第48話 決めろ! チヨ社長の新商品案!
入学式前日。
「とはいってもね。こういう大事な日の前日でも、結局いつも通り過ごしちゃうんだよねー」
と、ピコリはソファに横になりながらつぶやく。
他の姉妹も同様、明日までの自由時間をダラダラと浪費していた。ピコリの言うことが当たってしまった。
「ただいまー」
なかなか大きめの段ボール箱を抱えたチヨが帰ってきた。
「お帰りなのじゃー! 今日は早いのじゃな。午前帰りかえ?」
「うんそう。そんでもってコーリン! これ、リビングまで持ってってくれない!?」
「おう、任せた!」
六人はテーブルに置かれたそのダンボールを見つめる。
「『満月コーポレーション』って書かれてる……会社の備品かい?」
「いやいや、これはきっとアタシへの愛のプレゼン……」
「ルシェヌ、それこそ違うよ。マジナがニアピンかな」
部屋着に着替えてリビングへ戻ってきたチヨは、ダンボールを開封し、六個の白い紙箱を取り出す。
「今度はどの箱にも『試作品』と書かれているな」
「ケーキの箱みたいだね。会社の新商品?」
チヨはその内の一つを開け、その中身――三角に切られたトースト六個を披露する。
ピコリは尋ねる。
「何これ?」
「これはね。ちょっとした事情があってね……」
*
さかのぼること、数日前。
満月コーポレーション本社ビルの、とある階、『ベーカリーカフェ・ミツキ』運営会社オフィスにて。
「うん、順調順調。このまま行けば五月には第一号店が出来る」
チヨは社長椅子に座り、書類を眺めながら、この順調さに満足していた。
そこに一人の社員が訪ねてくる。
「社長。こちら、メニューを纏めた書類になっております」
「ありがとう。うん、よく纏まって……ない?」
そのメニュー一覧のサイドメニューの枠に、『社長枠』と括弧付けされた項目があることを、チヨ社長は気づいた。
「この枠って何かな?」
「あっ、説明する前に気づかれましたか……はい、これは社長に一品、メニューを考えて貰おうという物です。
このメニューの大半は、既に親会社で販売してる菓子のカフェ風アレンジですが、やはりカフェオリジナルのメニューがあった方がいいと思いまして。
『社長のおすすめ』とか、キャッチコピーつけて販促も兼ねられますし、どうか、お願いします」
「あたしに頼んじゃっていいの? 商品作るのってかなりのお金が動くから、もっと知識ある人に任せた方がいいんじゃない?」
「あくまで、原案だけでいいですから。それを聞いてから、我々が上手いこと商品に仕上げますので」
「うん、わかった。じゃあ原案だけね」
*
「その後あたしはノリノリで何個もあれこれ考えちゃって、六個の案が出来たの。
それから社員総出でどれを製品化しようか選ぼうとしたけれど、まるで決まらなくて……最終的に、『後は社長の一存に任せます』ってなって……」
「それでボクたちに批評させて決めるために、その試作品を持ってきたんだね?」
「うん、そうだよ、ユノス。という訳で今からみんなにはこれを食べ……」
「あ、わりぃ、見てるだけで腹減ってきたから……」
「はむはむ、おいしいのじゃ」
既に、コーリンとルシェヌはそのトーストを食べていた。
「注意しそびれてすまないな。母さんが夢中で話していたから、茶々入れるのも何だと思って看過していた」
「別にいいよ……あたしの社長の手腕が出てきたとか自慢したかったわけじゃないから……ほら、早く食べて、感想ちょうだい!」
他の四人も続いて、トーストを試食する。
「あ、これバター醤油トーストじゃん。母さんがよく朝ごはんに出してくる」
「そうそうピコリ。やっぱりカフェで食べるのによさそうな物といったら、パッと思いついたのがそれで」
「いつものより美味しい! カフェだからちょっといい素材使ってるんだねこれ!」
ここで、以前までは黙々とトーストを食していたマジナが、口を開く。
「ところで、新しく出来るカフェってどういう雰囲気の店なんだい?」
「え……ああ、確か、デザイナーさんから貰った完成予想図がスマホに……あった!」
マジナは、チヨがスマホに映し出した完成予想図の画像を見て、感想を述べる。
「これならバター醤油トーストはよした方がいいと思うな。このカジュアルな店で、この家庭的な料理を食べるのは私的にはすっごい萎える。これ自体はおいしいにはおいしいんだけどね」
「うわ、めちゃくちゃ批評してきた……しかもえげつない切り口で」
ダメ出しを受けてしょげたチヨへ、コーリンはクスクス笑って、
「そりゃマジナはしょっちゅうカフェ行ってるからな、その手の話題に関して強いんだぞ」
「そうそう、性的な話題の次くらいにはね」
「確かにかなり筋は通ってる……まさに、正論って感じ。それじゃあ、後の五個もそういう感じで評価して貰うね!」
二番目に披露されたのは、アップルパイならぬ『トマトパイ』だ。
「満月コーポレーションの原点にして大黒柱『アップルパイ』に次ぐメニューとして考えたの! トマトだから健康的に良さそうだしね!」
ルシェヌが言う。
「……別に、そこまで悪くもないけど、よくもないのじゃ」
加えてマジナも、
「トマトのシャリシャリ感がアップルパイと似たり寄ったりなのも気がかりかな?
