Ep18:遭遇、再び
1の年と半分の時が刻まれる頃だった。この頃は勉学と同時に交友関係を深めていった頃だった。ギーラは別の生き方があると言って、それ以来余り話をする事も無くなった。俺達は王国に勤める一手となって生きてゆくのだろう。
―――
「ライズ、今日も剣術の訓練かい?」
「ああ。王国に勤める以上、騎士の職務もあるだろうから・・・」
「騎士は鋭い目線じゃないと務まらないぞ?優しい目をしたお前は無理だよ」
「いや、身を守れるように先導する冒険者になるんだ。騎士の剣技も重要だろう」
俺は剣術大会で一定の評価を得られた。そこは良いとして、勉学にも励まなければ政治文学にも精通した事柄から外されてしまうだろう。貧困を突破するには・・・?
「時には弱く在らねばならない」
デザース、何故そのような事を貴族が言葉にするのか?
王族へ変容をしたのだろうか?
「変わらない時がある。最もらしい意見が並べられるまで」
俺はつい、言葉を返した。
弱さは変わらねばならない事を父に教わった事がある。
今という時が何事も得られず無限に止まる。
そんな感覚を得られたのは、評価を得られたからかも?
「ライズ、一定の評価に溺れると、貴族だってはみ出し者になる」
「どうして?」
「お前が貴族になる習慣を得てから逃げられぬ壁がある」
勉学に励んで剣術に溺れると壁ができると?
いや、そんな事は聞いた事もない・・・。
「理解が得られぬと藻搔きたくなるんだよ。懸命に生きてさえいれば王族が、王国が認めてくれると、父は信じて騎士になった。誰もが通る壁だから」
「貴族が騎士になる機会、それは?」
彼はつまらぬ、と言って言葉を下げていた。
成績では埋められない壁があると、デザース自身の父が教えてくれたと言っていた。
まるで、誇りを捨てたような答えだ。
俺はその言葉のやり取りに、少しも耳を貸さなかった自分がいずれ追い込まれるだろう事を感じていた。上位に立てば貧困から身を守る方法を得られるのか、それも今後に知る事となるだろうから・・・。
「いいか?励めよ」
「う・・・ん、」
「剣術一つで変わる世界は無いんだ・・・」
そう言って彼は教室を立ち去った。
まるで俺に育ちの違う時間を与えていった様に思う。
親さえも知り得ぬ知識、言葉、態度、その意志が全て自らに還ってくることを示している様にも感じ取れた。
「デザース・・・ギール・・・、俺は・・・」
◇ ◇ ◇
―ザァァッ―
この日は水辺に沿って、剣撃の歩を進める訓練をした。そのまま防御をするだけでは前に進めないからだ。だが、この日は空が光の様に明るく、周囲の雲もあり、体が温まるような感触が得られた。
「また、この感覚か・・・。以前よりも増えている」
校舎の外にあるこの場所では、未確認生物が発見される。それは俺だけじゃなく、別の生徒の前にも現れるという。だが、剣技を奮ったものの、その姿は間もなくして消し失せたとも聞く。
「彼等も俺と同じく、光が見えたというのか?」
その時だった!
―キュオオオ―――ン―
その鳴き声は山羊と同じで、孤独にさえずる一つの轟き。あの時と同じだ。標的は俺じゃない、何かだ。背後じゃない、横からでもない、前方から押し寄せるように俺の付近を彷徨う。それは野生生物に遭遇した事を表すはずが、全く異なる生物だった事に気付く。
「ヤギの頭、熊の胴体、アリクイの腕、鳥の足・・・尻尾は蛇・・・」
俺はそっとソレに近付く。全高2メートル38センチ、幅150センチ程の巨体で体の震えが止まらない。口から小さな炎を吐き、爪は15センチ幅、尻尾から牙を見せる。そいつは合成魔獣とでも呼ぶべきか?お前はなぜ、この場へと導かれる?
「野生生物と違うじゃないか・・・」
極限の緊張状態に陥った。
体に冷感が走る。
汗を掻く。
―キュイィ――ン―
剣技の特訓を行っていた矢先なのに、別の森林からも小さな鳴き声がした。異様な雰囲気がするので、こっそりと木の間を覗くと、小鹿よりも3倍大きな生物が居た。それは岩をも削る爪を持っていて、その眼光は他の動物たちを威嚇した。
未だ成長し切っていないとはいえ、その大きさは大人の二回りの大きさだ。
「二匹も・・・、逃げられない・・・」
衛兵が居ないと不味い。俺はここで死ぬ訳にいかない。だからこの手に握る長剣と短剣で牽制と傷を負わせるほか手段がない。ゆっくりと俺を追い詰めるように睨みつつ、近付く生物たち・・・。俺はジリジリと後方へ歩を退かせつつ左手の短剣を前に出し、右手の長剣は後ろに隠す。いざとなったらそれを突き立てて逃げるつもりだ。重傷こそ負わせられない。
だが、俺も生きなくてはいけない。そう、絶対に死ぬ訳にいかないんだ!
―カォォォ―――ン―
俺の存在に気付いた!
