53話 マーク
ガールズラブ要素があります。
苦手な方はご注意ください。
「ん……」
僅かに生じた振動で目を覚ます。
馬車の中だというのに品質の良い椅子の御陰で、少し眠ってしまっていたようだ。
「お目覚めですか、キノさん?」
口の端から垂れた涎を拭うと、対面に座っていたマーガレットが読んでいた本から顔を上げてにっこりと微笑んだ。
「うん。長旅をするのは初めてだったから疲れちゃってたのかも」
「ふふ、他の二人も同じみたいですね」
マーガレットの言うとおり、私の隣に座っていたアウロラは私の膝を枕代わりに(鎧はちゃんと脱いでいる)、マーガレットの隣にはマリアが穏やかな寝息を立てていた。
微笑ましい光景に、思わず膝の上にあるアウロラの頭を撫でた。
マリアはともかく、アウロラは旅どころか城の外に出たのが初めてだったため、かなり深く寝てしまっているようで、撫でていても中々起きない。
いや、そもそもアウロラはテコでも起きないのだから、疲労はあんまり関係ないかもしれない。
「マーガレットは寝なくて良いの?」
「私は大丈夫です。今はこうして、魔術の本を読んでいるところでした」
「ふーん。……ちょっと見せて?」
身を乗り出し、マーガレットが読んでいた本をのぞき見る。
かなり高度な魔術書なのか、言語理解の加護がある私でも理解が難しい単語が羅列していた。
「マーガレット、これ読めるの?」
「ええ。確かに最初の頃は苦労したんですが、今ではなんとか」
「すごいなぁ。私なんか全然読めても理解が出来ないよ」
「読めるだけでも凄いことですよ。それに、魔術書は理解して読もうとしては失敗します」
一体どういうことだろうか。
何か哲学的な意味でも含まれたりしているのかも?
「魔法は理屈ではなく理論。真説より仮説。課程より結果です。『呪文を唱えるから火が出る』のではなく『火を出すために呪文を唱える』のです。その前提は、正直重要視されません。なにせ、火が出ればそれはもう魔法なので」
「……つまり、現実的に考えるんじゃなくて、幻想的に考えた方が良い、ってこと?」
「まあ、大まかに言えばそういうことになります」
そう言ってマーガレットは読んでいた魔術書を閉じた。
魔法については、私はまだまだ知識が浅い。
魔法も第一階位しか使えないし、その精度も本職であるマーガレットやマリアに劣る。
剣士なのだから魔法はいらないだろうと言われればその通りなのだが、私の戦い方は魔法依存に近い物なので、無くてはならない存在だ。
もう少し魔法について勉強するべきかなと思っていると、マーガレットが不意にジトッとした目を向けてきた。
「な、なに、マーガレット?」
思わずビクッと体を揺らしてしまい、私の膝の上のままのアウロラが苦しそうに呻いた。
困惑した表情で言うと、マーガレットはさらに目を細め、少し身を乗り出してきた。
「……先程は聞きそびれましたが、本当にベルズ陛下とは何もしていないのですね?」
「し、してないって! ちょっと話してただけだから!」
寝てる二人を起こさないように声を潜めて抗議する。
何もしてないわけではないが、ナニもなかったので実質嘘は吐いていない。
尚もマーガレットは訝しげな目のまま、はぁっと溜め息を吐いた。
「……キノさん、おこがましいとは思いますが、チョロすぎです。もっと慎重になってくれないと、いつか大変なことになってしまいますよ? それでなくても、貴女は隙が多いんですから」
「き、気をつけます……?」
よくわからないマーガレットからの忠告を受け、全部を理解出来ていないまま頷く。
チョロい? 私ってチョロいのか?
試しにベルズとしていた会話を思い出してみる。
うーん……。確かにチョロすぎたような気がしないでもないが……。
「大丈夫だよ。私を狙うなんて物好きなんてそうそういないでしょ」
「それ、本気で言ってます……?」
心底呆れたと言わんばかりの表情で、問い返された。
でも本当にそこの心配はいらないと思う。
だって一回もナンパとかされたことないし。
「……そういえばさ、マーガレットって確か私と同い年だったよね?」
「? そうですね、二ヶ月ほど前に十八になったばかりです」
唐突に話題が変わったことに、きょとんと首を傾げるマーガレット。
別に今気になったわけではないが、前々から不思議に思っていたことがあった。
「同い年なのに、なんで敬語なのかなぁって。ほら、幼なじみとは言え、年下のマリアには敬語使ってないじゃん。だから私にも気兼ねなく敬語使って欲しいんだけど」
というか、本来なら私の方が敬語を使わなければいけない立場だ。
大貴族の娘であるマーガレット、ユーリ、マリアに敬語を使われ、自分はため口とはゾッとしない。
出来ればもっと砕けた口調で話して欲しいのだが……。
マーガレットは得心がいったというように、にこりと微笑んだ。
「ああ。理由は簡単です。私がキノさんに憧れているからですよ」
「う、うーん。そう言われると悪い気がしないから困る……。じゃあ、何があったら敬語じゃなくなるの?」
「そうですね……。キノさんと肩を並べて戦えるくらいになるか、憧れじゃなくなったとき、でしょうか」
「そんなこと言われるともっと頑張んなきゃいけないじゃん、私」
「ふふ、そうですね」