多分トマトが好きなら、おすすめ出来るけど。私だったらアップルパイ食べちゃうかなぁ」
「パイナップルパイとかよりは、アップルパイから捻って差別化したつもりなんだけどなぁ。じゃあ次!」
三番手に来たのは、和洋折衷のハイブリッド、『あんこシュー』である。
「あえて和風を入れて、異質感を出して見た。ほら、小倉トーストってあるじゃん。あれみたいな感じで」
コーリンは言う。
「へぇ驚いた、あんことクリームってこんなに合うもんなんだな。マジナ、これはいけるんじゃないか?」
「ちょっと甘すぎるのが難点かな。それ以外は問題なし、よく出来てるね。
あと、無性にコーヒーが欲しくなってきたかも。これをコーヒーにズブズブぶちこんだらもっとおいしくなりそう。
というより、最初っからそんな感じにしたメニュー作ったら?」
「それはいいね……うーん、今回は完璧に褒めちぎられそうな予感がしたんだけど」
四番手は、小腹満たし一徹のメニュー、『ペッパーソルトドック』だ。
「サッパリしたものが欲しいなと思って、味付けをケチャップ&マスタードから、塩コショウにすればかなりサッパリするんじゃないかって。
パンに塩コショウをふりかけたソーセージをサンドしてみました」
サバキが夢中にそれを食べつつ、こうコメント。
「これはうまいぞ! 塩コショウがソーセージと共同して美味を生んでいる!」
一方、マジナは首を傾げつつ、こうコメント。
「小腹満たしと考えても、何だかボリュームが足りないような気がする。
あと味もサッパリというより、地味……サバキみたいな真面目なテイストが過剰にする。もう一跳びアレンジが欲しいな」
「もう一跳び足りてないのもサバキみたいになっちゃったか……」
「何か言ったか、母さん?」
「いえいえ、とんでもない」
いよいよメニューも残り少なくなってきた、そこへ堂々、満を持して現れたのは、『チョコアップルドーナツ』だった。
「チョコドーナツ? ドルスザクカフェの看板メニューを頂こうという企みかい?」
「まさか! 確かに意識はしたけど……けどこれは、細切れにしたりんごを入れて、『満月』らしさも備えてるから。訴えはされないはず」
六人はこれを実食。
「うん、これもうまいな」
「チョコのビターさと、りんごの甘さが丁度いい」
「わぁ、これアップルパイっぽさもあるね! これひょっとして本家超えいけるかも!」
「お母さんが作った物なら何でもおいしいに決まってるのじゃ」
「ありがとう、コーリン、サバキ、ピコリ。あと、これは専門の調理師に作らせた物だよ、ルシェヌ……それで、マジナはどう? おいしい」
「うん、何回か本物のチョコドーナツを食べたことあるけど、私的にはこちらの方がおいしいと思う。
細かく刻まれたりんごに甘さ要素を一任しているお陰で、チョコドーナツ本体の苦さが強調されてて、すごく大人な味がする」
「うっし、やっとこさマジナに完勝した! さて、皆の評価も得られたし、まだ一つ残ってるけど、これで決めてもいいか……」
「ボク、まだ何も言ってないよ」
と、ユノスがチヨへ待ったをかける。
「いっけない、まだユノスの感想聞いてなかった。で、どうなの?」
「チョコドーナツにりんごを混ぜ込んだアイデアは評価するよ。ただ、混ぜた中で両方が別々にいるのはどうかと思う。甘さと苦さで役割分担は出来てるよ。けど、両方が合わさってこそのおいしさがまるで伝わってこないな。あっちこっちのレストランで蔓延ってる『とりあえずチーズかけとく』みたいな風習を彷彿とさせちゃう。それとみんな言ってないけどこのドーナツの食感もボクはあんまりすきじゃないよ。ドーナツの生地にはフカフカしたケーキっぽいのと、モチモチしたパンっぽいのの二種類に分けられるけど、これはどちらかというとパンだね。それが裏目に出ちゃったよ、だってチョコを入れたことと、元々水分の多いりんごを使ったことが原因で、どことなくビチャビチャしてるもん。