第53話 ボクのラノベコミカライズはお仕事です!
はじめに一つ解説を入れるとしよう。
満月家の五女、ユノスの趣味は家事と漫画を描くことである。以上。
とある休日の満月家にて。
「マスター、本日のバズり具合はいかがでしょうか?」
と、ユノスの召使いである執事姿の女性――電子生命体『MEY』の『アザレア』は、タブレットに向き合う主ユノスに尋ねる。
「ぼちぼちだよ。中の中くらいかな?」
ユノスはつぶやきSNS『Mutter』の画像投稿機能を使い、四コマ漫画を隙あらば投稿している。
「素晴らしいですね。この調子でいけばこの世界でもマスターの漫画がブレイクするかもしれませんね」
「フォロワーも一万人くらいついてきたからね。そろそろ大きなアクションが起きてもいいと思うよボク」
噂をすれば影とやら、ユノスのアカウントに一通のダイレクトメッセージが届いた。
すかさずユノスはそれを読み上げる。
「『突然のメール失礼いたします。あなた様の画力を評価し、とある作品のコミカライズをお願いしたいと願っています。もしこの話が気になりましたら、お返事の方お願いします。 境迅社編集部 春祭パンナ』」
「コミカライズ――原作ありきでの漫画制作の打診ですか。いささか話がうますぎるような気がいたしますが、マスターはいかがなさいます?」
「とりあえず話は聞いてあげるよ。ボクの漫画が流行る足がかりになるかもしれないもん」
後日、ユノスはビデオ通話アプリを伝い、
『出版社『境迅社』の編集、春祭パンナと申します。本日はよろしくお願いします』
「こちらこそ、よろしくおねがいします」
ザ・編集者な真面目な風貌の女性――春祭パンナと打ち合わせをする。
『早速本題に入りますが。今回ユノスさんにコミカライズしていただきたいのは、『不運で死んだら、侘び加護で最強聖剣ゲット! 〜チート剣聖転生者の異世界英雄譚〜』というライトノベルです』
ライトノベル『不運で死んだら、侘び加護で最強聖剣ゲット! 〜チート剣聖転生者の英雄譚〜』とは、タイトルを見て大体察せる通り、不慮の事故で死んだ、剣術道場生まれの主人公が、神様から賜った最強の聖剣を用い、異世界で大活躍する作品である。
既に当作は、某小説投稿サイトで百万PVを叩き出し、境迅社で九巻書籍化され、そこそこな売上を叩き出している。
この人気作がここに来て、ついにコミカライズの話が立ち上がったのだ。
『我々編集部はユノスさんの作品をちらと拝見させて頂きまして、丁度この企画に相応しい絵師さんだと思いまして、打診に参りました。して、この仕事はどういたしますでしょうか』
仕事大好きなユノスは即答する。
「もちろんやる気まんまんですよ」
『そうですか。しかし流石にいきなり何話も書かせるとはいいません。ユノスさん側へ一方的に負担をかける訳にはいきませんから。
そちらに原作一巻の電子書籍を送ります。まずそれを読んで一週間以内に五から十ページ程度のネームを仕上げてみてください。
それを計画続行の判断材料と、ユノスさんがこの仕事を請負するという意思表示とします。
ああ、もちろん途中でご都合が悪くなりましたら「ごめんなさい」の一言をください、今回の話はすんなりと水に流します』
「はい、わかりました」
『では、くれぐれも無理なさらないようにお願いします』
打ち合わせが終了して刹那、ユノスに『最強聖剣』の原作一巻が送られた。
「さすがは出版社、仕事がスピーディーだなぁ」
パンナ編集の手際の良さに感心しつつ、それに応えて原作を読む。
*
三十分後。
「せっかくドーナツがあるから何度も呼んでいるというのに来ないとは。ユノスめ、また無茶していないだろうか」
いつまで経ってもおやつを食べに来ないユノスを心配して、サバキは直接ユノスを呼びに二階へ登っていた。
「ユノス、そろそろおやつの時間だぞ……!?」
サバキはユノスがいる部屋に入るなり戦慄した。
ユノスが『真顔』でタブレットを見つめていたのだ――普段なら何があってもニコニコしているはずのユノスが。
「おい、どうしたユノス。具合でも悪いのか」
「違うよ。この小説の出来が悪いんだよ。つまんないんだよ」
ユノスはサバキへ、パンナ編集より送られた小説の一ページを写したタブレットを渡す。
■
「喰らえ、聖刻流星斬」
ズガァァァン! バァァァン! ドシュゥゥゥゥ……
聖剣から飛んだ光が、目の前の百万の軍隊を瞬殺する。
だがその将軍と思しき、剣術レベル50の少女はまだ生きていた。
少女は艷やかな金髪を風になびかせ、俺に斬りかかる。
キンキンキンキン! キンキンキンキン!
流石剣術レベル50だ、さっきの雑魚とは遥かに違う。
だが俺は決して負けない、何故なら俺は神に選ばれた『剣聖』だから。
「無尽漂白斬」
ズバァァァン! キィィィン! ビリィィィィ!
