13話 (2)
ダナムと別れたあずさは街を適当に散歩した。
そこは豊かな山々や森林に囲まれた連合軍の軍事施設と併設で建てられた街。商業施設で働く人々も一見したら市民だが、実は訓練された予備兵である。だから舗装された道に戦車や装甲車が通ってもそれは日常風景で誰も気にしない。空は軍用ヘリが飛んだりしてたまに騒音があるくらい。しかし、他の国の悲惨さを比べればここは色々揃っている素晴らしい街だ。アンノウンに対抗する人類がずっとピリピリと張り詰めているわけではない。まだ希望を失ったわけではないのだから。
逆転劇を狙う。一方で連合軍は他の選択肢も着実に同時並行で進めていた。それはコロニーの建造。まるでSFのような話しだが、本当に計画が存在するしそれを《超人》もダナムも知っている。だが、それは人類の敗北を意味していた。
あずさの敗北以降、人々はコロニーへの移住チケットを誰が獲得出来るかの競争が既に起きていた。そして、莫大なお金がコロニー計画に投資されていることも事実だ。
もし、実現すれば地球の土や海を知らない子どもが誕生することだろう。
だが、その計画にあずさは悲観的だった。その計画は全員が救われる道はなく、命の選別が行われるからだ。そこにろくな結果が生まれないことは容易に想像出来る。
だからこそコロニー計画を嘲笑う勝利が今必要とされる。
あずさは敗北以降レベル3のアンノウンをこれまで三体退治している。それでもレベル4指定のアンノウンの戦闘はまだ許可・要請がない。
今、フランスのモン・サン・ミッシェルの真上に現れたレベル4討伐をフランスが他国に要請をかけている最中だ。だが、どの国も消極的だ。モン・サン・ミッシェルといえば海に浮かぶ神秘的な修道院のことだ。だが、アンノウンがそこを襲ったというわけではない。むしろ、その上空に留まっているだけで何の目的で現れたのかも分からない程に停止したままだ。だから迂闊に攻撃も出来ない。信仰深い一部はそこにミカエルが祀られてることからミカエルが守っているんだと言い出す者も現れた。だが、サン・ピエール教会の前に立つジャンヌ・ダルクの保護だと言い出す者はいなかった。
結局、人間は神だの天使だのが好きなのだ。
特にミカエルは天使の中でも特別な大天使。とはいえ、いつまでもそのままというわけにもいかない。フランスはあのアンノウンの出現のせいで国民に避難をさせてから長期間になる。フランス政府も早くアンノウンから奪還したいのだ。
だが、それはあずさにとっては日本奪還を優先したいに決まっている。とはいえ、日本を囲むシールドはレーンの雷さえ通じない。今のところ打つ手無しだった。それ以前に無策に突っ込んでも犠牲を増やすだけ。それくらいの冷静な判断くらいはあずさにだって出来た。
だから考えた。レベル4のアンノウンにも通じる戦略を。今必要なのはアポピスのような敵にも通じる力だ。それにはレベル3相当のクラーケンでは駄目だというのはハッキリした。最低でもそれ以上必要。
あずさの能力は水。水を生み出したりそれを生き物のように水竜を発生させたり、水槽という名の空間への接続とそれに関連してそこでアンノウンを飼い慣らすくらいがあずさが自力で獲得した技だ。しかし、能力による直接な攻撃となると、ウォータージェットのような切断くらいで、レーンのような広範囲高火力とはいかない。広範囲だけなら巨大な津波とかだが、それはアンノウンには通じない。
可能性があるとしたら水の特性から新たな技の開発と、氷狼の能力を取り込んで強化したクラーケンのように水槽内でアンノウンをどんどんぶち込んで育成しレベル4相当のアンノウンを自らの能力で生み出してしまうかというのが思いついた範囲。
後者は既に倒した三体のアンノウンを合体育成中だ。だが、前者はそう簡単にはいかない。色んな本を集め読んだりしているが、科学的知識と実際に能力にするのは単なる理屈さえ通じれば能力になるみたいなご都合的なものではない。
既に自分の能力に壁が現れたみたいな感じだ。これがスポーツでいう壁にぶち当たるみたいな同類の壁でないのは分かる。
《超人》にも能力差があるように鍛えれば覚醒があるとか進化があるとか、そんなシステムがあるようには思えない。直感的に。
散歩と言いつつ途中で店に立ち寄りお菓子や飲み物を買って帰ると、ゲートがまずある。とはいえ顔認証と指紋認証、声紋認証といった生体認証が短時間で出来てしまうのでそこまでストレスも苦痛もない。建物内はホテルのようなエントランスに、彫刻や絵画が飾られており、まぁその芸術的価値はあずさには理解出来ないのだが、エレベーターに乗って自分の階までいく。その間にはカメラが幾つあるか分からない程の監視があるがあずさは気にしたことはない。むしろ、日本だって他の国だってカメラはそこら中にあって今ではスマホのカメラならネットを通じて筒抜け、なんてことも極秘裏に行われている。ネットの繋がらないスマホなんて単なる金のかかった板に過ぎない。誰も警戒心なんてゼロか気にしないふりをする。まるで監護みたいな社会かもしれない。ただ、安全ばかりを気にしてプライベートの侵害に盲目的になる一般人が溢れていてはこれも仕方のない現象なのかもしれない。
自分の部屋はいちフロア全てだ。といっても本ばかり。高級な電化製品や家具に興味はないので既に備え付けられた最新の電化製品でも満足な域だった。不満はない。あるとしたら日本食が食べたいくらい。だが、自分は恵まれてることに自覚がある。能力があること、皆特別視して特別扱いしてくれること。自分がなんでそうなのか知りたいくらいに。全員が同じレベル、能力でないが故の特別。
でも、特別じゃないと割に合わない危険な目に合っているのも事実。
だがしかし、世の中等価交換のような上手い話しはない。どちらかが得をし搾取される構図があるように、等価なんてそもそも誰がどう判断して等価と決めれるというのか。
結局、人間なんて曖昧な認識に囚われ過ぎてむしろ馬鹿になってるだけだろう。
世の中所詮包摂と排除が両立してる時点で立派な社会なんてもの存在しないだろう。
社会なんてアンノウンが現れる以前から、元からクソではないか。
溜め息すると幸せが逃げるという言葉は適切ではない。溜め息するというのは幸せが逃げるのでなく、目の当たりにした事実に息をしただけに過ぎないのだから。




