2-12 翼人の街『セネスリード』
気を失ってから何時間経ったのかわからない。
もしかしたら数十分しか経っていないのかもしれない。
霧が消え、深い緑が風にゆらめく森の地面には複数の爆発跡が残っている。
器用に木々を避けたそれらに囲まれる津島は、木の根元に寄りかかったまま小さくため息をついた。
切られた。
体が二つに別れたその感覚がしっかりと津島の身体に残っている。
しかし、彼は未だ息をしている。
その事実に動く気力はどこかへと消え去り、彼は救いを求めたい気持ちをこらえて唇を噛み締めた。
「もうやだ……帰りたい」
弱るどころかすでに傷一つ残っていない腹を一瞥し、彼は目を閉じる。
しかしいくら待てども一向に動く気力が湧いてくる様子はなかった。
そんな彼に一つの影が近寄ったのは、諦めて緩慢に腰を上げたそのときだった。
木漏れ日に透ける青髪とマントを風に靡かせるそれに、津島は慌てて距離をとる。
一番視線を惹いた翼をマントで隠していたためすぐに気がつかなかったが、
それは先ほど津島を刺した青年だったのだ。
生きていることを知り、もう一度殺しにきたのだろう。
しかし彼は身構える津島に対し無防備な姿勢のまま口を開く。
「起きたか」
それにすこしだけ、カチンときた。
突然攻撃をしかけてきたのはそちらではないのか、と。
しかし出てくる言葉は言いたかったこととは正反対のもので
「……はい。大丈夫です。起きました」
「相当度胆が強いんだな。普通だったら死んでしかるべきだ」
そして青年は流れるような動作で頭を下げた。
「期間が期間とはいえ君にはやりすぎたことをした。申し訳ない」
目を丸くした津島の反応を待たず、青年はその細く整った顔を上げる。
無言で返答を待つその顔に、津島はあわてて笑顔を作った。
「だ、大丈夫ですよ! その、生きていますし。……あの、自分以外に角のある女の子が居たはずなんですが」
「いや? 有角族はこのあたりに住んでいないし、先ほど結界の中に踏みこんできた者も君一人だった」
「そんな、確かに居たはずです。
だ、だってあの子についてこなければここに来ることは無かったし、内蔵をぶちまける羽目になることもなくブラウに帰って……」
尻窄みになる津島の声に、青年は首をかしげる。
両脇の髪飾りが、一緒にさらりと揺れた。
「やはり君は、ここに翼人狩りをするために来たわけではないんだな?」
「はい。ヨクジンガリというのはよくわかりませんが、多分そういうのではないです。結界も破った覚えは……」
俯いて切れ切れに言葉を紡ぐ津島に、青年がどこか安堵の色をした息を吐いた。
「まさか腹を切っても生きているとは思わなかったから驚いた。
ツシマカズネと名乗っていたな。ぼくはエフセリアだ。一応名乗っておく」
「エフ……?」
間抜けな顔で聞き返す津島に、青年は背中を向ける。
「エ・フ・セ・リ・アだ。覚えろとは言わない。ついてこい。案内する」
「えっ、案内って……大丈夫です。自分はこのままメーに戻って……」
「メー!? 何度も驚かせるなよ。ここからメーまでどれだけ離れていると思っている。
途中で完全に夜になるぞ。 それにその服のまま戻るつもりなのか?」
その言葉に津島は現状を思い出した。
爆発を受け、そのうえ切られ、着ていた服はぼろぼろなのだ。
しかし森に入ってからここまで来るのにさほど時間はかからなかったはず。
少し歩けば森を出れて、あとは来た道を戻ればいいと思っていたのだけれど。
エフセリアが羽織っていたマントを脱いで津島に放った。
同時に中から出てきた大きな白い翼に見とれてしまい反応が遅れた津島は、マントを顔面で受け止める。
「お腹が出てるところはそれで隠せ」
「あっ、ありがとうございます」
「謝るべきはこちらだ」
そう言ってエフセリアはぷいと再び顔を背けた。
男の身体であるにもかかわらず配慮をしてくれることに津島は戸惑いつつ、歩き始めた翼人の後を追いかける。
そこで津島はつい、声を上げそうになった。
「よくじんがり」という言葉が、今やっと彼の中で「翼人狩り」と漢字変換されたのだ。
角のある種族を有角族、彼ら翼のある人のことを翼人と呼ぶのなら、翼人狩りというのはつまり—……
歩くこと少しして、森を抜けると同時に一気に視界が広がった。
そこに新しく広がる景色へ津島は感嘆の声を上げ、エフセリアは小さく笑って口を開く。
「ようこそ。国内唯一の翼人の街『セネスリード』へ」
そこには、橙に焼けた空を背にキノコのような形の家が、頭から大きな花を生やしていくつも空に浮かんでいた。
木の高さと比較するとその3倍ほどの高さに浮く建物達。
それらは山を登って来た津島にも見えていなかったように、街をかこむ結界によって外から見えることはない。
地上にあるのは綺麗に整えられた芝と土の広場、そして両手を天に掲げた女性の石像のみ。その高さは森の木々から少し頭が飛び出る程度だ。
