの背中を叩く。
「なーんだ よかったなあ。ぽぽーんの人とおにぎりさんが動けばもう安心っさ」
「そうそう!! ほーんと、フォーンの信頼半端じゃねーよな。この話向こうの人たちにも話して来ようかしら。 じゃあ、また……っとっと、じっちゃん! もう歳なんだから身体に気をつけろよ!」
「たわけが、馬鹿にすると痛い目みっぞ!! まだおまえに負ける気は一切ないからな」
大きな声をだした建築ギルドのおじさんに、他のグループの方へ歩き始めていたグルーンはでっかい笑顔を浮かべて「さすが! 頼れる男!」と言った。
グルーンの知らせのおかげで安心した街の人たちが一斉に帰って行く様子を見て、津島はぽぽーんの影響力とフォーンへの信頼の強さはすさまじいものであることを知る。
「空達……巻き込まれていないかな」
今更心配になってきて家の中をうろうろとしはじめたころに、玄関の扉が勢い良く開けられた。
「どうしようカズ!!! 俺、とんでもないことしちゃったかもしれない!!!」
息切れが激しく汗をとめどなく流す彼は、動揺を隠すこともせず勢いよくソファーに座り込んで頭を抱えて、再び上げた。
「どうしよう!」
そこから、空の話がはじまった。




