Ep19:研ぎ澄まされた仮面
――2の年が過ぎた頃だった。
貴族が各土地へ支給量を減らしたという報告があった。
「また、君か・・・」
「はい・・・お久しぶりです」
「エディーヌ校長から許可は得ているのかな?」
嫌味ながらも冗長混じりな言葉を交わす。
「先生、俺は幾つもの体験を通し、貧困から民を救うと“断じて”きました」
断じて、というのは、もう既に決めたという意味で告白した。しかし、アイザル教師はその意見に対し、苦笑いをした。何故なら俺と彼は王国に入るための知識について異なる見解をしており、彼はどちらかというと「富を得て、知を返す」という道理に基づくからだ。彼は俺に対して成長した様な様子を見せずに、態度で示せよと迫る様子も伺えた。それも少しの違いで、導かれるものならアンジェル高等学校での日々など関係ないだろうという感じだった。
――授業が始まった。
その会話の一部始終にピリリと口の端が切れそうな感触がした。
長い期間、各学科の教育を受けたのに、それをまるでいとも簡単に崩せるような様子を見せる。本当に彼は貴族なのか?それとも単にずる賢いだけなのか?俺の考え得るに適した環境は与えてくれそうにもない。
まるで「もう少しだけ時間をやろう」とでも言いたそうな態度で迫ってくる。
俺が「貧困からの」の言葉を使うと、アイザル教師は「それは只の傲慢だ」と言い跳ねる。
「どうやら君にはユーモア―センスがないらしいな」
「それはどうも。先生こそ正義に律儀というセンスがないご様子で・・・」
「騎士には晩酌が不要というがね」
このように、腹の探り合いをするのである。
ピンチがチャンスと呼ばれるように、その逆も然り。アイザル・ディナールも貴族の器を剥奪されない様に、家系に準じて行動をしているという。だが、そのような節はどこにも感じられない。やはりコネがあって、このアンジェル高等学校へ招かれたに違いない。
俺の視線を掻い潜る様に、生命的な反応を示す。
「君は2の年を過ごしてきて、次は3の年を見過ごそうとしている。社交的であればあるほど貧困に近い様子を見せる、その態度、甘え、汚さ、どれを取っても優秀だよ」
この意見の対立に何の意味があるのか、と尋ねるが、対立こそ人間の脅威となるため今少し我慢して、このように意見の違いを見せるのだと彼は言う。
「そうですか」
その、理解出来る様で出来ないもどかしさに、俺は後頭部の下部を掻く。
まず、躾がなっていないとされる部分だけでも、回答に迷わない癖を取り入れろとアイザルは語る。対して俺は心持ち、意志が対等になっていなければ背中を壁に置くだろう、と常に言葉を返す。
それを常識・非常識に分けてみてはどうか、と彼が返事をするかと思えば、教壇に立って鉱石で出来た黒板を使って、授業を行う姿勢だった。他の生徒の事など考えはしないのか、もう少し分け隔てなく生徒達に教えて行く事は出来ないか、と模索する中、アイザルはこう例えた。
「万物に共通する事に、意義はあるのか?」
―万物に共通・・・それは―
そう、社交性でなく糸の無い会話である。そこを頼りに話の脈絡を直す事も大切だと話を返す。何故、大いなる意志の一つとして分け与えられた俺達がこうも、言葉という剣技を重ね合っているのか?そうでもしないと生きていけない道理でもあるのかと考えた。
煙のかかった馬車でさえ言葉を介さぬというのに、彼の場合は言葉一つが掛かるとそこで勝負を掛けるのだ。
――1の月
アイザル教師の独走は続くようにも感じられた。俺が真っすぐに答えようとすると、彼は捻る様に言葉を返す。あと僅かな時間さえも彼は教師として立って居たいのか、と感じた。もう、貧困という名に対する支給について関わっていないかのような態度を示す。
「卒業にあたって、君達に伝えたい事がある―――ッ」
“ヒソヒソ、今日は力説らしい・・・”
“ライズとの攻防はもう、見聞きできないのかな?”
