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如是我文  作者: 葉倉千緒
5/8

回向

新東京(ネオ・トキオ)の西部。そこは政府関連施設やオフィス街の喧騒から離れ、大学のキャンパスや住宅街が主の閑静な場所だ。その閑静な住宅街の一角にある公園。


「……ここだよなぁ」


一人の男が公園入り口の車止めに腰掛け、タバコに火を点けようとしている。


「こんなところでタバコは如何なものかと思いますよ、岡田先輩」

「何だ、小山か」


タバコを吸おうとしていた男は岡田といい、彼に喫煙を注意した女は小山というらしい。


「いいだろうが、別に。禁煙場所じゃねえし」


指先で、火の点いていないタバコを弄ぶ岡田。


「よくはありません」

「お堅いねぇ」

「ええ、公務員ですから」

「だな……俺ら警察も一応、公務員だわな。ノーネクタイとリクルートスーツだけどよ」


二人は警察官のようだ。岡田はネクタイをしておらず、小山は就活生のように濃紺のスーツ姿だ。



「格好は関係ありません。常に警察官だという意識を持ってください」

「……心の褌を締めろ、序でにケツの穴も締めろってか?」

「それ、セクハラですか?」


小山はムッとする。


「セクハラ! おうおう、俺はオジサンだから最近の流行り言葉は分かんねーや」

「オジサンって、岡田先輩。私より若いでしょうに……」

「おう、高卒で入ったから短大卒の小山よりはな。てかよ」

「はい?」

「岡田先輩って呼ぶのと、敬語を止めてくれや。2コ違いだけど、俺と小山は同期だろ?」

「いえ、そこはしっかりさせてもらいます。私はずっと交通課でしたが、今年度から先輩と同じ刑事課なので。新米刑事の私をよろしくお願いします」

「……お堅いねぇ」

「ええ、公務員ですから」


不敵に、口の端を上げる小山。


「ところで、先輩」

「何だ?」

「この公園って例の……」

「……ああ、今からちょうど7年前に女の子が誘拐された場所だ」

「……友紀乃ちゃんですよね?」


小山はショルダーバッグからファイルを取り出し、誘拐事件の資料のページを開く。


「資料に依ると、友紀乃ちゃんは母親が目を離した隙に連れ去られたみたいですね」

「そうだ」

「しかし、お言葉ですが…… 7年も経った今、有力な手掛かりが見つかるとは……」

「ああ、分かってる…… 7年前、新米刑事の俺も捜査に加わって、血眼になってこの公園で手掛かりを探したさ。当時でも、手掛かりなんか見つかりゃあしなかった……」


弄んでいたタバコを箱に戻す岡田。


「では何故、今更……」

「俺は毎年、ここに来てんだよ…… 初めて俺が刑事として携わった事件だし、未解決事件だしな」


岡田は公園の中央にある滑り台へ目を遣る。


「お宮入りは何としても避けてえよな…… コイツのためにも」


岡田は背広の内ポケットからクシャクシャになったメモ用紙と、一枚の写真を取り出して小山に渡した。


「可愛い女の子ですね。名前は……谷口、『めい』ちゃん?」


小山は写真と、悪筆で書き留められた紙を見比べながら岡田に訊ねる。メモ用紙には『谷口明』と辛うじて読める字で書いてあった。


「違う。明るい暗いの明るい、照明の明で『あきら』だ」

「女の子であきら、ちゃん…… 珍しいですね」

「んにゃ、女の子じゃねーよ。男の子だ」

「えっ! こんなに可愛いのに…… 女の子にしか見えない」


写真には、女の子のように丸顔で大きな目をし、紅顔でピースサインをする子供が写っている。


「……だろう?」


タバコが吸えなくて口寂しいのか、岡田は親指の爪を咬みながら言う。


「……この子も誘拐されてますね、メモに依ると」

「ああ。奇しくも、20年近く前にここでな」


顎で公園を差す岡田。


「20年前…… じゃあ……」

「時効だな」

「………………」


小山は言葉を失った。


「……つかぬことをお訊きしますが」

「何だ?」


「差し支えなければ教えてください、この『あきら』くんという男の子は……」

「…………俺の親戚。姉貴の倅だ」


咬み切った爪の欠片を投げ捨て、岡田は小山に応える。


「結局、事件はお宮入りになっちまったけどな。だから毎年、俺の個人的な墓参りみたいなもんも兼ねてだ……生きてるかもしれないけどな」

「……お堅いんですね」

「公務員だからな……」


唾で濡れた親指をズボンに擦りながら、岡田は言った。


「私用に付き合わせて悪かったな」

「いえ……」

「ところで、今は何時だ?」

「……もうすぐ4時です」


女物の時計の長針が11を指している。


「ちょうど小腹も空いてきた時間だな。定食…… ファミレスでも行くか?」

「今は勤務ち…… 定食屋さんに行きましょう」

「おっ、軟らかくなったねぇ」

「公務員たるもの、時には柔軟さも必要ですから」


微笑む小山。


「んじゃ、俺の馴染みの店にレッツらゴー」


岡田と小山の2人は公園を後にした。

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