1940年4月下旬:ゴムの抗議、偽りの工場、そして皮肉な取引
【1940年4月中旬・モスクワ ソ連外務人民委員部】
フィンランドとの冬戦争終結後、ソ連外務人民委員部では、英国大使館からの抗議が続いていた。その声は、執務室の重厚な絨毯に吸い込まれるように響く。
英国大使は、苛立ちを隠せない様子で語気を強めた。
「繰り返しますが、貴国がフィンランドで使用した戦車には、明らかに我が国が輸出したゴム製品が使われています! これは国際法に反する行為であり、友好関係を損なうものです!」
ソ連外務人民委員は、机の上の書類に目を落としながらも、冷静な声で応じた。
「大使閣下、そのような事実は確認されておりません。我が国は、あくまで自国の資源と技術によって国防に必要な装備を調達しております。」
しかし、水面下では、NKVDが英国通商代表団を「おもてなし」する準備を着々と進めていた。外交辞令の裏で、暗躍する影。NKVDからの「準備完了」の報告を受けた外務人民委員部は、数名の通商代表を、秘密裏にハルキウの工場へと招待した。
【1940年下旬・ハルキウ 「重機工場」内部】
英国通商代表団が到着したのは、広大な敷地に建てられた、一見すると何の変哲もない工場だった。しかし、内部に足を踏み入れると、彼らは目を疑った。整然と並んだ巨大な工作機械、熟練した様子で部品を組み立てる多くの作業員たち。そして、工場の片隅には、整地用の巨大な排土板を装着した車両や、同じく車体を流用したトラクターショベルが置かれていた。それらは確かに、大規模な土木工事に用いられる重機に見えた。
案内役のソ連技師は、誇らしげにそれらを指差した。
「こちらが、我が国が開発した最新鋭の重機です。過酷な地形での整地作業や、ダム建設、鉱山開発に不可欠な機械でありましてね。」
代表団の一人が、排土板の油圧シリンダー部分に目を留めた。そこには、見慣れた英国製のパッキンが確かに使われている。彼は、顔をしかめ、疑念を隠さずに問い詰めた。
「これは…明らかに我が国の製品です。確かに重機には使われているようですが、軍事物資としては使っておられないと?」
ソ連技師は、涼しい顔で答えた。その声には、一切の動揺が見られない。
「もちろんですよ。ご協力いただいた友好国の技術も参考にさせていただいておりますが、ご覧のとおりダム建設や鉱山開発に必要な重機のみです。」
工場内には、完成したばかりと思われる工作機械が、まるで出荷を待つかのように多数並んでいた。その規模と、作業員たちの手慣れた様子は、英国通商代表団の目には、単なる偽装でこれほどの熟練工を揃えられるだろうか、という疑問を抱かせた。しかし、彼らが本国で見てきた重機工場とは、明らかに雰囲気が異なっていたのだ。まるで、何かの核心を巧妙に隠しているかのように。
案内役のソ連外交官は、その様子を察してか、にこやかに(しかし、その笑顔には深い含みが感じられた)言った。
「もし、そちらの国が、これらの高性能な重機にご興味をお持ちでしたら、喜んでお譲りしますよ? 我が国の広大な国土の開発には、まだまだ多くの重機が必要ですが、友好国の発展にも貢献したいと考えております。」
彼は、言葉を続け、冗談めかして付け加えた。
「ただ…もし可能でしたら、そのお礼と言ってはなんですが、ゴム製品や、できればアルミニウムなどを、もう少し融通していただけると、大変助かりますがね?」
英国通商代表団は、この露骨な取引の提案と、目の前の「重機工場」の異様な光景に、複雑な思いを抱きながら、言葉を失った。彼らは、ソ連が何かを隠蔽しているという確信を深めつつあったが、具体的な証拠を掴むことはできなかった。ソ連の巧妙な欺瞞工作は、彼らの疑念を掻き立てながらも、確証を得ることを許さない。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。
ご感想やご意見など、お気軽にお寄せいただけると励みになります。




