8話 災厄の予兆
お待たせしました
私達は今クエストのため森林に来ていた。
先日訓練場の弁償金50万シルを払った私は金欠状態となっていた。
当初獲得した60万シルで払えばまだ余裕があったのだが、この世界の衣服や小物、予備のための武器や鎧を買っていたら50万シルになっていた。
クエストの報酬金も4等分するので毎回だいたい2万シルぐらいが手に入る。
なので私の手元には常に約52万シルがあったのだが、弁償金の御陰で今は2万シルと少し。
マーガレットは自分が払うと言っていたが、マーガレット強化は私が言い出したことなので私が受け持った。
お金が無いため私達―私―はいつもより報酬金が高めのクエストに来ていた。
モンスター一体の討伐クエスト。森や動物に危害を加え、危険視されてるモンスターだ。
名はジャイアントキャタピラー。
「来ましたよキノさん!」
ユーリが目標が来たことを報告してくる。
がさがさと木をかき分け進んできたそれは私達の前に姿を現した。
異世界なのに何故英語があるのかとか、芋虫なのに何故でかいのかとか。そんなことより先に思い浮かんだ言葉があった。
それは――
「なにこれ、気持ち悪‼」
△▼△▼△▼
「わあああああああああッ! キモいキモいコワいコワいデカイデカイクサいクサいハヤイハヤイッ‼」
私は逃げながら絶叫していた。
私に向かい、駆けてくるそれは端的に言えばでかい芋虫。
具体的に言えば、百足のような足が何本も生えており、人間のような大きな口を持ち、鼻の奥を刺激する激臭を放つ全長5メートル程の紫色の芋虫だ。
ワシャワシャと百足のような足を動かし、口の端から溶解性の唾液を垂らすその姿は根源的な恐怖心を煽ってくる。
『加速』と『強靱』を持つ私が囮役を買って出たのだが、今は後悔している。
作戦の内容は至ってシンプルだ。まず私が指定の場所までおびき寄せ、マーガレットの魔法で倒す。
だが、想定外な事が一つあった。速い。そうすごく。
『加速』を持っている私とほぼ同じ速さだ。
つまずいたりでもしたら……いや、やめておこう。
そうこうしている内に指定場所が見えてきた。マリアがこちらに手を振ってきた。
そこは周りに木があまり無く、平地のようになっていた。森の中で炎熱系魔法なんか撃ったら大惨事になってしまうからだ。魔力制御を覚えたマーガレットの魔法は私の魔法よりも威力が高かった。
私はマーガレットの方へ駆けていき、芋虫へと振り返り。
「『電光魔撃』‼」
振り向きざまに雷撃魔法喰らわせた。
足に魔法を受けた芋虫は前のめりに崩れ落ちた。
マーガレットはそんな芋虫に杖を向け。
「『火炎魔球』‼」
魔法を放った。
△▼△▼△▼
ギルドに戻り報酬金40万シルを受け取った私は、3人にお金を渡し、1人でくつろいでいた。
そんな私に1人の男が近づいてきた。
「キノの姉貴お疲れさまっス! 休憩中ですか?」
私に馴れ馴れしく話しかけてきた男――ゴートは私と向かいの椅子に傲岸不遜といった感じで勝手に座ってきた。
その男は私が初めて来た時絡んできたチンピラだ。
私に負けてからなにを血迷ったのか、私を姉貴と呼び慕っている。
別に呼び方は好きにしても良いが、もうちょっと遠慮出来ないのだろうかこの男は。
「んー? そーだよ。ゴートはまたお酒飲んでたの?」
私の言った通りゴートは酒を飲んでいたのか、ほのかに頬が赤い。
この男は基本的に朝から昼まで酒を飲んでいるらしく、ゴートがクエストに行くのは稀なのだとか。
ゴートはへラッと笑いながら、
「そーっすよ。さっきまで新米冒険者を脅迫……いや奢って貰ってたんすよ。いやー最近の冒険者は気の良い奴ばっかで助かりますよほんと」
ほらこんなん。
この男本当に冒険者なのか怪しくなってくる。ただのチンピラなんじゃなかろうか。
「そういえばキノさん聞きました? 最近ここら辺にドラゴンが現れたらしいすよ?」
