第4話 ど田舎令嬢といっしょ
馬車に揺られて1週間。王都がこんなに遠いとは思わなかった。
その間あまりにも暇……と思いきや、王立ミューロック学園には一応入学試験があるということで色々と勉強していた。
俺は前の世界の知識があって、尚かつ文字も言葉も即座に理解できるようになっていたので数学とかの座学についてはかなり優秀な方だった。
ただ、おそらくはテスト範囲であろう学園史については全く無知もいいところなので、この移動の間に勉強するしかなかった。
分厚いパンフレットという名の学園史よると――何故父上がコレを持っていたのかは知らないけれど――この学園を作ったのは、現王の子であり王位継承権を得た第3王子、執政ヴィルヘルム・マウザー殿下とのことだった。
殿下は床に伏せて久しい現王の代わりに全てをこなしている、実質的なこの国の王のような人だった。その政治手腕は飛び抜けて優秀。王でもないのに賢王と呼ばれ民の信頼も厚いそうだ。
政策を一言でいえば弱者救済、そして老害と腐敗の根絶。
その果てに腐敗の原因になるからと身分制度の撤廃まで推し進めようとしたのだが、流石に反対派の抵抗もあって内戦寸前までいったものの、なんとか身分制度優遇撤廃まではできたらしい。
そんな感じで超シゴデキ殿下の功績が詳しく書かれていた学園史はヴィルヘルム殿下史と言った方が正しかった。
まあトンデモファンタジー史よりかは覚えやすくて助かる。ありがてえ。ここまでインパクトがデカいと試験も簡単に答えられそうだ。
「若様、まもなくリーンガルド王国の王都にございます」
御者がそういうので窓の外を覗いてみる。見えたのは白亜の城壁に囲まれたバカでかい街。
巨人でも使うのかと思えるほど巨大な門を潜ると、そこはさまざまな人種がごった返す都会だった。
主街道はもう人、人、そして人。渋谷のスクランブル交差点がずーっと続いている感じ。御者の巧みな馬車捌きでも歩いた方が早いんじゃないかという混み具合だった。
「荷物は倉庫ギルドの特等区画に一時保管させています。寮が決まり次第連絡していただければ、あとはギルドのものが運んでくれますよ」
御者はそう言って「ご武運を」と帰ってしまった。
駅馬車ギルドのホームにポツンと取り残されてしまった俺は、すぐに気分が悪くなる。
あたりを見回してベンチを見つけると、手荷物を脇に置いて座り、はぁ〜と深くため息をついた。
「……もうとっくに忘れていたのに。社畜時代を思い出すなここは」
駅馬車ギルドのホームの風景は、前世の都会の駅を思い出す
あの時の俺はゾンビのようだった。よれよれのスーツを着て、死んだ魚の目で満員電車に揺られに揺られ、夜遅くまで働き、残業代も雀の涙。
貯蓄なんてできるはずもなく、家庭なんて夢のまた夢。それ以前に相手がいなかった。
税金はバカ高いのに、テレビをつければ俺の年収の何十年分の裏金をちょろまかした政治家が平然と増税しようとしている。トドメに物価高騰も天井知らずと来た。
――何が楽しくて、こんな世界に生まれたんだろう。
あの時はそればかり思っていた。
次第にそれすらも考えられなくなって、こんなもんだと諦めていた。
それは今から考えれば異常だし、絶望以外何物でもなかった。
「……君、大丈夫かい?」
ハッと見上げるとそこには駅員さんがいた。心配そうにこちらの顔を覗き込んでいる。
「あっはい何でもないです!」
「もしかして都会は初めてかい? なら一人でいることは気をつけることだ。最近何かと誘拐も多いからね」
駅員さんが「ほら、あれ」と掲板の方に視線を促すと、
『誘拐事件多発』
『不審な馬車にご注意』
というポスターが貼られてた。
大丈夫です、問題ありませんと立ち上がって、足早に駅馬車ギルドから脱出。地図を片手に王都を歩く。
あまりにも人が多いので何かあるのかなと思うと、どうやら祭りが近いらしい。魔力街灯に掲げられている幟旗にそんな感じの文言が書かれていた。
人にぶつかりながら半べそをかいてしばらく。ようやく目的の場所が見えてきた。
「ここが王立ミューロック学園……でっか!!」
その建物も敷地も、とにかく広大の一言だった。バカでっけえ門に、そこから伸びる長い石畳。その奥には宮殿を思わせる学舎がデーンと建っていた。
庭もバッチリ手入れがされていて、公園かと思うくらい広大。これが冒涜スキルをも集める国随一の学園か。
何だか急に恥ずかしくなってきてしまい、門の前で立ち往生してしまう。
だって明らかにキラッキラしているんだもの。俺のいた辺境地とは全然違う。生徒たちも白基調の綺麗で高そうな制服着てるし。
俺も一応身なりは整えてきたけど、何というか、それでもやっぱり田舎っぺ丸出しというか。
いかにも地方からやってきました感が拭えない。赤ジャケットに家紋入りとかなんかもう恥ずい。
「これ完全に場違いだろ……うぇぇ……シェスカ助けて……」
「ひぃぃ、こんなの無理だよぉ……じいやぁ……」
「ん?」
「えっ?」
門のところでウジウジしていると、同じくウジウジしている女の子が一人。
「――」
顔を見合わせて、思わず言葉を失った。
彼女は覚めるほどの美少女だった。
肩まで伸びた金髪に、青い瞳が美しいくりくりとした大きな目。
