恐怖の人間ボウリング?
鑑定って便利だね。直ぐに村長の家を見つけられました。
陽向と風野さんは美少女だ。そんな二人を引き連れて訪ねて行っても警戒されるだけだと思う。後、俺みたいなタイプだとやっかみます。
「俺はこれから村長の家に行って来る。それと陽向達に頼みがあるんだ。あそこにある店が雑貨屋みたいだから、旅に必要だと思う物を買っておいて。終わったら、車の前に集合だ」
でも、ストレートに言ってしまったら、陽向達に嫌な思いをさせる。同じ内容でも言葉を変えるだけで、印象が変わるのだ。
陽向に五千バートを手渡す。
「任せて。良い物があったら買っておくね」
普段なら“兄貴、勝手に決めないでって、”ごねていたと思う。でも酒臭い所にいたくない様で、陽向は二つ返事で了承してくれた。
二人が雑貨屋に向かったので、俺も村長宅へと移動。
まずは軽くノック。中から物音が聞こえたので、サラリーマンスイッチオン。
「朝早く申し訳ございません。こちらが村長様の御宅で間違いなかったでしょうか?」
心底申し訳なさそうな声で話し掛ける。もちろん表情も作っておく。覗き窓があるかも知れないし、誰が見ているか分かったもんじゃない。
田舎の情報伝達能力って怖いのよ。
「はい、そうです……がどなたですかな?」
返事をしてくれたのは中年男性。顔は出せないけど、人の良さそうな声だ。
「申し遅れました。私コーダイ・フクトミという者でございます。こちらにアルエット様がお泊りになっていると聞きまして」
……扉越しでも空気が悪くなったのが分かる。今の会話のどこに地雷があったんだ?
「お前、ウォール伯爵の馬車に乗って来た奴じゃろ。儂等が困っているのを知っていて、あんな酷い条件を突きつけおって」
村長さん、激おこです。いや、何の事か俺知らないって。
このままじゃ埒があきません。
「お怒りはごもっともでございます。しかし、私共は先日ウォール伯爵のお城に着いたばかりで、詳しい話は分からないんですよ」
何を言っているか自分でも分からない。でも、こういう時はとりあえず謝っておこう。
「田舎者だと思って馬鹿にしておるのじゃろ……あの子は儂の息子と恋仲じゃったのに!……今、呼んで来るから待っておれ」
息子と結婚って事は女の人だよな。
シックルさんはウォール伯爵の義理の娘、ズレーハ村へ大量に送られてきた食糧、ズレーハ村の事を心配ししていたシックルさん…、そして夕べの騎士の蔑んだ様な視線…大分ピースが揃ってきた。
でも、証拠がないし当たっていても一文も得しない。
「おー、コーダイさんっすね。昨日振りっす。どうしたんすか?まさか、ゴブリンと戦えたんすか!」
アルエットさん朝からテンション高いです。リオンさん、ついていけてるんだろうか?
「お陰様で三匹倒せましたよ。今日はアルエットさんのお力をお借りしたくて、やってきたんです」
アルエットさんに昨日手に入れたゴブリンの魔石を手渡す。
「マジっすか!どうやったんすか?」
一つ分かった事がある。アルエットさんの表情はクルクル変わって、見ていて飽きない。
「俺も聞きたい事があるので、着いて来てもらえますか?」
普通は俺みたいおじさんに着いて来てと、言われたら警戒する筈。アルエットさんはどう出るか?
断られたら、陽向と風野さんに着いてきてもらって再チャレンジだ。
「分かったす。武器を取って来るのでちょっと待ってもらえるっすか?」
あっさり了承するアルエットさん。危機意識なさ過ぎませんか?リオンさんの知り合いだからって、信用しすぎです。
秒で前言撤回。なんだ、あの漫画みたいな剣は?
