表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/100

第八十三話 蟋蟀[こおろぎ]橋

 時は寛永10年と申しますから、今からおおよそ380年ばかり前のお話でございます。

 秋の夜長、チリリリリリ…と、なんとも風情深く鳴く蟋蟀こおろぎの声が聞こえる橋のたもとを一人の男が歩いておりました。蟋蟀橋・・この橋の名のいわれはその名のとおり、多数の蟋蟀がすだくところから付けられたそうにございます。空には中秋の名月、空気も澄み渡り、夜風も心地よう吹いて肌をでます。男は橋半ばで立ち止りますと、欄干らんかん越しの名月をでておりました。そのとき、ふと男の背に声がいたしました。

『もし…、つかぬことをおきいたしますが…』

 男が誰ぞと振り返りますと、そこには一人の若い美形の娘が立っておるではございませんか。それまで人の近づく気配もなかったものでございますから、男はギクリ! といたしました。しかしまあ、その娘には不気味な気配もいたしませんで、男は平静さを取り戻したのでございます。

「はあ、いかなることに、ございましょう?」

「この辺りに鳥居さまと申す方のおうちはございませんでしょうか?」

「鳥居さまでございますか? 名はなんと申されます」

「確か、忠光さまとか…」

 鳥居は、その言葉に、ふたたびギクリ! といたしました。偶然ではございましょうが、それは自分の名でございました。

「そ、それは、拙者せっしゃでございますが…」

「さようでございましたか。あなた様はいつも、この辺りをお通りになられてございますね」

「ははは…あなたの目汚しになりましたかな。左様、ここは登城への近道でございますので。…して、ご用の向きとは?」

 鳥居は自分をよく知っている者だ…と思いましたが、その娘には一面識もございません。

「この橋が架けかえられるそうにございますが…」

「ほう、内密の話を、ようご存知で…」

 鳥居は2千石の旗本でございました。

「風のうわさを耳にしたまでのことでございます。そうでございましたら、どうか、堤の草原くさわらはそのままに願いとう存じます」

「いかなることに、ございましょう?」

「訳はお訊き下さいますな。どうか、私の命に免じて…」

 そう言いますと、その娘の姿はまぼろしのように闇の中へと消えたそうにございます。鳥居はゾクッ! と寒気さむけを覚えました。そら、そうなりましょうな。夏こそ過ぎておりましたが、怪談を聞いたのではなく、鳥居は今風に言います、オカルトの実体験をしたのでございますから…。

 さて、鳥居がその場を立ち去ろうとし、足元を見たときでございました。足元には一匹の蟋蟀が死に絶えております。おお! これは…と、男は恐怖のあまり身震みぶるいし、一目散に駆けだしたそうにございます。その後、橋は架けかえられましたが、堤の草原はそのままになったと伝えられております。

 まずはお粗末ながら、怪談 ぶくみの蟋蟀橋、由来の一席、おあとがよろしいようで…。


                 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