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赤い鉄壁:スターリン要塞で迎え撃て  作者: 柴 力丸


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1940年12月:廃案が生み出した「一撃」

【1940年12月:シトニャキ】

 シトニャキ―キエフの北東、およそ150キロにあるそのドニエプル川沿いの小村は、地図にすらろくに載らない場所だった。しかし、この年の冬、その名も知らぬ村が、来るべき大戦の、そして赤軍の戦局を左右する、ある秘密を握っていた。凍てつく風が吹き荒れる中、雪に覆われた要塞工事現場のさらに奥、厳重に秘匿された訓練場では、異様な光景が繰り広げられていた。


 そこには、巨大な鋼鉄の塊が鎮座していた。その名をSU-100Y。重戦車T-100の車体を流用し、長大な130mm砲を搭載した自走砲だ。わずか20輌しか製造されなかったこの試作兵器は、その鈍重な外見とは裏腹に、驚くべき破壊力を秘めていた。


 訓練場では、試射が行われていた。地上観測班の一員である若い少尉、イリヤは、凍るような風の中で双眼鏡を構え、廃車が置かれた標的地点を注視していた。遠くの砲郭から、火花が散ると同時に、地を這うような轟音が腹の底に響いた。砲弾が空気の壁を切り裂く、乾いた金属音が遅れて到達する。イリヤは息を詰め、双眼鏡の視野に廃車を捉え続けた。


 数秒後、標的地点から全てを飲み込むかのような猛烈な爆炎がほとばしった。轟音と衝撃波が遅れてイリヤの体を揺さぶり、雪が積もった地面が微かに震える。煙が晴れると、廃車は跡形もなく、ただ黒く焼け焦げた鉄くずと、深くえぐられたクレーターだけが残されていた。まさに「壮絶」と呼ぶにふさわしい破壊の痕跡に、イリヤは思わず唾を飲み込んだ。この一撃を敵の要塞に叩き込めば、どれほどの効果があるか。彼の脳裏には、戦場の光景が鮮明に浮かんだ。


 しかし、その圧倒的な威力とは裏腹に、砲撃班長は現実的な課題に直面していた。

「手動での装填に加え、発射後の砲身冷却に時間を要する……。これでは、一時間に20発ほどしか撃てない。攻勢には使えんな。あくまでも、要塞線に穴を開けるための補助兵器だ。とても大量生産には回せない。」


 彼は、隣に立つ通信士官に厳しい視線を向けた。

「正確に当てるためには、観測が不可欠だ。イリヤ少尉のような優秀な観測員がいても、肉眼だけでは限界がある。上空と地上に専属の測量班を付けなければいかん。しかし、人は何とかなるが、測量機材が問題だ。最新鋭機を20機もよこせとは……国防人民委員部でも言えるまい。」


 通信士官は、困惑したように肩をすくめた。最新の観測機材は、戦闘機の生産を優先する空軍にとって、供給の滞りが慢性化していた。

「仕方あるまい。旧式のポリカルポフ R-5を引っ張り出すか。MiG-1やYak-1が制空権を取っていれば、旧式でも低空での観測任務なら活躍できるだろう。今は使えるものは何でも使わんとな。」


 砲撃班長は、凍える手でSU-100Yの冷たい装甲を叩いた。

「こいつにしても……もとはT-100という廃案になった重戦車の車体を流用したものだ。日の目を見ることなくスクラップにされるはずだった鉄塊が、こんな形でよみがえるとはな。」


 シトニャキに秘匿されたSU-100Yの存在は、赤軍の置かれた現状を象徴していた。最新鋭のT-34やIl-2が開発される一方で、あらゆる既存の資源、あらゆる可能性を搾り出すように、旧式の技術や廃案となった計画までをも再利用し、来るべき戦争への準備を進めていた。


 SU-100Yが示す圧倒的な一撃の破壊力は、ソ連が「赤い鉄壁」という防御戦略の一環として、いかに多様な火力を準備しているかを示すものだった。この無名の小村で放たれた一発の砲弾は、歴史の行く末を、静かに、しかし確実に、変えようとしていた。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。

只今、新しい小説を執筆中です。

近々投稿できると思いますのでその節はよろしくお願いいたします。

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