「何ぃ、きゃああ!」
俺の聖剣の一振りにより放たれた光は、少女を吹き飛ばし、鎧装を焼き払う。
出るとこ出た健康的な、無垢な一糸まとわぬ美しい裸体を、少女は出来る限り隠す。
「く、クローツ家の女に、このような恥辱を加えるとは……見事なものだ。故に」
少女は俺に飛び込み、豊満な胸を押し付け、
「このオリヴィエ・クローツ。そなたの伴侶となろう」
と、求婚してきた。
「ああ、いいぜ!」
かくて俺は百万の軍を倒しつつ、三人目のハーレムメンバーを手に入れた。
やはり俺の聖剣に敵うもの無し! だな。
■
「凄惨だな……戦闘と女の描写が雲泥の差だ。そしてなによりも、話が唐突過ぎる」
「これの漫画を描いて欲しい、って出版社から言われたんだけど……」
「これの漫画……正気の沙汰じゃないぞ。こんなの漫画にしたところで一体何の役に立つんだ。鍋敷きになるのか? そして、ユノス、これ本当に漫画にするのか?」
「するよ。お仕事だからボクは描くよ……お菓子食べ終わったら」
「ああ、そういえばそうだったな……くれぐれも無理はするなよ」
ユノスは下に降りておやつをパクパク。大好物のドーナツのお陰で、またいつもの笑顔に戻った。
その隣にて。サバキは実験として、
「コーリン殿。これを少し読んで感想を聞かせてくれないか?」
ソファで横になっていたコーリンに、ユノスのタブレット――『最強剣聖』が表示されている――を渡す。
「別にいいぜ」
コーリンは快く引き受け、『最強剣聖』を数ページ読む。
「……つまんねぇなこれ。ほい」
そして雑な感想を添えて、サバキにタブレットを返した。
「あっさりした展開と文章だから貴様には合うと思ったが……貴様でも駄作と思ったか」
「これはあっさりというより破茶滅茶だな。ラーメンで例えると『ただ数分、具材煮ただけ』みたいな。
あと、オレは『平家物語』とか『太平記』とかカッチリめの本、フツーに読めるからな。そこんとこバカにするなよ」
「そうだったか。それは申し訳ないコーリン殿」
「あとボクにも申し訳ないして、サバキお姉ちゃん。いつまで人様のタブレット握ってるの?」
*
おやつを食べ終わったユノスは、机でタブレットに向き合い、コミカライズ制作に取り組んだ。
ユノスが前いた異世界で培ってきた発想力があれば、あまりにも不格好な描写も盛大に盛れる。
培ってきた速筆があれば、五から十ページのネームなど、三時間もあれば描ける。
故に三日後、ユノスは境迅社に『一話分に相当するペン入れ済みの、しっかりとした体裁の漫画』を送りつけた。
『恐ろしいほど速筆ですね……』
ビデオ通話でのパンナ編集の一言はそれだった。
「とてもわかりやすい話だったので、スパスパ描けました」
『そうですか……ちなみに、これを編集部で回し読みしたところ、かなり評判が良かったですよ。原作より面白いとかいう声もありました。ただ……』
「ただ?」
『原作者が『オリヴィエの胸の大きさが微妙に足りない』と『刀身はともかく、鍔とか鞘の書き込みが足りない』と、不満を漏らしていました。あ、これは後ほど直していけば大丈夫だとも言ってましたので……』
「後ほど直していけば大丈夫、ということは……」
『はい、おめでとうございますユノスさん。境迅社の漫画アプリでの連載が決まりました』
「わぁ、ありがとうございます」
『という訳で、二ヶ月内に三話ほど仕上げていただきたいのですが。よろしいでしょうか』
「はい大丈夫です。あと、一つ質問してもいいですか?」
どうぞとパンナ編集が許可すると、ユノスは禁忌にも等しい質問を、編集へ投げかけた。
「この原作、本当に売れているんですか? そしてこれ、春祭さんは面白いと思っていますか?」
『……面白いかどうかは、それは好みの問題だと思いますが……はい』
言葉につまった故の神妙なパンナ編集の顔つきが、ユノスのタブレットに十秒ほど映し出される。
「で、ですけど、どういうわけか化学反応めいて、売れてるには売れていますので! 他に質問はありますか」
『ないです』
「わかりました。では次の作品も期待しています」
打ち合わせが終了した直後、ユノスは長いため息を吐く。
丁度水を持ってきたアザレアは、それを不審に思った。
「珍しいですね、マスターがため息なんて……編集部と何か揉めたのでしょうか?」
「いや何でもない」
ユノスは生まれて初めて『ストレス』を具体的に感じた。
面白くも何とも無いライトノベルのコミカライズを務める。
そんな、面白いと信じた物を描くという漫画家の信念を否定するような行為――やりたくないことをやらされる故の『ストレス』を。
(でも仕方ない。これもあの日ボクに課せられた『漫画を描く』っていう『仕事』だから。きちんとしよう。ボクはただ漫画を描けばいいんだ)
かくてユノスは己に言い聞かせ、『最強聖剣』の漫画を、無心に描き始めるのだった。
アザレアはコップを置き、ユノスの執筆風景を眺めて、
(流石ですマスター、実に漫画家らしい、芯のある立ち振る舞いです)
と、ユノスの漫画に対する真剣な態度を心中で称賛した。
数日後。ユノスは描きあげた二話目を送り、再びパンナ編集とビデオ通話で打ち合わせる。
「今回もご丁寧に、ありがとうございます……ですが……」
「ですが? どうかしたんですか?」
『すみません。原作者が『Mutter』で、作品を批判した人を裏アカウントで誹謗中傷するというコンプライアンス違反をしたため、周囲の非難を受け止め原作の打ち切りと、コミカライズの中止を決定しました』
「ということは……もうこの漫画は」
『はい、もう描かなくて大丈夫です。すみません、今回もしっかり描いてくださったのに』
「いえいえ、大丈夫です。こちらもそれほど熱入れて描いてませんから」
『本当にすみません……では、また縁があった時は、お願いします』
「はい、ありがとうございました」
ビデオ電話を切った後、一軒家とオフィスビル――違う場所にいながらも、二人は同じ瞬間に同じことを考えた。
((やっと『最強聖剣』から釈放された))
ユノスの仕事――漫画を描くことは、まだまだ続く。
【完】