お母さんも、余計な水吸っちゃったトースト食べたことは多分あるよね。よく味わってみるとそれに似た不快感を感じるよこれ。ドーナツは温めて調理する料理なんだから、余計な水分は抜いたほうがいいよ。オールドファッションみたいにサクサクフカフカに仕上げるぐらいがボクは好きかな。それと見た目にもインパクトが欲しいな。りんごの粒を入れてるのにそれが全面にあまり出ないで、表面が黒一式に包まれててすごい地味。チョコミントのチョコチップみたいに、りんごの粒出してみるとかしないと、お客さんの見る目から外れちゃうよ。これじゃありんごを使う意味は満月感を出すのと、ただの訴訟対策以外にまるでないよ。あ、ボクお母さんが頭悪いとかセンス無いとか言いたいわけじゃないよ。お母さんがこれからも社長として生きながらえるために、娘としての仕事をしているだけだからね、恨まないでよ」
「……はい。どうも、ユノスにしては珍しい長台詞でご教授してもらって」
チヨはただただ頭を下げた。
ここでピコリは思い出す。
「そういえばこの作品の登場人物紹介の所の、ユノスの好きな食べ物欄にドーナツって書かれてたね。約五ヶ月ぶりの伏線回収とはやられたなぁ」
チョコドーナツを食べ終えた後、ユノスはチヨへ厳しく催促する。
「わかったなら最後の出して、お母さん」
「え、本当に最後の出すの……もうあんこシューで良いような気しない?」
「じゃあ何で持ってきたの? ボクたちを冷やかすため?」
「あー、もう、わかったわかった、出しますってば! 自信無いけど!」
チヨはやけくそ気味に、最後の箱を開封。そしてそこから、茶色の棒が何本か刺さったカップ六個が登場する。
「何だぁ、これ?」
「パンの、耳かな?」
「商品名は『パン耳ラスク』、わかりやすい言い方すると『食パンの耳を揚げて砂糖かけたやつ』……最初は冗談のつもりで提案したんだけど、何かあちらでウケたらしくて、結果最後の六個に残ってたの……無理でしょこれは、最初のバター醤油トーストみたいな家庭感どころか、貧乏臭さすら感じ……」
「これうまいな!」
「普通にサクサクしておいしい!」
「やっぱりお母さんの考えた料理は最高なのじゃ!」
思いの外好評だった。
「コーリン、ピコリ、ルシェヌ、嘘でしょあなた達……あ、マジナとユノスは流石にダメだよね」
「これいくらで売るつもりかい?」
「えっと、素材が素材だから九十円ぐらい……」
「なら売れるかもね。シンプルで癖のない味わいだし、スティック状だからスマホいじりとか勉強中とかの合間とかにも食べられるし。コーヒーとも相性よさそうだしさ」
「パリパリサクサクで嫌味がなくておいしいね。ボクは何も言うことないよ」
「自分としては、これに塩コショウをかけるといいかもしれない……」
「また塩コショウかい、サバキ? かくいう私も、これにチョコをつけるのを妄想したけど」
「オレはあんことクリームつけたいな。さっきのあんこシューみたいにしてよ!」
「はいはい、じゃあウチはケチャップとマスタードかけたい!」
「ボクは柚子ジャムとかもいいと思う。元々パンだもん、きっと合うよ」
「ならアタシはバター醤油にするのじゃ! これでお母さんの没メニューの敵討ちするのじゃ!」
「何か勝手にみんなで盛り上がってる……捨てる神あれば拾う神ありって、こういうことを指すんだ。
はぁ、これに決めて、負の連鎖が起こって、ロスイさんから大目玉くらわなきゃいいけど……」
この後、『パン耳ラスク』は、その安さ、手軽さ、豊富な味付け、コーヒーとの相性の良さから、アップルパイと双璧を成す『ベーカリーカフェ・ミツキ』の看板メニューとなるのは、また別の話。
「あ、そう言えば明日入学式だったね。まるで話に絡まなかったからウチ忘れてた」
【完】