「ず、随分立派な剣ですね」
アルエットさんが持って来たのは、長さ2m幅80cm位ありそうな巨大な剣。いや剣というより鉄塊だ。とんでもない重さだと思うんだけども、アルエットさんは軽々と担いでいる……流石怪力のスキルを持っているだけある。
「自分の愛剣、鉄牙っすよ」
うん、鉄牙を持っていれば俺みたいなおじさんを警戒しなくても大丈夫ですね。
この世界はとんでもないスキルを持っている人がいる。見た目や性別だけで判断したら、とんでもない目に合う。幸大、覚えた。
アルエットさんの見ていない隙に匂いの強そうな食べ物を拾って、ビニール袋にイン。
◇
セーフティゾーンに入ると、既に陽向達が待っていた。
「兄貴、お帰り。アルエットちゃん、おはよー」
フレンドリーにアルエットさんへ話し掛ける陽向。同じ遺伝子の筈なのに、なぜ陰キャと陽キャに別れたんだろ?
「ヒナタちゃん、はよっす。それでコーダイさん、自分に聞きたい事ってなんすか?」
スキル、魔王軍、この世界の事で聞きたい事は沢山ある。
「ちょっとお聞きしたい事がありまして……ウォール伯爵の娘さんで、シックルさんという方をご存知ですか?」
アリエットさんが怪訝そうな顔をする。どうやら俺の予想は当たっていたらしい。
「シックル?知らないっすね。第一、貴族は、娘にそんな名前付けないっす。シックルって農具の一種っすよ」
アルエットさんの話によるとセキュリアは王政が敷かれてるだけあって、名前にも厳格なルールがあるそうだ。
王族や貴族には定められた名前があり、騎士は動物の名前、農民は農具や作物に関した名前となっているそうだ。
「幸大さんの予想通りでしたね」
風野さんはやるせなそうな顔をしている。そこから俺は自分の考えを説明した。
「多分、シックルさんはズレーハ村の出身なんだと思う。スケープゴートを務める代わりに食糧援助とゴブリン退治をお願いしたんだろ。転移組が使えそうだと思ったら、ウォール伯爵とその家族が改めて挨拶すると思う」
謀反が起きた時は、罪はシックルさんが被る。まあ、そうならない様に転移組が気に入りそうな人間を選んだんだと思う。
「大変!早く光君に伝えなきゃ」
慌てて立ち上がる陽向。ヒカル君の事が心配なのは分かるけど、領都までの道は覚えているんだろうか?
「証拠がないのに騒いだら、こっちが不利になるだけだ。光君は安全だから心配しなくて大丈夫だよ」
光君は転移組の中でも大本命だ。どんな事してでも、取り込みたい人間である。だから異性ではなく、実力のある人を選ばせたんだろう。
法律で禁止されていても、本人達が望んで来たんですで終わるし。こっちで可愛い彼女が出来た奴はウォール伯爵に付くと思う。
「だからリオン様は、ウォール伯爵のお城に潜入したんすね。流石は王宮騎士っす」
なんでもリオンさんは王様直属の騎士だそうだ。王様の命で各地を転々としているから、貴族に面が割れていないとの事。
多分、俺が出なかったパーティーにウォール伯爵もいたんだろうな。こっそり光君に話し掛けていそう。
「それで、これからどうするんですか?」
風野さん、意外に冷静なんですね。
「力をつけるしかないですよ。強くなって味方を増やす。そうすりゃウォール伯爵も手を出し辛くなります」
すがる様な目でアルエットさんを見る。男のプライドなんてゴミ箱にポイッです。
「任せるっすよ。まずはゴブリン退治っす」
それじゃまずアルエットさんに清潔保持魔法を掛けますか。
◇
ゴブリンさん、ごめんなさい。アルエットさんがチートな人だって知らなかったんです。
「そーれ、喰らうっすよ」