人形よりも整った顔に透き通った素肌。上質な白ブラウスの上にネイビーのショートジャケットを着て、濃紺の膝丈スカートに上品なブーツ、そしてバカでっかい皮鞄を下げていた。
「あの……もしかしてココに入学試験を受けにきた人ですか?」
耳が洗われるような綺麗な声だった。シェスカやウチのメイドたちは美人揃いだったけれども、それとは段違いだった。
「あ、う、そ、そう。アルバレスト地方から来たんだ」
どもりながら何とか答える。すると美少女はぱぁぁと嬉しそうな表情になった。
「アルバレスト地方! そんなに西の遠くから!」
やっぱ遠いよね。ど田舎なヤツ〜と思われてしまうだろうか。
「私もほとんど同じなんです! グリンドバーグ地方って知ってます?」
「グリンドバーグ地方……確か王都から東の端っこの?」
「そうですそうです! 端っこの!」
すると美少女はやっと仲間を見つけたとばかりにホッとした表情を浮かべていた。
「あ、すいません。私はマリー。マリーゴールド・モーゼルと言います。グリンドバーグ地方領主、モーゼル家の次女です」
「アレン・アーバレストです。アルバレスト領主、アーバレスト家の長男」
「あなたも領主の子なんですね! よかったぁああああ仲間がいたあああ」
マリーはそういうと俺の手を取り握手をしてきた。何だこの子めっちゃ積極的……いや違う。これ、地方ならではのフレンドリーさだ。同じ田舎者だからわかる。
「ま、マリーさんはここの生徒なんですか?」
「さんはいらないです! あと、ここの生徒じゃないです。今から生徒になるために試験を受けにきたんですよ」
「うっそ俺と同じ?」
「そう! だから仲間! 嬉しい!」
本気で嬉しそうな顔のマリー。そのキラキラした笑顔が眩しい。人を疑わない天真爛漫なそれは、地方でのびのびと愛されて生きてきたその証なんだろうな。
「あの、それならどうしてここに? なんか門から様子を伺ってるようにみえたけど」
「アレンくんもそうでしたよね。多分同じ理由だと思います」
「……場違いすぎて辛い?」
「それ!」
マリーはビッと人差し指を学園の方へと向けて、「あれどう思う!?」とばかりの表情になる。
「キラキラしすぎですよここ! 私みたいな田舎者が来ていいところじゃないですって!」
「わかる。俺もそれで門から先に行けなかった」
「というかですね! そもそも都会が辛いんですよ! ここに来るまでに知らない人にナンパもされたし怖かった!」
「俺も人にぶつかられて舌打ちまでされた。心細くてメイドの名前読んじゃうくらい」
「私も! ずっとじいやの名前呼んでた!」
わかる〜とお互いに指を差し合う田舎者二人。そして今までの心細さが嘘のように綺麗さっぱり晴れていく。
しばらく田舎者トークで盛り上がると、マリーは急にもじもじし始める。不思議に思っていると、彼女は意を結したようにこう言った。
「アレンくん、その……嫌でなければ、一緒に試験会場に行きませんか? 一人じゃあんまりにも心細くて」
願ってもないことだ。ぶっちゃけ帰りたくなっていたところだから。
それにこんな美少女のお願いを断ったら罰が当たるってもんだ。
俺は表情筋に喝を入れると、ごくごく自然に、田舎者同士というノリで、
「もちろん。俺もお願い」
とそう言った。
……大丈夫だろうか。だらしない顔になっていないだろうか。
「やった! やった! よろしくねアレンくん!」
再びギューっと手を握られる。その柔らかい感触が皮膚から腕を通り、脳天をビリリと刺激。思わずクラッと来てしまう。
え、こんなに幸せな学園スタートでいいんすか?
田舎者同士から始まるラブストーリー、自分いいんすか!?
……と、思ったけど。
急にスーンと、我に帰る。
多分彼女と仲良くなったところで同じクラスにはなれないだろう。
だって俺、冒涜スキル持ちが集められた特別学科に行くんだもの。
多分そこは他の生徒とは隔離された場所に教室があって、それなりの訓練が待っているはずだ。
と、なれば。
特別学科は学校の中でも異質な存在に扱われるハズ。
生徒間からの印象も想像できる。
多分、悪い方に違いない。
万人に一人と言われるSクラス持ちだ。彼女が持っているはずがない。別のところに配属されて、しばらくしたら俺のことを冷たい目で見るに決まってる。
だから、最初だけだこんな幸せは。もしかしたら神様が「お前ウジウジしとんな」とここだけのために彼女を遣わせてくれたのかも――
「あの、アレンくん。ちょっと教えて欲しいんだけど」
「どうしたの?」
石畳を二人で歩いていると、マリーが俺の顔を覗き込むように尋ねてきた。何だか不安そうな表情をしている。
「君、冒涜スキルとか……持ってない?」
「はい!?!?!?」
ドキッとした。
まさか彼女の口からその言葉が出るとは。
「というか知ってる? 冒涜スキルって。Sランク以上のスキルの事なんだけど」
「し、知ってる……俺、持ってる。だからここに来た」
「え!? すっごい偶然! アレンくんもなんだ!?」
「も?」
「私、冒涜スキル持ちなんだ……」
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