口元を手で押さえて、クスクスと笑うマーガレット。
それから「多分、他の二人も私と同じ事を思ってますよ」と付け足した。
頑張るとは言ったが、何故三人がこんなにも私を慕ってくれてるのか解らない。
性格もそうだが、私は三人との実力がそれほど隔絶してるとは思えない。
剣術はユーリに劣るし、魔法はマーガレットとマリアにも及ばない。
足りないところをスキルで補っているだけで、素の実力では多分そこらの一般兵にすら劣る。
まあ、スキルもお前の力だろうと言われたらその通りなのだが。
なんだか、ズルをしている気がするのだ。
と言うより、ズルだ。
何だよ、願っただけでスキルを獲得出来るって。
これで獲得したスキルが通常よりも性能が劣るとかだったらまだしも、どうやら従来通りの効果を発揮しているようだ。
そんなに大量のスキルがあっても把握しきれないし、扱いきれる自信が無い。
完全に宝の持ち腐れである。
それでも、そんなチートみたいな能力を持っているにも関わらずまったく勝てる気がしない人物が何人もいるこの世界はどうなっているのやら。
内心で辟易としていると、マーガレットは先程まであった穏やかな笑顔から一変。
再びジトッとした目つきに戻っていた。
「……話を戻しますが、もう少し気を張って過ごしてくださいね」
「いやだから大丈夫だって! まかり間違ってもそんなことにはならないから!」
私はどれだけ信用がないのだ。先程言っていた私への憧れ云々はどこに……。
マーガレットは「そうですか……」と呟き、席から立ち上がった。
そして、私の正面に立ち、顔をずいっと寄せてくる。
思わず膝上のアウロラの頭をどけて馬車内の端にまで寄ってしまう。
「あ、あの……。マーガレットさん……?」
「――皆がいるからはしたないことはしませんが、それでも、覚悟してくださいね?」
まるで自分に言い聞かせるように、小さく呟いたマーガレットの言葉が耳に届く。
空いた距離を先程よりも狭められ、視界の八割以上がマーガレットで埋まる。
フワッと、甘く香しい匂いが鼻腔を通り過ぎた。
マーガレットは上目遣いで私をじーっと見つめ、微動だにしない。
改めて、マーガレットの顔を観察する。
しこらえたばかりの絹のように滑らかな金髪。
蒼穹を映したかのようなぱっちりとした碧眼。
スッと整った小さい鼻梁に、ふっくらとした唇。
異世界に来て美人の顔にいくらか耐性がついたとはいえ、ここまでの美人に詰め寄られると、かなりドキドキしてくる。
うわ、なんかすごい緊張してきた!
二年前と違って、体つきも大人に近しい物になっており、ローブを押し上げる胸も、二年前とは比べものにも……。
胸? 胸だと⁉
自分の胸を見下ろしてみる。
そこには、二年前と何も変わらないなだらかな平原が広がっていた。
それを認識した途端、一気に気持ちが落ち着いた。
うん、なんかすごい冷静になったわ。
これならなにをされても靡くはずが……。
ガシッと、マーガレットが私の両手首を掴んだ。
「⁉⁉⁉」
それによりもはや息がかかるほどに近くなった顔から目を逸らす。
いやヤバいて。顔ちっかっ。顔良ッ。めっちゃ良い匂いする。
ふぁー、私これから何されるんだマジでホントにどうなってんだこれていうかマジで顔近い可愛い恥ずかしいヤバババババババbbb。
もはやパニック状態となった私とは対照的に、マーガレットは表情を一切変えていない。
いつもの気弱な様子が嘘みたいだ、一体何があったんだろうか……。
ていうか、私息臭くないかな? 大丈夫? なんか凄い心配になってきた。息止めとこ。
頬を軽く膨らませて息を止めていると、マーガレットが不満気に「むぅ……」と唸った。
「……何故息を止めているのですか」
「い、いや、口臭くないかなと思って……」
「そんなことありません。むしろ、良い匂いですよ、キノさんは」
「さ、さいですか……」
そう言われて一安心。溜めていた息を吐き出す。
いやなんも安心できないわ。何されるんだこれから。
不安げにマーガレットを見つめていると、私を安心させるかのように微笑んだ。
ジトッとした目つきは何も変わっていないが。
「安心してください。なにも取って食べたりしませんよ」
「そ、そうなの? じゃあ何を……」
「ただちょっと、自覚させるだけです」
カプッ。
「ヒィン⁉」
一瞬何をされたのか理解出来なかった。
まったくもって予想外のことをされて、頭の中に?マークが乱立している。
「……ン」
「ぁうっ……。マーガレットぉ……?」
マーガレットが何をしているのかに気づいたのは、首筋に生じた痛みだった。
彼女は私の首元に顔を埋め、吸血をするかのように私の首に口を付けている。
思わず変な声が漏れ出てしまい、静かな馬車内に私の声が妙に大きく響いた。
「――プハッ。……貴女は理想的な人です。男性にも、女性にも。だから、気をつけてくださいね。誰にこんなことをされるか、解りませんから」
「は、はひ……」
そう言って、マーガレットは私から離れて元の席に座った。
湿った首筋を押さえながら、私はしばらくその場で固まっていた。
これって、もしかして……。
……キスマ、付けられた?
真っ赤になった顔とは違う赤色が、私の首筋に出来ていた。
R18じゃありません()