俺の体臭が染みついたタオルに釣られてやって来るゴブリンさん達。そしてそれを一振りで肉塊に変えるアルエットさん。ダンプカー並みの破壊力です。
「フェロモンを消しても、ゴブリン出て来なくなったね」
清潔保持魔法は身体や服を綺麗にする魔法だ。呼気や汗には効果がない。ゴブリンがアルエットさんの匂いを覚えたんだと思う。
「さて、次の作戦だ。アルエットさんもうひと働きお願いしますよ」
途中でゴブリンに会ったら台無しなにでハンドタオルもビニール袋にしまう。
目指すのは昨日見つけた山道。登っていくと開けた場所が出て来るのだ。
そこにセーフティゾーンを設置。陽向達三人はそこに待機してもらう。
「兄貴、危ない事はしないでね」
……後から謝ればなんとかなるだろう。坂を下って袋小路に到着。
ビニール袋からハンドタオルを取り出し、腰から下げる。食い物を入れてあるビニール袋は指で穴を開けて、これも腰から下げる。
続いて袋小路の入り口付近にシールドボールを階段状に設置していく。
後は入り口を見渡せる場所で待機。今のうちにログインボーナスをもらっておくか。
ログインボーナス 5珠 ミッションゴブリンを殲滅せよ
(5珠ってなんだよ。もう少しサービスしてくれてもいいじゃん)
昨日はノートと鉛筆だったし、日に日にログインボーナスがせこくなってないか?
「グギャギャ」「グギャ」「グギャギャ」
なんだよ。うるさいな。
「グギャギャがうるさいっての……まじ?」
そこにいたのは大量のゴブリン。そんなに俺の匂いが魅力的なのか……ゴブリンにモテても嬉しくないです。
愛想笑いを浮かべながらダッシュで逃げる。計算失敗、山道ダッシュきついです。
「くらえ、ビー玉大のシールドボール」
ゴブリンの足元めがけシールドボールを転がしていく。先頭のゴブリンがこけて、背後のゴブリンを巻き込んでいく。
今の内に階段状にしたシールドボールをマジックキャンセルで消しておく。
(嘘だろ!袋小路がゴブリンで溢れかえっている)
捕まったら絶対にアウトだ。そのまま一気にダッシュ。頭がクラクラしてきたけど、関係ない。
「ぜー、ぜー。アルエットさんちょっと来て下さい」
セーフティゾーンがある所に声を掛けてアルエットさんを呼ぶ。まあ、そうすると陽向と風野さんも来る訳で……もう勢いで押し切ろう。
「なんすかー?なんすか?あの凄い数のゴブリンは!?」
流石のアルエットさんも驚いた様だ。
「風野さん。俺を包んで下さい」
リュックサックから毛布を取り出し、岩の上に敷く。その上で体育座りになる。
「わ、分かりました」
包みおわったのを確認。
「アルエットさん、俺をゴブリン目掛けて投げて下さい……シールドボール」
よし、上手くいった。俺の周りには球状のバリアが展開している。
これぞ、名付けて人間ボウリング作戦。毛布は衝撃を和らげる為の物だ。
「任せるっすよ。パワー全開!うぉー、喰らうっす」
なぜか俺を持ち上げるアルエットさん。まさか……。
アルエットさんはドッチボールの要領で俺をゴブリン目掛けて投げつけた。物凄い勢いで飛んで行く俺入りシールドボール。
「あーにーきー!」
陽向の絶叫とゴブリンの悲鳴が山道に木霊する。
何十匹ものゴブリンを巻き込んで突き進むシールドボール。毛布なんて役に立ちそうもないスピードだ。
「あれ?痛くない……けど、ぐろい」
俺救ってくれたのは肉塊となったゴブリンさん達。どうやら彼等がクッション代わりになってくれたらしい。
「流石コーダイさんっす。残りは任せるっすよ。ヒナタは援護を頼むっす」
無事にゴブリンを壊滅させたけど、陽向の目が凄く怖いです。