二匹の鳴き声が混じる。周囲にはあの時の様な光が無い。
誰もここへ近寄らず、俺一人が左手を前にして、右手を背中に下げている。
ジリジリと草土を踏み鳴らす。
そこに別の空間が在るような感覚で体の浮遊を感じられた。
顔面は冷え、汗すら掻かない。
恐ろしい!
死んでたまるか!!
「あ“あ”あ“ああァァ―――ッ」
俺は人間とも思えない、喉から頬へ響かせる声を挙げた。
一気に熊の胴体の生物の前へ近付き、短剣を振り下ろす。
―グシャ、ブシュ、ドシャ、ズババ――――ッ―
空気を裂く音がする。短剣の刃が通り、切り裂く。
咄嗟に後ろへ飛び蹴り、もう一方の生物の届かぬ首元へ、右手の長剣へ力任せに平面切りをする。
深く傷付けられない!浅い!!
「もう一度ッ!」
―グアォォォ――!!―
両方の生物が俺に向かって手を振りかざす。俺は直ぐ、真横へ躱し、もう一方の炎を吐く生物の前に長剣を盾にした。炎は真っ二つに割れ、俺の体の両端を焦がす!
(熱くない・・・?)
何故か、痛みすら感じられない!?
長剣の刀身に炎の熱が籠もり、直ぐさま、生物に斬りかかる!
骨には達しない、炎を纏った刀身が安易に肉を切り裂く!
(光を纏わなくても、倒せる!!)
そう思っていた。だが・・・ッ!
もう一方の生物がその巨体を活かし、俺の左腕をへし折った!!
「あウアァア“ァ”―――」
とてもじゃないが、太刀打ちできない。俺の左腕はぶら下がる反動で痛みが増す。
この叫び声を挙げている様子さえ、誰にも感知されない。
校舎から森林のある川辺は遠くにあるのだから・・・
「・・・ぐゥァゥ・・・」
絶望を感じた。もう、逃げるしかないと考える内に、川辺の付近の泥水に足を踏み入れた。二匹の生物たちは、俺を囲うように、前ににじり寄って来た。
命がない、死ぬ訳に行かない!
そう思った・・・。
―ズル、ガラガラバシャ――ン―
川へ滑り落ちた。
覚えているのは冷たさよりも、温かさだった。
気が付いた時にはもう、夜に差し掛かっていた。
◆
―
――い、
(何だ?)
―――おい、
「声・・・なのか?」
――――ライズ・フォングラン!!
「はッ!!!」
目の前にはエディーヌ校長の姿が在った。木造の宿舎で驚くような表情で俺を見つめる。周りには二人の教師と一人の兵士が居る。騒ぎでも起きたような話し合いが成されている。俺はどうしてこの場所へ?俺の腕は、どうなった??
「また、あの森へ向かっていたのか。それに腕に擦り傷があって、処置させて貰った」
なぜ、俺の腕が擦り傷だけなのか、全く理解できなかった。
しかも右腕・・・。左腕が折れていた筈だ。
体も濡れていない?
「君は森から逃げてきたんだよ。血相を変えて校舎の中に入り込んだ。そして、アルバンヌ教師に声を掛け、『俺はどうなったのだ?』という意味不明な発言をしていたのだ」
「こ、校長先生・・・俺・・・は、なぜ、その様な発言を・・・?」
「このアンジェル学校は以前、生物実験を行っていて、様々な薬物を使用していた。確か、“人工生命体”の実験として、あらゆる生物と死した被検体を合成していたのだ」
「・・・じゃぁ、俺はそこから逃げて・・・」
「あの森には、幻覚作用のある薬物が振り撒かれた。だが生態的には何ら変化は起きなかった。しかも、合成した生物は闇へと葬られていたのだ。科学実験の為に、幻覚を自ら浴び飲み、如何にも成功したかのように見せることで、彼等は王国へ雇われた・・・」
そうか。学んだからと言って、持論に溺れていると”現実が見えなくなる”という事をデザースが話していた。貴族が騎士になるという幻を彼の父は見ていたから、決して逃げられぬ壁に立ち向かうのだと、彼は話していた。
「剣術がしたいなら、宿舎よりも校舎にある広場を使うとよい。そこでなら、他の生徒と相対することも出来るし、成長が見込めるだろう」
しかし、何故、この時期に野生生物と異なる合成生物と遭遇してしまったのか、理解が追い付かなかった。もしかすると、王国から送られる肉というのは・・・?
「詮索しない事だ。皆に送られたのは確かに、馬や羊の肉であったのだろう?」
合成生物の実験材料だったのか、と一瞬疑ったが、俺には未だ知り得ない学問があるという事だけは分かった。だが、“人工生命体”とは何を示すのだろう?
それが分かるのはもっと先の事だろうか、と予言している自分が居た。
―――
「ライズ、腕を上げたなァ!」
「デザース、お前も・・・だッ!」
―ガキ―ィン―
あれ以来、俺は森に近寄る事を止めた。
デザースも父親の話をする事も無くなった。
光を帯びたり、未知の生物と遭遇する事はもう、無いだろう。