「ここで待っていろ」
一本の木の側でエフセリアがそう津島に声をかけ、ふわりと翼を動かした。
地面から足が離れ、空中にある建物のうちの一つに入ってゆく。
それに見とれつつ、津島は周りの景色をざっと眺めた。
窓から津島へ注ぐ少なくない視線は、どれも目があった瞬間に逸らされる。
そんな中、先ほどエフセリアが入って行った建物から数人が津島の前に降り立った。
先頭に立つ特別大きな翼の老人が頭を下げる。
「翼を出したままで失礼。まずは事情もなにも聞かず攻撃をし、大きな怪我を負わせたことを謝罪する。
エフセリアに攻撃命令を下したのは私だ」
「えっ!? あっ、だ、大丈夫です。 翼のことも、その、気にしないでください。カバーをかけるなんて勿体ないですし、えっと。あの、けがも……」
津島の震える声に一同が顔を見合わせるなか、老人がひとつの小包をさしだした。
「お詫びにもならんがこれを受け取ってもらえないだろうか、中身は行動食だ。
この集落で一番長持ちのする、美味しいものを選ばせてもらった。ぜひ帰る途中にでも」
「あっ、食べ物……! 丁度お腹すいていたんです!ありがとうございます」
津島が小包を受け取り頭を下げる。
「長」
ふいに津島の頬をぶわりと強い風が撫でた。
あわてて顔を上げれば、そこには険しい顔つきのエフセリア。
まるで己を刺した時のような顔つきをした彼にびくつく津島をよそに、彼は老人へ口をひらく。
「バクサアロの方角より17人ほどの人間が結界に侵入しています。地上は危険ですので、どうかお戻りに」
「おや。そうですか……。わかりました。 少年、私に掴まって。すみませんが襲撃が収まるまでは」
いきなり騒然としはじめた周りの空気。
先ほどまで建物から視線を送ってきていた翼人達が森の方へ飛んで行く。
ただ事でないその様子にあわてた津島が老人の手に捕まるより前に、しかしエフセリアが津島の身体を横向きに持ち上げた。
「うおお!?」
「長は自分の身を第一優先にと何度も言っているじゃないですか! 何度言ったら分かるんです。この人間はぼくが上まで運びますから」
そして津島を荷物のように脇にかかえたまま、ふわりと浮かび上がる。
老人はそれに苦笑いを浮かべつつ、周りの男とともに別の方向へ飛び上がった。
「バクサアロの方から翼人狩りが来た。
この街にすむ人の中には、きみがそいつらの仲間だと疑っている奴も居る。
一つの建物のバルコニーに乱雑に下された津島は、扉へ歩を進める翼人の声を追うように起き上がる。
顔を上げれば、青い瞳が津島をまっすぐに射抜いていた。
「……最後の確認だが、きみはそいつらの仲間では?」
嘘を見透かすような鋭い視線に津島は頷く。
「ないです」
「よし。身を隠せ。防衛体勢を取る。変な動きをしたら殺されると思えよ」
今まで通りの仏頂面に焦りをにじませたエフセリアは、津島に建物の中へ入るよう促した。
包みとマントを抱える腕にぐっと力を入れて、負けじと口を開く。
「さっき一度殺されましたけどね。 あなたに」
それにエフセリアは虚を突かれたような顔をした後、口角をゆるく引き上げた。
「確かに」
宙へ浮かぶここの建物は、すべての天井から黄色い花が生えている。
半径四メートルは余裕である大きさの花弁は、バルコニーに立つと嫌でも目に入るくらいの大きさだ。
エフセリアは部屋の中に入った津島へ息をつく間もなく言葉を投げつける。
「茎には寄りかかるな。あと、誰もいないからって書類や本棚を漁るなよ。
入ってきた翼人に変なことを教えるな。水はそこから汲め、ただし飲み過ぎるな。
そこのソファーに座っておとなしくしていること」
そして返事をする間も無く扉は音を立てて閉められる。
建物の中は外から見えるより相当広く感じられる造りになっていた。
天井はドーム状になっていて、家具は棚やデスク等のみ。なかなかシンプルで、事務室のような感じだ。
そしてその部屋の中心を一本、花の茎がまるで柱のように通っている。
取り残された津島は指されたソファーには座らず、窓に近寄る。
バルコニー越しに地上を見下ろすと、数人の翼人が一方向に飛んでいくのが見えた。
その先頭にエフセリアを見つけ、他の翼人に比べて数段大きいその翼に目を見開く。
「翼人狩り…………」
緊張により冷たくなった指先を窓ガラスに押し付ける。
翼人達は、その翼人狩りへどう対処するのだろうか。
考えなくても分かるけれど、そうであってほしくないと目を閉じる。
きっとおそらく、死人がでてしまうのだろう。
再び目を開けて、ぼんやりと他の建物の屋根からも生える黄色い花をながめる。
それは大きさは格段に違うものの、津島の頭のなかにある大好きな花と一致した。一気に覚醒する頭。
「……福寿草だ!」
思わずそう呟いた直後、津島の後方から扉の開く音がした。




