26話 お着きの騎士
「休暇、ですか」
「おう、先日の傷が治ったにしろ、まだ安静にしといた方が良いだろう。つう訳で、しばらく休暇をやる。もう万全だって思ったら訓練に参加するようにな」
宴が終わって半日。
いつも通りに訓練をしようとしたところハンスに止められ、臨時休暇を頂戴した。
確かに生活する分には問題は無いが大怪我した病人が次の日に激しい運動をするのは頂けない。
そんな事でありがたく休暇を満喫させて貰っているのだが……。
「――暇だ」
私は自室のベッドに寝そべり小さく呟いた。
午前九時頃に休暇を貰った時ははしゃいだものだ。
例えるなら、皆が学校に行ってるのに自分一人だけ怪我だからという理由で休むあの何とも言えない優越感があったものだ。
大図書庫に気になった本を六冊ほど借り、その内の二冊を読み終わった所で、何故か何とも言えない虚無感が襲った。
例えるなら、宿題があるのにゲームをしてしまい、これでは駄目だと思っても宿題をやる気が起きずベッドで寝っ転がってる状態に近い。
こうなったら無理矢理訓練に参加してやろうかと思った時、ドアの向こうからノック音が聞こえてきた。
ノックの回数は三回。うるさすぎず、小さすぎないその音はメイドさんのものだと推測する。
「キノ様、カルラ女王陛下がお呼びです。直ちに女王陛下の自室に来るようにとの事です」
「え、あはい。わかりました……?」
足音が遠ざかっていく。
カルラとは護衛の任務で何回も姿を見かけているが、その声を聞いたことはほとんど無い。
私とマーガレット達が城に招待された時もカルラは一言も喋らなかったほどだ。
無口な人だなと思っていたがカルラ自信からお呼ばれされるとは。
私は私服姿から鎧に着替えようとし、
「あ、しまった。まだ新品が来てなかったんだ」
近衛騎士の鎧を全損してしまったので、今新しく細剣と一緒に造って貰っている最中なのだ。
「私服で大丈夫かな……。いや、カルラ様も事情を知ってるだろうし大丈夫か。でも近衛騎士として私服姿で赴くなんて……」
散々考えた結果、持ってる中で一番高級な服で行くことにした。
いつかに貰ったワンピースとカーディガンだ。
いくら近衛騎士だから物品をただで貰えるとしても、高級品をただで貰うのは気が引けたので身分を隠し庶民服ばかり買っていたのが仇になってしまった。
前まで着ていた鎧も考えたのだが、今更あの鎧を着ることも躊躇った。
という理由で私服で行くことになったのだ。
カルラの自室、と言うよりは、バルトラとカルラの部屋と言ったほうが良いだろう。
バルトラは今は恐らく郊外に視察に行っているところだろう。
私は扉を軽く三回ノックし、
「カルラ様、国王直属近衛騎士末席、キノでございます。カルラ様のお呼びに応じ、参上に至った次第でございます」
扉の前で厳かに聞こえるであろう声を出す。
この三ヶ月間で私はそれなりの貴族の言葉を覚えたつもりだ。
かといってそこは高一の語彙。
点数を付けられるのだとしたら六〇点くらいだろう。
等と心の中で自己採点を付けていた時、部屋の中から、
「お入りなさい」
と、艶やかな声。
「失礼します」と一つ断ったところで。中に入る。
部屋の中は流石というべきか私の自室の二倍は広い。
そしてティーテーブルを間に挟んだ一人用の椅子の二個の内にカルラは座っていた。
カルラが元の世界にいたならば即女優としてスカウトされるであろう美貌。
高齢に見えるバルトラとは違いカルラの顔や手には皺一つ無く、下手をしたらまだ十代なのではないかと思うほどだ。
だが実際にはバルトラとたった5しか年齢が離れていないのだという。
バルトラは確か50歳と言っていたから45歳。とてもそうは見えない。
カルラは手に持っていたティーカップを置き、無言で座るように促した。
私はもう一度「失礼します」と断ってから椅子に座った。
椅子は柔らかく私の体を受け止め僅かに沈んだ。
「さて、こうして面と向かって話すのは初めてだったわね、キノさん」