ひっそりと木造の校内で語るべき時間は少ない。皆、卒業の準備で部屋の荷物を片付けつつも授業に参加している。只の授業ではなく、将来の下準備として補う形である。
「エディーヌ校長先生から、貴族はやがて王国の足掛かりとなる事を伝えられていたのだと思うが―――、」
何だろうと皆が聞く中、俺は余りにも深く長い話になるかも知れないと、大体の意見を聞いている。最もらしい言葉も言わずに「この学校を去るのか」と口を揃えて話す事もあった。
例えば足掛かりになる事はないのか?それとも本当に平坦な時代がやって来るのかを信じていいのかという、理念にも属さぬ内容か?
皆、最終の授業かと思って背中を丸めその椅子に座っている。無視は出来ない。
「とにかく何でもいいから話すと言い、話さなければ何もならないと言い、茶を啜る者がここに居る」
誰だ?
「裕福なる貴族、つまり――、私の事だよ」
何を言っている?
「現状、平民区と貧困区に支援も届かず、愛する者さえ失いかねない。たった年に一度の祭りで豊作になる者の、身を削る思いをさせているのはこの、アイザル・ディナール只一人である・・・」
突如として考えを揺さぶる、その意とは?
「新天地にある、虹の鉱石が大量に採掘された時代、元々私達、民で在る者がお互いを分け与え、探し求めてきた。その代償が貴族と王族という、民の代表がもたらした由縁だよ」
俺は歴史を学ばされているのか、それともただ、皮肉を聞かされているのか理解が及ばない。その遊びと手加減によって態度を改めた様子を見ているに過ぎない。あなたはそう言うが、各王国の課題は多いのだろう?
あなたは片手のチョークを黒板へ向けて、新天地の図形などを描くが、その言葉には卑しさと傲慢さえ溢れかえる。もう少し自分の言葉でモノを言えないのか、と俺の目指す志は煮えたぎっている。
その怪しげな仮面を取り去ってはどうだ?
「地上大陸ランガスモーの主権を握るのはパヘクワードの長い歴史。この時を以って採れる食材も少なく在る。しかも如何なる権力を以ってしてもだ」
新天地パヘクワードの原動力は虹の鉱石だと聞かされた事がある。だが、それと貧困の歴史を覆うとして、あなたは如何にして権力を振り払うのか、それが・・・聞きたいッ!
「還元するのは、下の大地であって、己の心にも意志にも属さない。それは更なる新天地の頭上に位置する宇宙という天文学の意識がそうさせるのだよ」
“ヒソヒソ・・・チョークを以ってしても解読できない学問が王国にあると?”
“それなら、今まで王国に力を貸してきた平民たちはどうなるの?”
そうだ・・・。その仮面を脱ぎされ・・・。そして己の言葉を以って述べてみろ・・・。
「例えば、王国エイドカントリーズには七つの騎士という、騎士のトップが居る。彼等は、話をせずに食料の危機を保つことができる。騎士はその意志を受継ぎ、機械と呼ばれる人工的な働きをするのだ。彼らによって政治どころか、野生生物が産まれる度に、それを食材に戻すと、私達貴族は間を執ることが出来る」
ただし、その言葉の裏には、必ずと言って食料を求め、喘ぐように叫びを挙げる者達が居ることを忘れてはならないだろうに・・・。貧困区に至っては痩せ細ったその体で騎士にすら成れずに、兵士の一端を担う者にすら成れないというのに、何故、エディーヌ校長は彼の様な空っぽの精神を雇ったのだろう。
「騎士は歯車のように動く。兵士は貴族との共同作業。そして、我々はその一端を取り仕切ることが出来る」
「つまり、アイザル先生・・・あなたは過去も未来もすべて貴族の為に在ると言いたいのですね?」
俺は遂に声を挙げた。
「ライズ・フォングラン・・・また、出逢える日を心待ちにしているよ。そういう訳で言いたい事があれば、言えない事を表すのではない。騎士と民はいつでも王国の支配下に在るから、心待ちにして君達も潜伏するのだなァ!」
アイザル・ディナール・・・卒業を前にして、あなた方、一家が崩してきた多大な犠牲を今更、覆すことは出来ない・・・。覚えておくよ、その“働きをしない未来”を約束すると・・・。




