第6話 銀は無限だった
かつて、地球上でいちばん豊かな国は、スペインだった。
異論はなかった。数字がすべてを語っていたから。
海の向こうに新大陸があり、山があり、山の中に銀があった。ポトシという名の山だ。掘っても掘っても尽きなかった。まるで神が「もう好きなだけ持っていけ」と言っているようだった。
船が帰ってくるたびに、港は輝いた。
銀の延べ棒、金の延べ棒、宝石、真珠。積み荷は港を埋め、埋めきれない分は倉庫にあふれた。
王は玉座で笑った。
「神は我らを選ばれた」
商人も酒場で笑った。
「これほど豊かな国が、滅びるはずがない」
そして、しばらくの間、二人とも正しかった。
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銀は毎年届いた。
税収は右肩上がり。戦争をする金もある。欲しいものは何でも、外国から買えた。
布はフランドルから。武器はイタリアから。船を造る技術者すら、外から呼べばよかった。
わざわざ自国で作る理由がどこにある?
銀があるのだ。買ったほうが早い。買ったほうが賢い。誰もがそう考えた。
職人は、仕事を失っていった。
工房のドアには、次々と板が打ちつけられた。
若者は、もの作りより出世を選んだ。工房の徒弟になるより、宮廷の役人になるほうが、よほど豊かな暮らしができたからだ。
汗をかいて何かを生み出すより、銀の分け前にあずかるほうが、はるかに割に合った。
誰も、困らなかった。
まだ、船は帰ってきていたから。
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だが、銀が増えすぎた。
物価が跳ね上がった。パンの値段が倍になり、賃金も倍になった。
自国で何かを作ろうとする者は、もはや外国製品に価格で勝てなくなっていた。
だから、また外国から買った。銀さえ払えば、それで済んだから。
国は、ますます豊かに「見えた」。
港には船が列をなし、宮殿はさらに豪華になり、祝祭は夜通し続いた。
誰も気づかなかった。輝いていたのは国そのものではなく、遠い異国の山だったということに。
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そして、銀は減っていった。
戦争は増え、借金は雪だるま式に膨らんだ。
そのときになって初めて、人々は問うた。
「では、我々は、いったい何を作れるのだろう」
答えられる者は、ほとんど残っていなかった。工房はとうに閉まり、職人の技は、孫の代まで受け継がれずに消えていた。
かつて世界一の富を誇った帝国は、静かに、二流国へと落ちていった。
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遠い昔の話である。
だが、不思議なことがある。
海外で稼ぎ、海外から資源を買い、海外で製品を作らせ、
「そのほうが自国で作るより安上がりだ」
と言い続けた国の話を聞くと──なぜか、既視感がある。
工場は次々と海の向こうへ移り、町工場のシャッターは静かに下り、若い技術者の数は年々減っていく。
それでも、株価だけは上がる。
画面の中の数字は、成長を示し続ける。
だから人は言う。
「まだ、豊かだ」
たしかに、豊かなのだろう。
問題は──
その豊かさが、どこから来ているのか、ということだ。
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歴史は、何度も同じことを教えている。
富そのものは、国を強くしない。
富を「生み出す力」だけが、国を強くする。
そして厄介なことに、繁栄の真っ只中では、この二つの違いはほとんど見分けがつかない。
ポトシの銀は、最後の一枚が掘り出されるその日まで、変わらず美しく輝いていた。
そして人は、たいてい銀が尽きてから、ようやく思い出すのだ。
自分たちを支えていたのは鉱山ではなく、自分たちの手だったということを。