「仰る通りでございます。こうしてカルラ様と知己を得られた事、大変光栄に……」
「無理して丁寧にならないでいいわよ。苦手なのでしょう? こういうの」
「……お恥ずかしながら」
「なら自分の楽な喋り方にしなさい」
「は、はい」
「それに、私も苦手なのよ。王族としての喋り方」
「そうなのですか?」
「ええ。喋ればボロが出るからいつも黙ってたのよ。私、実は弱小貴族の生まれなのよ?」
「え、ええ⁉」
驚きの事実に思わず声に出して驚いてしまった。
カルラは実は無口という訳では無かったのも驚きだが、公爵の生まれでは無く弱小、男爵の生まれなのは最近知った情報の中でも一番驚いた。
それからカルラの苦労話が続いた。
男爵の生まれの自分は公爵家の跡取り等の愛妾にでもなるのだろうと思えば、自分に一目惚れしたバルトラの求婚に二つ返事でオッケーを出してしまった御陰で、許嫁候補の家や各貴族から反感を買ってしまい、一時期は政策すら出来ないほど大変だったのだという。
結局はカルラの人柄に好感を持った貴族達が増えたため過激派な貴族達は黙るほか無かったのだそうだ。
カルラは一頻り自分の苦労話を語ると、紅茶を一口飲み、
「さて、今日貴女に来て貰った理由だけど」
その言葉でこれがお茶会では無くカルラからの頼みでここに来たのだという事を思い出した。
「貴女に私の娘の世話を頼みたいのよ」
「娘さんの、ですか?」
「ええ、今まで会った事無いでしょうけど、実はこの城には私の娘がいるのよ。まだ12歳なんだけどね」
「はあ、その子のお世話係をしろという事ですか?」
「……そうね。そういうことになるわ。と言うより、貴女をしばらく娘専用のお就きの騎士にするわ」
「それはこれからずっと、という事でしょうか?」
「ええ……。出来たらね」
「?」
カルラの物言いに違和感を覚える。
後ちょっとでその理由が喉元まで出かかっていたその寸前に、
「さて、娘の部屋に案内するわ。ついていらっしゃい」
私が抱いていた疑問はカルラの言葉で霧散してしまった。
△▼△▼△▼
「それじゃ、娘をお願いするわね」
カルラの部屋からそう遠くない部屋まで案内され、私は扉の前に立った。
扉をノックしても返事が返ってこない。
私は居ないのかと思って試しにドアノブを押してみると、カチャッ、と音を立てて扉が開いた。
「――誰?」
「……! ……失礼します、カルラ様の命により貴女様の護衛騎士に任じられました、キノでございます」
「あぁ、入って良いわよ」
扉をくぐり部屋に入るとベッドの上では一人の少女が座っていた。
その少女は先日見た少女だった。
ベッドの上で上体だけを上げて私を見る少女は寝起きなのか瞳はしっかりと私を認識してくれてる様子は無い。
少女はクアッ、と小さく欠伸をし、ベッドから降りて私の近くまで歩いてきた。
カーテンが閉められており日光が遮断されて少し薄暗い。
それでも少女の美貌はこの部屋のどんな高価な調度品よりも一際輝いていた。
天上の美。年はおそらく12歳前後であろう少女はワンピースの様な寝間着を着、上質な毛布をてるてる坊主の様にして身を包んでいる。
間違いなく今まであった人の中でもトップクラスの美醜だ。
思わず生唾を飲んでしまった。
少女は私の目の前で止まり再び欠伸をした。
しぱしぱと瞬きをし、ジッと私の顔を観察してくる。
「……な、何でしょう?」
「――ん~、何か変な魔力を感じる……。ねえ、貴女、実は自我が二つあったりしない?」
「えぇえ……⁉」
「……自覚無し? でも表面上に出してる魔力とは別に内側に一つ、いや二つ……?」
「あ、あの」
「あぁ、ごめんね。それじゃ、初めまして。私の名前はアウロラ。アウロラ・エル・アストレイト。この国の第一王女よ。短い間でしょうけどヨロシク」
「あの、カルラ様もおっしゃっていたのですが、短いとはどういう……?」
「あれ、お母様から聞いてないの? 私はね」
そこでアウロラは言葉を区切り。
「病気なのよ。後一年も生きられないわね」




