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第八十五話 夢の宴[うたげ]

 雨が降っていた。篠口はしたたり落ちる雨を通路の窓からぼんやりながめている。昼休みだから、一時いっとき、立っているのは、眠気をほぐすのに丁度よかった。食後の缶コーヒーがそのほころびをいやし、篠口を幾らかリラックスさせた。風もそう強くはなくシトシト降る催花雨さいかうだ。窓から見える沿道の桜はまだ七、八分咲きだから散る心配は、まずない。三日後に予定された恒例の花見には晴れるだろう…と、篠口は巡った。昨日、急務の仕事を徹夜でしたせいか、時折り睡魔が篠口を襲っていた。

「おお、咲いてきたな!」

 同期入省の山北が篠口の後ろから声をかけた。篠口は、ハッ! として腕を見た。昼休みが終わろうとしていた。

 篠口は、とある省の大臣官房参事官だ。同じ参事官の山北とは大学も入省も同期で、気性も合うと笑いあったビンゴな親友だった。

 昼三時前、疲れからか、眠気が篠口をふたたび襲っていた。ウトウトとデスクへ前のめりになり、篠口の意識は遠退とおのいた。

 気づけば、篠口は同僚達と満開の桜の下で花見をしていた。妙なことに、沿道の桜の下でうたげは出来ないはずだった。

「今年の桜は、いい咲き具合だ。なあ、篠口!」

 一杯機嫌の山北が酒の回った赤ら顔でそう言った。確かに淡いピンクの桜は満開で、下からの眺めは絶景だったが、篠口には、ふと疑問が湧いた。

「んっ? ああ…。おい、ここで花見できたか?」

「ははは…冗談はよしだ。毎年、ここでやってるじゃないか」

「馬鹿な! ここは駄目だったろ!」

 篠口は言い返していた。

「お前、酒が弱くなったか? 馬鹿はお前!」

 吟醸・月正宗の小瓶を片手に、酔いの回った山北が篠口を指さした。その山北の顔が揺れ始め、篠口の意識は遠退いた。

「おい! 起きろ、篠口! …まあ、昨日は徹夜だったそうだから、大目に見てやろう」

 ニタリ! と山北は笑って言った。

「夢か…」

「なんだ、まだ寝ぼけてるのか? 明日は花見だぞ!」

「えっ! 三日後だろ?」

「なに言ってる。外を見ろ、桜は満開だ!」

「嘘を言え! さっき…」

 篠口は席を立つと、窓に駆け寄った。沿道の桜は満開で、照明灯に照らされ揺れていた。篠口は目をこすった。しかし、昼休みに見た七、八分咲きの桜は満開だった。

「どちらにしろ、ここでは駄目だろ」

「なに言ってる。すったもんだの挙句、今年から庁舎管理規程の特例で、ここもOKが出たじゃないか」

 ああ、そうだった…と篠口は思い出した。

「もう遅い。帰ろうぜ」

「ああ…」

 二人は肩を並べ、庁舎をあとにした。なま暖かい夜風に、沿道の桜が揺れた。その下の芝生に、篠口が夢の宴で見た、あるはずがない月正宗の小瓶が横たわっていた。


                  完

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