第5話 誰も信じていない国
かつてソビエト連邦には、
世界でもっとも巨大な理想があった。
労働者の国家。
万人の平等。
搾取のない社会。
歴史の最終段階。
少なくとも、
教科書にはそう書かれていた。
広場には赤旗が翻り、
工場にはスローガンが掲げられ、
演説では未来が語られた。
新聞は毎日、
「計画は順調」と報じていた。
生産は増加。
収穫も成功。
科学は進歩。
人民は幸福。
少なくとも、
統計上は。
人々は朝、列に並んだ。
肉を買うために。
石鹸を買うために。
時には、何を売る列なのかも分からないまま。
誰かが小声で言う。
「今日は何の列だ?」
「知らん。でも並んでおけば何かある」
皆、笑った。
本当はみんな知っていた。
統計が嘘だと。
計画が破綻していると。
工場がノルマ達成のためだけに
誰も使わない製品を作っていると。
だが誰も、
本気では否定しなかった。
肯定もしていなかったからだ。
上司は報告書を書く。
部下は数字を整える。
役所は成功を発表する。
新聞はそれを掲載する。
全員が知っていた。
そして全員が、
「このまま続くだろう」と思っていた。
巨大な国家とは、
真実で維持されるのではない。
“否定しない空気”で維持される。
ある地方工場では、
壊れた機械を修理する部品がなかった。
だから工場長は報告した。
「機械は正常稼働中」
正常ではなかった。
だが停止もしていなかった。
現場は工夫した。
配線をつなぎ直し、
古い部品を削り、
時にはハンマーで叩いた。
不思議なことに、
それでも社会は動いていた。
地下鉄は走った。
学校は開いた。
ロケットは宇宙へ飛んだ。
だから人々は思った。
「多少おかしくても、国は続く」
実際、続いた。
十年。
二十年。
三十年。
誰も理想を信じていなかった。
だが誰も、
システムが終わるとも思っていなかった。
そして1991年。
国家は突然消えた。
革命ではなかった。
最後の大戦争でもなかった。
ただ、
皆が同時に気づいてしまったのだ。
「あれは、本当には動いていなかった」と。
⸻
遠い昔の話である。
だが不思議なことに、
建前では「多様性」や「改革」や「持続可能性」を掲げながら、
現場では誰も本気で機能すると信じていない制度を、
空気を読みながら運営している社会を見ると、
少し似ている。
会議では理想が語られる。
報告書には前向きな言葉が並ぶ。
数字は整えられ、
問題は“共有”され、
改善は“検討”される。
そして誰も責任を取らない。
だが社会は今日も動いている。
電車は来る。
コンビニは開いている。
ネットはつながる。
だから人は思う。
「まだ壊れていない」
本当に壊れた社会とは、
機能しない社会ではない。
誰も信じていないのに、
惰性だけで動き続ける社会だ。
そして歴史上、
そういう社会はたいてい、
崩壊の直前まで
妙に静かだった。