ゴートはふと思い出したかのように……いや実際そうなのだろう。そう言ってきた。
ドラゴン……。
ファンタジーの王道であるモンスター。ドラゴンを倒すには上級の冒険者を複数連れないと倒せないのだとか。
正直戦っても勝てる気がしない。
「へー、ドラゴンかぁ。興味あるかも」
「そうすっか? 俺はおっかないっすね。なにせドラゴンと戦って生き残った奴なんて数えるぐらいしかいないっすよ? それこそ王国騎士とかじゃないと」
王国騎士、たびたび耳にするがそんなにすごいのだろうか。
「王国騎士ってどうやって入るの?」
「興味あるんすか? じゃあ教えてほしかったら酒奢ってくださいよ。……冗談っす、だからそんなゴミをみるような目で見るのやめて貰っていいですか?」
この男一回警察のお世話になった方がいいと思う。本当に。
「年に一回ぐらい王都で新米騎士を募集する行事があるんすよ。そこで試験に合格すれば入れるっすよ。それか、これは特例なんすけど、めっちゃ強い冒険者に勧誘がかかることがあるっすね。それこそ、ドラゴンを倒せるぐらいの。それに俺昔試験受けたことあるんすよ。落ちましたけど」
「へー、ゴートが? ちょっと以外かも」
騎士というのは国のためだとか国民のためだとかで入る人が多そうな気がしたのだが間違いだったのだろうか。それともゴートのもちょっとは人の心が……。
「いやー騎士になったら飯とかただで食えるし、大威張りできるんで入りたかったんすけどねぇ」
少しでもこのゴミを認めた私が馬鹿だった。
その後酒を奢らせたがるゴーミ…ゴートを黙らせて、私はガゼル宅に戻りベッドの中に潜り込んでいた。
騎士か……興味あるな。
そう思いながら私は眠りについた。
△▼△▼△▼
夜の帳が降りる頃。森林で1人の冒険者が逃げ惑っていた。
(ちくしょう、なんで俺がこんな目にッ!)
その冒険者の仲間はとうの昔に惨殺されていた。
彼らが受けたクエストはゴブリン討伐のクエスト。討伐を終え、帰路に着く途中『奴』に襲われたのだ。
遠くから、凶悪な雄叫びが聞こえる。
その声を聞いた途端冒険者は心臓を握り潰された心地になり、全身の震えを押さえられずにいた。
(だ、駄目だ。こんなとこじゃすぐ見つかっちまう! どっかに隠れねえとッ!)
冒険者がそう思案した途端、冒険者を巨大な闇が包んだ。
冒険者はそれの正体に半ば確信しながら後ろを振り向く。
冒険者を覆ったのは闇ではなく影だ。そして、冒険者の視線の先には…
「ひ、ひいぃいいいぃいいいいいぃッ‼」
冒険者の視界には凶悪な容姿をしたモンスター…いや、『化け物』が立っていた。
冒険者は悲鳴を上げ、股間から生暖かい液体を垂れ流しながら、逃げようともがくが……。
冒険者の両足はすでに無くなっていた。
冒険者はそれに気づくのと痛みが襲いかかってくるのが同時だったようだ。
「えっ、ひ、ぎいあああぁああぁあああ‼」
無くなった両足部分を押さえながら冒険者が絶叫する。
無くなった原因は『化け物』に足を切断させられたからだ。
『化け物』はそんな冒険者の姿に満足したのか、嬉しそうに喉を鳴らす。
そして冒険者を掴み、巨大な口に運ぶ。
「ぐうああぁッ! えっ? なっ、何を! は、放せ! やめろ‼」
そんな冒険者の懇願も『化け物』は当然耳を貸すはずが無く。
「ひ、ひいっ‼ や、やめろ、やめてください! お願いします!」
『化け物』は喚き続ける冒険者を口腔内に放り込んだ。
「ひっ! い、嫌だああああああ‼ 助けてくれ、サミット、エンデ、レックス! 嫌だ、死にたくない、俺はまだ死にたくない! あ、ああああああああああああ‼」
死んでしまった仲間の名を叫びながら、冒険者は『化け物』の巨大な牙によってバラバラに砕かれていった。
『化け物』――竜は飛翔する。大空へと。まるで次の獲物を探すかのように。
それは、キノと対峙する3日前のことだった。